vsひよりんカルテット(前)
10番コロニー、プレイ。
奥、とにかく奥だ。ハニカム構造に詰め込まれた部屋の数々。とことん無駄を排した作りだった。どこかに用があっても、奥に進んでいけば取り敢えず目的地に辿り着けるだろう。エシュとひよりんは、手を繋いで並んで歩いていた。奥へ、奥へ。そうしてついに行き止まりに行き着いた。コロニーの外側の出口付近。エシュは壁に手を当てる。
「IDだ。確認してくれ」
壁に幾何学的な紋様が浮かび上がった。エシュが壁に押し付けたのは、『リブート』の中心人物であった女帝から奪ったIDカード。その権限はカンパニーのCEOすら上回り、だから壁が左右に割れていくのは当然だった。
「ようこそ、女帝殿」
壁の向こうにいた男は顔を引きつらせた。女帝というコードネームで現れたのは、筋骨隆々の大男だったのだ。しかも、少女を手で引いている。この少女の姿も手配書で見たことがあった。怪しさ百点満点だったが、それよりも、それ以上に。
この男、顔見知りだった。
「副業傭兵エシュ。お前、なにしてるんだ……?」
「シン=ムラサメか。どうやら道が交わったようだな。その様子は、用心棒のつもりか?」
エシュの背後で壁が閉まる。骨を被って表情が見えない男であったが、ずっと近くにいたひよりんには、実は感情豊かであることは分かっていた。その男がどこか嬉しそうだ。ひよりんはむぅと唇を尖らせてムラサメとやらを睨む。
白い短髪に、白い短パンに上はジャケットだけだ。細身ながらも引き締まった肉体。身の丈に迫る鋼鉄の棒を軽々と担ぎ、穏やかな笑みを浮かべている。
「まあ、そうさ。カンパニーのお偉さんに雇われ用心棒ってことで生計を立てている。傭兵業がちょっと当たってな」
「ふっ、傭兵? 俺の真似のつもりか?」
「わ、笑うんじゃねえよ……」
鼻で笑ったエシュに、ムラサメが照れ臭そうに頬を掻いた。ひよりんの目付きが一層険しくなる。
「というか、エシュ。お前、ひょっとして女帝を倒したのか?」
「これが必要だったからな」
「はえー、大したもんだ!」
IDカードをひらひら振る。女帝のコードネームのIDカードで何の疑いもなく通ろうとしている傭兵に、用心棒は苦笑した。それでこの先はどこでも開きたい放題だろうが、今みたいに人に尋ねられたら一発でアウトだろう。
「俺はてっきりここに女帝が現れるものと思って待っていたのにな。あいつ何やらかしたのか、今お尋ね者なんだよ。俺のレベルアップにいい相手だと思ったんだがな……」
『エターナルレベルアッパー』シン=ムラサメ。一挙手一投足がレベルアップの祝福の音に苛まれる呪いをかけられた男。運命神との邂逅で呪われた運命を打ち破ったが、同時に戦士としての生き方に憧れた彼は常に高みを目指して励んでいる。傭兵だったり用心棒だったりするのは、健全なレベルアップを重ねていくためだ。
単純な能力上昇ではなく、確かに根付いた本物の強さを身に付けるための。
「ん? そうか、お前ハンターの資格を持ってるのか」
「アンタもだろ? 『
いい加減、ひよりんがイライラしたようにエシュの脚を蹴りつけた。少女の蹴りくらいで揺らぐエシュではなかったが、ひよりんの脚力では本気で痛かった。頭を押さえつけて大人しくさせる。
「………………。大人しく通してはもらえないか?」
「無理だな。上級以上のIDカードの不正利用は極刑だ。俺にはここでアンタの首をはねてやれるだけの権限を与えられている」
「そうか」
シン=ムラサメが、長物を構える。エシュは前に出ようとするひよりんを押さえつけて、拳を前に突き出す。
「素手か? アンタらしいが手加減は抜きだ。俺のレベルがアンタに届いたかどうか、を――――?」
ムラサメが見ているのは、先手に地を蹴ったエシュではない。もちろん、小賢しく火矢を飛ばそうとしたひよりんでもない。何もない空中を見て、目を見開いていた。
「預けた。先にそちらの目的を果たせ」
ムラサメが奥に走り出す。ぽかんとするひよりんを、警戒レベルを跳ね上げたエシュが押し倒す。
「なに?」
「敵意があった。何かが侵入したか? あいつが動いたのを見て不意打ちを避けた。大した立ち回りだよ」
「どうする?」
「狙いが一緒ならば、絶対に先を越されるわけにはいかない。走るぞ」
ひよりんを抱えて、エシュが地を蹴った。ほぼ四足歩行のような超前傾姿勢だった。手足を繰りながら、本気ダッシュのエシュに必死でしがみつく。傭兵の声に、妙な焦りがあったのをひよりんは見逃さなかった。
◆
女帝に書かせた図面はまさに正確だった。オリヴィエからの情報で研究所が特定され、女帝からの情報で最短ルートを特定出来た。カンパニー相手にしては初めて情報のアドバンテージを得られている。目的の場所はすぐそこだ。
「……私が作られた研究室。ここじゃなかった気がするんだけど」
「4番コロニーにある研究室そのものを複製移転している最中らしい。異界生類創研とやらが壊滅して危機感でも刺激されたのだろう」
それでもこれだけ大がかりな現象は実現に時間が掛かるらしい。ここまで見てきた研究室の中でも、奇妙な形状の作りかけが散見されていた。
「うん……ここまで来たら分かる。この先、いるよ」
「ついにご対面だな」
開けた場所に出た。
天井ごと吹き抜けた、まるで中庭のような部屋だった。四隅に聳える大樹の葉から、疎らに木漏れ日が落ちる。その奥。蒼く透明な装置に入れられ、宇宙服のようなものを着た少女の姿。見間違いようもない。日向日和のクローン体だ。
ひよりんが、無言のまま一歩踏み出した。エシュが後ろに目線を移していたのには気付かなかっただろう。
――――――ビー
軽い電子音は、防衛装置が起動した音だった。背中を蹴り飛ばされて、宇宙服の少女の前に転がされる。抗議の目で振り替えると、透明なシェルターが部屋を取り囲んでいた。
「倒せ」
「エシュ!!?」
とんでもなく嫌な予感がする。呼んだ名前に返事はなかった。屈強な大男は、被る骨を投げ捨てて、口からどす黒い血をだらだらと垂らしていた。もがき、苦しむ。透明なシェルターに何度も拳を振り上げるが、シェルターはびくともしなかった。やがて、力なく倒れていくエシュ。その指にどっぷりと血を染み込ませ、残った力を振り絞って軌跡をなぞる。
『お前が』 『倒せ』
シェルターの周囲に、白いガスが充満する。外の様子は分からない。傭兵は完全に視界を封じられただろう。それでも、きっとそんなことは関係ないのだと、あの血文字が示している。
やるべきことは、目前にある。
さあ、覚悟を固めろ。
「――――やあ、お久しぶり」
謎の装置が静かに開く。少女の声は、とても穏やかだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます