『終幕へのカウントダウン』

 フクロウ島。


「ねえねえ、フェレイ君。お姉ちゃんどこ行ったか知らない? トイレから戻ってこないんだけど」

「んー、下水に流されちゃったんじゃない? お似合いの構図でしょ?」

「そうかー困ったもんだね」


 エヴレナは納得したようにとたとた走っていく。当のゾン子は秘密裏に遊撃要因として動いていたわけだが、この反応を鑑みるに適切な役割分担だったみたいだ。


「みーんな奔放で大変だねー?」

「そうだね。エシュも珍しくはしゃいじゃってさ。調整役の苦労を知っているはずなのに」

「でも、彼にはかなり融通きかしてるよね。意外とお兄ちゃん子?」

「うるさいなぁ」


 背におぶさり続けるエルの手を面倒そうに払い除ける。その感触が気に入っているみたいで、今もきゃっきゃとはしゃいでいる。


「対照的に、ゾン子ちゃんには厳しいよね。なんで?」

「性格の不一致。てか、この期に及んで僕たちのことを探る気なの? 巻き返しが可能とでも?」

「戦うためにしか相手を知れないなんて、悲しいよ?」


 フェレイ、溜め息。


「というか、神竜ちゃんはなんでゾン子ちゃんにあんなにべったりなんだろうねー。ただのクズじゃん」

「君も大概厳しいよ……」


 今頃、彼女発案のゴシップ記事がばら蒔かれていることだろう。ちょうど本人の目に触れている頃かもしれない。

 フェレイは公子をふん縛って捨てていく大役を担っていたので中身なんて見てはいないが、それはもう大絶賛だったらしい。悪い意味で。アルバレスは身を潜め、リルヤは6番コロニーに戻り、レティシアはようやく客人と合流したらしい。非戦闘員は未だ避難中であり、ここには代表のオリヴィエや徘徊少女エヴレナを除くと、エルとフェレイしかいなかった。そのオリヴィエ代表も、屍兵化した女帝にワンツーマンだった。


「あまり藻抜けの殻にされると困るんだけど」

「大丈夫大丈夫! ここはいつもこんなんだよ?」

「客人とやらは?」

「帰還命令を無視しているみたい」

「奇襲で焼こうとしていたのがバレたかな?」


 冗談なのか本気なのか、判断がつかない。なので、エルは避難民一人を受け入れる件を黙っていた。彼女は裏口からこっそり入れてもらう方がよさそうだ。


「ああ、まあ……話しても問題ないか」


 少し話が飛んでエルが小首を傾げる。神竜少女のことだとあたりをつける。少年はこうして話が飛び飛びことがままあった。あまり人と会話することに慣れていないようだ。一度指摘してみたらあからさまに嫌そうにされたので、もう言わないが。


「エヴレナちゃんのこと?」

「まあね」


 分かってあげると若干嬉しそうである。戦争の時は読めない思考に翻弄されたが、こういうところは見た目相応だ。


「象徴が同じなんだよ」

「象徴?」

「虹蛇、なのでしょう?」

「ふぅん、やっぱり代表様は物知りだ」


 横入りで女性の声。特殊なバイザーで負傷した目を保護するオリヴィエ代表。激しい戦闘はしばらく無理そうだが、日常業務にはあまり支障がないらしい。


「どゆこと?」

「アイダ=ウェド、ヴードゥー体系の虹蛇の神格よね。虹蛇は竜と同視されるから、彼女も神竜とも呼べるの」

「えーあれがー?」

「いや、待って。なんで真名がバレてるのさ」

「カンパニー界隈じゃ有名よ?」

(だから有名になってんじゃねえよ)


 フェレイは腹いせに頭上のエルに拳を放つが、デコピンで軽く弾かれた。頬をむくれて拗ねる。


「ああ、それより!」

「拗ねた拗ねたー!」

「そ! れ! よ! り!」

「いだいいだいまだ火傷治ってないんだから掴まないで痛いーッ!!」


 悶絶するエル。軍神に焼かれた足は何故か治癒が遅く、未だに歩行困難な有り様だった。肉体だけではない何かも焼き払われている気がする。


「あの子こそどうするのさ? やっぱり保護するの?」

「あら、略奪はしないのね」

「ちょっとのさ。そっちもどうせ実験動物にでもする気でしょ?」

「野蛮なカンパニーと一緒にしないで下さる?」

「お姉ちゃんが帰るまではここにいるよ!」


 本棚から飛び出すエヴレナ。いつから話を聞いていたのだろうか。


「へえ。その後は?」

「同族を探してみようと思う。ほら、カンパニーにひどい目にあってる竜がいたら可哀想だからさ。実験動物にされたり、奴隷にされたり、痴情の縺れに巻き込まれていたら大変だもん! 私が助けてあげるんだ」


 これでも神竜だから、と無い胸を張る。


「ま、妥当じゃない? あと、愚姉の帰りを待つ必要はないよ。僕が伝えておく」


 フェレイは、オリヴィエ代表に目線を送る。


「……分かったわ。こちらで把握している竜種の動向を教えてあげる。リルヤを護衛につけるから、準備が出来たら出発するといいわ」

「ありがとう!」


 にっこりと百点満点の笑顔を浮かべる。自分の為すべきことを見つけたのだろう。これまで逃げ惑うだけだった少女に、どんな心境の変化があったのか。


「ん。困難の茨は焼き払おう。軍神の加護を」


 小さな頭に左手を乗せる。


「取り敢えずここから近いのは4番コロニーの雷竜かしらね」

「え、4番コロニー? 嫌だよぉ……だってあそここれから滅ぶんじゃないの…………?」

「……当事者がそんなに軽い反応なのは如何なものかしら」


 オリヴィエ代表に連れられるエヴレナを見送って、フェレイは頭をぺしぺし叩くエルの手を払った。


「君も回復したら代表の護衛に戻るといい」

「いやに素直だね。割と本気で何があったの?」

「いや? 代表は無力化して、あの記者は姿を眩ませて、神竜と死神はここから出るのだろう? その客人とやらに用事を済ませたら……正直、用済みだなーと」


 身も蓋もないことを言うフェレイの目の前。




「なら、貴様は俺様にボコボコにされるということで良いな?」


 なにか、いた。

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