屍神、同盟。

 フクロウ島、ウルクススフォルム本部大図書館。巨大な丸テーブルをウルクススフォルムと屍神一派がずらりと取り囲む。

 両目に分厚く包帯を巻くオリヴィエ代表。

 全身包帯のアルバレス。

 むすっとした顔のリルヤ。

 両足を焼かれて軍神におぶさるエル。

 頭の上に顎を置かれるフェレイ。

 妙に緊張した面持ちで周囲を見渡すエヴレナ。

 目を開けたまま寝ているゾン子。

 やたら満身創痍のエシュと、その頭にしがみつくひよりん。

 隣には見知らぬ女。

 客人に危機を伝えに走るレティシアと非戦闘員を除いた面々が勢揃いだった。


「さて」


 仕切るのは軍神。この戦争の勝利者。


「まずはエシュ。どこで何をしていた? というかいい加減その子が何者なのか教えてもらえないかな? 隠し子? まさか隠し子なの?」

「パス」「いやパスってなんだよ」

「……エシュ兄ぃ、あいつなんなの?」

「…………あん? 誰が誰のオニイチャンだって?」

「お姉ちゃん、器用な地獄耳だね」

「パス」

「なにこの女。また昔の女なの?」

「「また?」」

「この色男は社長戦争でも色々だったよー! ね?」

「パス」


 三回パスでもう終い。エシュは丸テーブルに両足をダンと投げ出した。この男、何も答える気がないみたいだ。オリヴィエ代表がこほんと咳払いをする。茶々を入れられる立場ではないが、このままでは果てしなく混線しそうな勢いだった。


「おい、ドラ子。お前も私に乗んな。何か仲間はずれにされているみたいで嫌だ」

「や。お姉ちゃんはいつだって仲間はずれでしょ。あとドラ子はやめて」


 バン、とエシュの足が再び机を叩いた。フェレイが若干焦ったように口を開く。


「これは僕とウルクススフォルム代表が結んだだ。従えないようならば抜けてもらっても結構……ここにいる面々を敵に回して平気ならば、だけど」

「うっわ、エグいおっどしーぐぶぁ!」


 フェレイが頭を突き上げた。エルの下顎を強打し、盛大に舌を噛んだエルはフェレイの頭をバンバン叩く。軽い火花が散って、ようやくエルが大人しくなった。


「あの、図書館で火はあまり……」

「で! このままウルクススフォルムを殲滅するのは我らの戦力であれば可能である。その上で、僕らは貴方たちを残した。ウルクススフォルムには、このままアッシュワールドに残ってもらう」


 フェレイはここで周囲を見渡した。

 ウルクススフォルムの面々は反論できる状況にない。エシュは現段階では口を挟む気はないみたいだ。ある程度事情を話している神竜は黙って続きを待っている。ゾン子は訳知り顔で頷いていた。絶対に何も把握していない。


「僕らの目標は『異世界再生機構リブート』である」


 その名前は、重大な意味を持つ。ウルクススフォルムの背後にいる大図書館ですら、その真相はようやく指が掛かる程度。そんな情報をこの軍神が持っていること自体が信じがたい。


「その中で特筆すべきは、コードネーム『女帝』と『愚者』。詳細は伏せるが、我らの敵として立ち塞がるものである」


 そこで、ここまで沈黙していたエシュが右手を上げた。嫌な予感に身震いしながらも、フェレイは発言を促す。


「女帝は撃破した」


 超爆弾発言だった。


「あ、はい。女帝です」


 隣の女が挙手。特大の爆弾がそこにはあった。


「理解した」


 フェレイだけは、この爆弾発言でそれが屍兵だと看過した。しかし、まさかそんな大物だったとは。そもそも屍兵を作りたがらないエシュがこうして堂々と連れてきたのだ。何かあるとは勘ぐっていたが。

 彼の強靭な神格がもたらす屍兵は、もはや生者と見分けがつかない。同族であるフェレイですらここまで屍兵だと気付けなかったのだ。ここにいる誰もが生きたままの女帝を引っ立ててきたと思っていることだろう。


「え……そこそんなに軽く流していいの?」

「代表として、安全性を確認したいわ」


 フェレイは面倒臭そうに一言。


「僕に焼かれるか、女帝に改造されるか。そんな安全性でいいなら保証しよう」


 遠い目のフェレイを、オリヴィエとエルの優しさが包んだ。ここは黙っていてあげようではないか。そもそもカンパニーに関わっている時点で安全性なんて紙切れのようである。


「……で、だ。ここは僕らの拠点兼隠れ蓑として利用させてもらう。おいそれと手を出せないような実力に、小規模で小回りが利く組織。このウルクススフォルムがその条件にぴったりなんだ」


 だから戦争を仕掛けたのか。

 それとも、戦争を仕掛けるために大義名分を作ったのか。

 少年の表情は読めない。


「もちろん、見返りもある。僕らが得たカンパニーの情報は、僕らの活動に支障がない限り共有するようにしよう。カンパニーが持つ技術の粋、それを狙っているのだろう?」


 まさにそれこそがウルクススフォルムの、そして背後にある大図書館の目的。であれば、負けたにしては破格の条件である。そして、恐らくこの条件ではフェレイは損をしないような手札なのだ。


「先刻伝えたとおり、当方はその条件で同意している。こちらの人員に危険が及ばない範囲での助力も付け加えているわ」


 と、オリヴィエ代表。


「文句はないようだね」


 エシュ、挙手。

 フェレイは震えながら発言を促す。


「要求を追加したい。この女から引き出した情報が交渉材料だ」


 隣の女を軽く小突き、頭に登るひよりんを引き剥がして膝の上に乗せる。じろりと睨みをきかす少女に、ようやく気付いたオリヴィエとリルヤの顔が引きつった。


「こいつは日向日和のクローン体だ。もう三人いるこいつの仲間を確保したい」

「二人、こちらで確保しているわ」


 間髪入れずにオリヴィエが答えた。日向日和といえば、。クローン体といえどその脅威は計りしれず、正直オリヴィエ自身も持て余している状況だった。

 しかも、カンパニーの最重要機密を天秤に乗せられた状況である。大図書館の陣営としては乗らざるを得ない。


「ほう」

「受け渡しに応じるかは本人次第だけど。居場所だけなら提供出来るわ」

「十分過ぎる。こちらは先にもう一人を探そう」

「場所だけは、提供出来るわ」


 被った骨からでも分かる程、エシュはご満悦だった。フェレイはげんなりと口元を静かに震わせ、察したエルが頭をポンポン撫でる。


「経緯だけ聞こう」

「客人が連れていただけよ。今は8番コロニーにいるはずよ」

「居場所は確実か?」

「センサーを設置済み。今のところ疑ってすらいないわ」

「上々」


 これで、ウルクススフォルム側の価値が吊り上がった。その有用性を遺憾なく示したのだった。日向日和の名前は、カンパニー界隈では社長の名前よりも重大性を持つものである。


「エシュ」

「詮索はなしだ」

「まあ、君がこんなにも楽しそうなところは見たことないからね。いいよ、僕は乗る」


 ここでフェレイは初めてゾン子に視線を向けた。無言で頷く彼女に、フェレイは静かに左手を上げた。


「こいつはだ。その威力、本筋に活かしうる」


 その一言で、会議は終わった。







 フェレイはウルクススフォルに残ることになった。人質というか、本質だ。いざとなれば大図書館をそのまま焼き尽くせるフェレイは、脅しの道具としては絶大だった。相変わらずエルを背負いながら、彼は小さく手を振って見送ったものだ。


「レグ兄、アレどうする気なの?」


 エヴレナも、ひよりんも、今はここにいない。ゾン子は微妙に不機嫌そうにエシュにもたれかかる。


「爆弾。文字通りの意味だよ」

「文字通りだとやだから聞いたんじゃん」


 エシュは首を傾げた。いつもと違う環境で、少し舞い上がっているのかもしれない。そう考えると、なんか少しかわいい。初めての感想に頬を染めながら、ゾン子はぷいと顔を逸らす。


「オグンは言わずもがな、俺も十分目立った」


 そんな中、何を言い出すと思えば。


「アイダ、お前こそが今フリーになったのだ」


 ゾン子の表情が消える。屍神は、一度死ななければそのダメージをリセット出来ない。自死を良しとしないエシュは、満身創痍の肉体のまま言った。


「リブート。実際に相対してその異質さが分かった。実力、ではない。とにかくなのだ」

「レグ兄でも勝てないか?」

「実力は、関係ないんだ」


 女帝との戦いを思い出す。その真の恐ろしさは、得体の知れなさ。理解が及ばない。それは、化け物と称されるべき存在。


「だから、お前がやれ」


 フェレイは、盤面を整えるのに精一杯だ。それは彼の実力による成果でもあったが、その結果身動きが取れなくなっているのも事実である。

 だから。

 この局面で動くべきは。



「アイダ――――道化は、お前が倒せ」

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