『リブート』――――皇帝
「フハ、ハハハ、フハハハハハハハ――――!!!!」
大図書館ではない。島の海岸沿いまで飛ばされた。原理は不明だ。完璧過ぎる不意打ちだった。
「さすがは俺様だ!! しっかしアレだな! 散々同胞を潰された礼にはまだまだ足りんぞ!」
岩肌に転がっているエルが、よろよろと頭を上げる。散々蹴り飛ばされて血塗れのフェレイが転がっていた。その左手が機敏に動く。火炎の鎌。しかし、男は一呼吸でフェレイの真上まで跳んでいる。その身体を踏みつけ、尊大に笑う。
(なんだ、こいつ……動きが全然読めない。『リブート』の皇帝か? でも、この動きは――)
肌にチリつく熱気を感じて、男のショートジャンプが空間を踏破する。爆炎が当たらない。口から血の塊を吐き出したフェレイは、よろめきながら立ち上がる。その頭上には、膨大の熱量の大火球。
「げ……コロニー内でそんなもん使わないでよ!?」
エルの抗議は聞こえない振り。フェレイはそのまま敵を見据えた。
まず、両腕がなかった。その切断面は、明らかに後天的に切り取られたもの。体型は痩せ型で、青いハッピに下駄に海パンと動きやすそうな服装。黒い角刈りと無精ひげでニヒルな笑みを浮かべている。
「いいぜ、坊主! 無様に足掻いてみろよ」
いくら凄まじい速度で動いているとしても、大火力で薙ぎ払えば問題ない。灼熱の大火球を平気な顔で見上げる皇帝。島に着弾する直前、フェレイは火球を消した。熱波の余波だけでも人体は焼ける威力だった。しかし、そこには涼しい顔をして立っている皇帝。
青いハッピが目の前に。
「な――っ」
「そろそろボコり満足だ」
伸ばした手に発火。しかし、その視界が急転して精霊の制御が崩れる。これは、水だ。上から差す光がゆらゆら揺れている。ここは、海中だ。
混乱して動くが止まる。目の前の皇帝が消えた。高速移動なんてちゃちなものではない。あれでは瞬間移動。そして、大図書館と今回で二回。どうやら道連れでなにかを飛ばせるみたいだ。
(え、これマズ……ッ!?)
錯乱する。敵の能力がようやく分かったが、その時点で勝負は決しつつあった。海中で手足をじたばた暴れる。ここは水中で、火は起こせない。早く水面から上がらなければならないが、錯乱したままだとどちらが上なのかが分からない。そして、この海域にはサメがいる。それはもう、うようよと。
いつのまに噛み付かれたのか。フェレイの左手から血が流れていた。海中に血が流れる。その匂いに一際敏感なのは。
◆
(ああ……そうなったか)
エルは、目の前の光景を即座に受け入れた。彼女は最初のジャンプで皇帝の能力を見抜いていたし、それを少年に教えなかったとしても、見抜けない方が悪いとすら思っていた。
「んん!? かわいいこちゃん、俺様の奴隷にならないか!」
そして、彼がやられれば残された自分の身が危ういことも。だからこそ、フェレイがやられている間にエルがしていたのは、両足の再組成である。足さえ動けば、勝てる。油断した軍神はあっさりと破れたが、その結果があるからこそエルは勝利する。
『オリヴィア、魔力供給! やっぱり足は無理だから小型の戦車でも召喚するよ!』
『ごめん、無理』
『………………へ?』
一息のショートジャンプ。豪胆な蹴りに槍の突きによるカウンターを返したが、構わず踏み砕かれた。
『無理って、どういう!?』
『両目をやられてから、何故か魔力を精製出来ないの。貴女に割ける魔力は今繋いでいる分でぎりぎり。だからそのまま囮になって頂戴。私と神竜はここを捨てて逃走するわ』
(確かにそれが最善だけどさぁ!? とことん効率主義だな! しかも私と同じ状況なんて……)
偶然では済まされない。まさか、屍神一派になにかされていたのか。
「ほう、やるなかわいいこちゃん!」
「待った! こちらは女帝の身柄を確保している!」
「知っている」
「それを返すから見逃してくれない?」
「俺様が皆殺しにしたあとで一考してやろう」
「そう、残念」
エルが槍を構える。両足が動かなくても、戦えないことはない。戦闘に回す分の魔力がなくとも、戦えないことはない。冷徹なまでの観察眼で、敵の動きを見抜く。互角の状況から始まる戦争なんて、考えられない。
これぐらいの劣勢、余裕だ。
「……………………………………」
そうやって覚悟を決めた直後。
怒れる軍神が、海中から飛び出した。
◆
屍兵を生むにはいくつかのプロセスがあり、それは儀式だった。舞踊と呪術の組み合わさったブードゥー式の降霊術。だから、死体を即座に屍兵化出来るわけではなかった。フェレイが使った手駒は、事前に屍兵化していたゾンビシャーク。咄嗟に呼び出したが、まだ稼働していて助かった。
「お前は、僕が殺すよ」
「ぬっ!?」
初めて一撃が入った。皇帝の顔に火傷跡が踊る。ショートジャンプを繰り返す皇帝に、フェレイは小さな火の玉を無数に飛ばす。空中に浮かして留まらせる。
「ちょうど日も暮れかけている時間だ」
皇帝が出現した瞬間、影がふわりと伸びた。その瞬間を狙って火の玉を殺到させる。しかし、皇帝の方が速い。至近距離からの頭突きにフェレイが飛ばされた。
「はは、なるほど。腕がないんじゃ武器も持てないか。そんな戦い方、始めてみるよ」
ならばと、額から出血するフェレイは周囲に炎の壁を展開した。皇帝はその内側に現れる。『屍源オロルン』。火を纏う小枝は、短刀に姿を変えて皇帝の足と渡り合った。反撃に移る前に皇帝が姿を消す。
「僕は不死身だよ? お前に勝てる可能性なんてあるはずない!」
「……もし。海底とかコロニー外に飛ばされたら今度こそ終わりなの、分かってる?」
這うように近付いてきたエルに、フェレイは小さく頷いた。
「だから、触れられることだけは絶対に回避する。それに、奴は自分ごとでしか移動させられないみたいだ。だからこそ、そんな無茶は躊躇するはずだよ」
「ほう! 俺様が臆病者だと!」
「言ってない」
縦横無尽に飛び回る皇帝に、フェレイは目を離さない。一瞬たりとも気が抜けない。その背中に、エルが手を当てる。
「なに? 邪魔をし、え……?」
「おーけー? 分かるね?」
フェレイが頷いた。エルは背中に手を当てたまま、じっと戦場を見渡す。アナリズィーレン。背中の手が、ピアノの鍵盤を押すようにリズムを刻む。フェレイが左手を前に伸ばした。
「焼け」
皇帝が転がった。右足の火を、地に叩きつけるように消火する。次撃。今度は当たる前に皇帝に逃げられる。
「命中精度は改善の余地あり。数打てばいずれ倒せるかな♪」
「君、あいつの動きを完全に把握して……?」
「むしろ、私を下した軍神が出来ない理由が今まで分からなかったよ。君は、机上で戦争をするタイプだったんだね」
戦争。兵を動かす指揮官には、二通りある。一つは、エルのように前線に出てその目で戦況を見極めて動かす名将タイプ。そして、もう一つは事前の情報を元に作戦を綿密にかつ柔軟に組み立てる軍師タイプ。それがまさしく軍神オグンだった。
だから、オグンは完全な奇襲に弱かった。だから、奇襲を防ぐために幾重にも策を巡らせるのだ。
「驚いたね。もしかして、実戦投入はカンパニーに来て初めてだったりする?」
二発目が皇帝にヒットする。直後のショートジャンプによる接近戦は、フェレイが完璧に制した。軍神は黙りを続ける。
「それで私を負かしたんだから、軍神の名は伊達じゃない」
知略、能力、身体。あらゆる面で高水準に至る屍神完成体。しかし、奥の手であるが故に、その身が前線に出されることはない。
「そんなもんだよ――――――僕たち屍神は」
奥の手の生物兵器を、そうバンバンと前線に投入されはしまい。実戦経験の不足を補うために、屍神レグパはわざわざ身内に内緒で傭兵業なんてしていたのだから。
皇帝の蹴りがまともにフェレイの横っ面に当たった。エルごと地面に転がされる。フェレイは瞬間的に地を蹴った。オロルンの形状は、サバイバルナイフ。動けないエルの前に飛び出し、同時に出現した皇帝の足に突き立てる。
「なっ!? 小僧にも俺様の動きが見えたのか!!」
「違うよ。狙いが読めただけ。僕には結局見えなかった」
その表情が、どこか寂しそうで、エルは反射的に手を伸ばす。フェレイはその手を払った。
自分に出来ないことを出来る奴がいる。そんな当たり前の事実が、とても斬新だった。それを知って、観察するのは、とても興味深いものだった。
「僕はどうやらここまでだ。魔力とやらの循環不全は、概念的な火傷のようなものだよ。時間経過で治癒するように調整済、せいぜいあと半月かな? そしてら、ウルクススフォルムは自由にするといい。あと、カンパニーからは手を引け…………全部無意味だ」
その背を、皇帝が羽交い締めにした。火傷と切り傷まみれの男が、最後の一手を。
「――世の中には、色んな奴がいるんだね。さあ、コロニー外に飛ばすといい」
フェレイの全身が発火した。皇帝の身体を火だるまにしながら、その身体が消える。
◆
エルは、動かない足で大図書館まで戻った。槍二本を器用に杖にみたいに動かしながら。大図書館中央で待っていたオリヴィエ代表が一言。
「――――女帝の屍兵が消えたわ。ゾンビみたいなサメに食べられちゃった」
「やっぱりか…………!」
悔しそうな口調と裏腹に、エルはにこやかに笑っていた。その抜け目なさに、笑いがこみ上げたのだ。
「神竜ちゃんは?」
「外に逃がしたわよ。正直、これ以上の面倒ごとはご免被りたいわね」
エルが爆笑する。怪訝な表情を浮かべるオリヴィエ代表だったが、エルは深くは説明しなかった。ただ、結論のみを告げる。
「取り敢えず、屍神の脅威だけは追い出したよ」
◆
「凌いだか…………うわぁ、ドキドキしたぁ」
フェレイ少年は5番コロニーの一画で大の字になって転がっていた。彼の中では、一か八かの接戦は初めての経験だった。あの『すべての不和の母』ですら、十分な勝算を重ねた上での戦いだったのだ。
「うわ、これ、ほんと僕死んでたかもしれない……!」
死体なのに、動悸が収まらない。
あの瞬間、フェレイは自身を灰まで燃やし尽くして皇帝の能力をかわしていた。
まさに一か八かだった。これでジャンパーの異能を回避出来る保証なんてなかったし、そもそも間に合うかどうかすら確信が無かった。
「勘弁して欲しいよ、ほんと!」
「だが、うまくやったようだな」
倒れた軍神を助け起こす影。エシュが骨の下でどんな表情を浮かべているのか、よく分かる。
皇帝は一人コロニー外に飛んで自滅しただろう。フェレイはどさくさに紛れて姿をくらませただけだった。
「ああ……まあ。そっちはどうなの? 公子殿と神竜をエサにわざわざオリジナル一派を遠ざけてあげたけどさ」
「ん。十分楽しめたさ」
「その答えはどうなんだい……」
合流を果たした二人に、今後の懸念は無かった。まさに、侵攻は最終フェイズに移行しつつある。あとは音信不通のゾン子が役目をこなせば、彼らは最終フェイズを経てカンパニー戦線から撤退する。そうなれば、誰も追っては来れまい。
「そういうお前はどうなんだ、オグン」
「ああ――――非常に有意義だったよ。知らない世界を知れた。まさに君の慧眼だったわけだ」
フェレイは空を見上げる。曇り空の隙間から満月を覗いた。彼の世界では見られない、赤い満月。二人してそれを見上げる。
そして、何を思ったか、軍神は届かないそれに静かに手を伸ばした。
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