vsひよりんカルテット(後)

 コロニー間移動の特殊車両。割高の料金(カンパニー比五十割増)でチャーター可能な車両の後部座席に、エシュはごろんと横になっていた。高額料金だけあってか、寝心地は中々なものだ。多少揺れるのは止むなしだが。


(紙幣価値の暴騰が甚だしいな。なにかあったのか?)


 これでまたほぼ文無しに逆戻りだが、致し方ない。なにせ、急いで10番コロニーを脱出する必要があったから。

 エシュは、ハイカミから研究所の中央サーバーを守るどころか、逆に破壊してしまったのだ。だが、今はまだ足がついていないはず。このまま行けば、未だに異界生類創研の本部で戦っている一団にうまく擦り付けられるかもしれない。どうせ、監視カメラのデータも完膚なきまでに消し飛んでいるのだ。ならば、状況証拠で、現在進行形で暴れている面々が怪しまれるはず。


(なんだ、苦戦しているじゃないか……)


 屍兵とエシュは、彼の意思次第で感覚を共有することが出来る。奇襲を決められるのであれば、もう決着がついても不思議ではない時間だ。その場合は、エジリをしばらく待機させて彼女を犯人に仕立てあげるつもりだったが。

 だが、勝負は一方的に終わらなかったみたいだ。そして、奇襲で決められていない時点で、彼我の戦力差は見えたようなものだ。カンパニー関係の戦いで散々先手を打たれている故の、経験的確信だった。


(これは負けそうだな。まあ、いいか)


 女帝を屍兵化して、エシュはある真実を手にしていた。これまでの計画を全てご破算にするには余りあるほどの真実。カンパニーのクローン技術を掠め取る算段も、これで意味を失った。屍兵エジリを連れ帰っても、所詮、どのくらいの価値があるのか。

 横柄に足を組んで、エシュは考える。遊撃に出したゾン子がさっそく音信不通となったのはさておいて、フェレイからの定時連絡が一分過ぎている。ウルクススフォルムの監視役として弟分を置いてきたが、エシュはもう一つ保険を置いてきた。

 屍兵化した、女帝。

 感覚共有で直接ウルクススフォルムを監視するための駒。彼らには確実にバレていない。フェレイから報告させている情報と、直接得ている情報で、差があった。


(決まりだな。神竜はそこを去るようだし、それを待って全て焼き払おう。しかし、オグンの奴に何があった?)


 あの軍神オグンが遅れを取ることなど考えにくい。だが、ここはカンパニー。紛い物の巣窟だとしても、侮れない狡猾さがひしめいていた。

 それから二分、定時報告を待った。女帝の視覚を共有すると、その光景は。



『――エジリ、応答しろ』







 頭の中に突如声が響いた。走馬灯かと思ったが、二回目でそれは現実だと分かった。


『応答しろ。反応は出すな。思考するだけでいい』

(え――――これって……?)


 うっすらと開いた目が閉じる。ひよりん姉妹は何やら言い争いをしていてこちらに気付いていない。


(いや、別に苦戦なんかしてないって。ちょっとアレなだけ、ほら、アレ)

『よく分からんが、感覚を共有した。状況は見えているし聞こえている』

(え、待って。聞こえているってどこから)

『だから、聞け』


 エジリは『反転』の異能で自分を沈静化させた。頭がすっきりするというより、どんよりと曇っていく感じだった。


『お前が攻略すべきなのは、あの体捌きだ』

(体捌き? 魔力が残り少ない状態でなにを)

『魔力とやらは分からんが、ようするに生命力を転換したエネルギーだろう? 一旦、無駄な力は捨てろ。正面から二人まとめて相手取れ』


 屍兵エジリ・ダントには、『模倣』の異能を根幹とした異能がいくつも身に付いていた。しかし、それは裏返せば消耗が激しくなることを示している。真名解放に、炎竜帝に、ブリッツクリーク。しかも強制的に多量分泌した脳内物質のブーストまで。大技を立て続けに使用したのだから、この結果は必然だった。


『お前に圧倒的に足りないのは、経験だ』


 あるいは、戦いの駆け引き。


『強きを見定め、それを喰らい尽くせ』


 敵の動きを、見定めろ。エジリの頭の中で、これまでの戦闘風景が次々と浮かんでいく。見ていたのは、傭兵の背中だった。どんな戦いでも、彼はその身一つで切り抜けてきた。どんな困難も踏破する強靭な戦士。そのイメージが自分に置き換わる。


(うん――――いける。誰を倒す?)

『まずは姉の方だ。あれだけは確実に仕留めろ。少なくとも、


 その意味は、よく分からなかったが、取り敢えず了解した。


『それと、奇襲で負傷させたのがウルクススフォルムの客人とやらだったか。天使なんて聞いてないぞ……確実にトドメを刺せ』

(天使だから、なんなの?)

『いいか? カンパニーに関わる天使というのは意地汚いんだ。金の亡者で、獰猛だ。生かしておけば何をするのか分かったものではない。世界にこびりついた汚辱の最足るものだ。しかも奴等は執念深い。一度見逃すとさらに面倒なことになるぞ。いいか、確実に苦しませてから殺せ。天使なんか生かしておくな』

(ぇ、なんか私情入ってない!? 大丈夫それっ!? やっぱり昔の女? 昔の女なの!!?)


 取り敢えず、ターゲットは三人。優先順位もはっきりした。屍兵であるエジリには、屍神が定めた行動指針を覆すことが出来ない。それでも、身を委ねることに、これ以上ない安心感を抱く。

 大丈夫。

 さあ、いこう。



『立て。戦え。己を示して魅せろ


 ――――もし勝ち抜けたのならば……5番コロニーの悪魔樹にて待つ』







 エジリは立ち上がった。

 炎の翼を仕舞い、右に日本刀を、左に小太刀を。二刀流。役立たずの人形たちを焼き払い、眼光鋭く敵を睨む。なにか言われた気がするが、もう聞く必要はない。為すべきことを為せ。


「運命を――――踏破する」


 切っ先は姉日和へ。交差の直前での、一瞬の『鋭化』。硬質な砂を纏わせた手刀で刃の腹をさらわれた。受け流される。『破流』。カウンターの拳は、しかし小太刀に串刺しにされていた。


(見えた。直撃なら『鋭化』で防御ごと抜ける)


 異能ではないただの技術。それをチートと並び立つまで昇華させた男を、よぅく知っている。その動きに目を慣らしていたからこそ、肉体の動きが手に取るように分かる。

 なにか聞こえた。姉妹ひよりんが何かを叫んでいた。極限の集中力で、敵の動きがスローモーションみたいに写る。火行。水の虹が減衰する。合わせ技の『炎竜帝』。


「伏魔、殿伝焼却」


 小型の火球が爆発した。姉妹ひよりんが砂と水の盾ごと薙ぎ倒される。エジリは両手で日本刀を正中に構える。『鋭化』、そして一振り。爆炎が両断された。そのまま前に。再び刀と小太刀の二刀流へ。


(飛んだか)


 空中でマッハの機動力で撹乱される。追わない。砂神剣と虹天剣αのコンビネーション攻撃が連続するが、日本刀と触れる一瞬の『鋭化』で全てを切り裂く。異能頼みではない。これが傭兵の戦い方。ずっと見ていた背中だから。


「強きを見定めろ」

(そういえば、あの人空中の敵は苦手だって言ってたっけ……)


 ならば、なおさら。ここを克服する。姉日和に日本刀を、妹日和に小太刀を投擲する。稼いだ二秒。その手を大地に。


「墜落しちゃってらしちゃう! ズドーン!」


 姉妹ひよりんがまとめて墜落した。しかも、ピヨった状態で。大槍形成。『念動力』でひよりんたちに投げつける。再び日本刀と小太刀の二刀流へ。


(まだまだこんなもんじゃないでしょ。お前たちも、色々なことを教わったようだし――――どっちが『本物』か、比べてみようか)


 研ぎ澄まされた殺意が、殺到する。







 数刻後。5番コロニー、デッドライジング。

 足を踏み鳴らした男は、全てを見届けた。その戦いの行方も。最期の瞬間を境に、屍兵エジリとのコネクションが切れたのを感じた。恐らく、もうその姿は残っていない。別れ際に『武器生成』で渡された大太刀を、その場に深々と突き刺した。

 まるで、墓標のようだった。

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