vsモザイクビースト(後)
まるで、小さな獣のようだった。
牙のような角を持つ二本足の山羊が、金棒に砕け散る。蛇のように腕をくねらせる大猿が、気付くと八つ裂きに転がっていた。異形のイルカが跳び跳ねながら山羊の鳴き声を発すると、うるさいとばかりに焼き尽くされる。
『うそうそ、あのチビッ子強くない!?』
「一々喧しいな」
エシュが中央モニターに向かってボウガンを放つ。ひぃ、と震えるエンリークを鼻で笑いながら、エシュは全体を見回した。
(遊ばれてるな。弱い奴から先に仕掛けている。自信作は勿体つけるタイプか)
ガラガラ蛇の声が複数上がった。がくりと右手が落ちる感覚がして、エシュは慌てて息を止める。右手の、タリスマンが痺れる。この状態では精霊の使役は厳しそうだ。そして、その効果は当然ひよりんにも。
「五行が封じられた!」
「いい、使え」
五行相克の退魔の術式が滅茶苦茶に混線している。エンリークが画面越しににへらと笑った。ハンター殺しの策の一つか。しかし、ひよりんが大口を開けると、そこに膨大な熱量の火球が生まれる。
「
目映いの熱線が平べったい鯰を消し炭にした。ガラガラ蛇の鳴き声が止まる。
『え……なんで? それってまさか炎竜帝の……いや、その息子、インチキまみれの第二世代か!?』
「流石は事情通だなエンリーク。で、俺のキメラはまだまだ食べたりないようだが?」
エシュは煽りながらコロッセウムの壁を見た。あれだけの大火力、屍神オグンの最大出力に匹敵する。それでも焦げ目一つつかない辺り、強引な脱出は不可能だろう。
『潰せ! オムツライオン!』
ライオンの巨体と、アリの繁殖力。その背の黒羽が大きく広がった。黒い滴が垂れるように膨張し、オムツライオンが五体に増える。増えたオムツライオンも黒羽を広げたところで、ひよりんの背から炎の翼が生えた。
「
一網打尽。灼熱のマグマのカーテンが、オムツライオンの群れを押し潰す。モニターから、エンリークの含み笑いが漏れた。
「こいつ、まさか……マグマを喰ってる?」
マグマを喰らい、這い出し、それを栄養源に増え続ける。さらにもう五体。
『はっはっは!! オムツライオンは幻獣級のハイランクモンスターよ! チビガキ一人が倒せる相手じゃないわ!!』
同時、エシュのボウガンが一体の額を貫いた。
「飲まれるな。物理は効くぞ」
『なんなの攻略サイトでも見てるのコイツぅ!!?』
ひよりんの纏う炎が霧散する。四拍子のステップを踏むように舞うひよりんが、その残像を、その残像が――当たり前のように動き出す。四拍子の歩行に増幅された、小さな用兵家の異能。オムツライオンを上回る速度で増えるひよりんに、エンリークが焦る。
『シープウィード! ほんとは併用はご法度なんだけど…………そいつらは絶対に潰しなさい!!』
にょき。にょきにょき。
コロッセウムの至るところから羊の頭が生えた。また、鳴き声。エシュのボウガンが頭を四つ潰すが、残り六つの羊の頭が効力を発揮する。二人の身体が、いや増殖したひよりんも含めて、がくんと落ちた。
「な、に……これ…………ねむ、い?」
「動きを止めるな!!」
オムツライオンが次々とひよりんに食らいつく。その動きは緩慢で、周囲を見ると他のモザイクビーストたちも徐々に倒れ出していた。エシュのボウガンが追加で頭を三つ潰すが、その手からボウガンを取り零す。
(あれ、これ……もしかして…………まず、い………………)
ステップが止まる。オムツライオンの数が再び優勢に。重くなる目蓋に抵抗するだけのひよりんは横合いから殴り飛ばされた。
「あ、ぐ……ッ!?」
「動け。とにかく動け。戦って戦って戦い抜け」
エシュの剛腕。骨も何本か折れたかもしれない。それでも、この戦場での言葉を思い返して、刀を強く握った。その鋭さはさらにさらに。
(俺の、ね)
口元が綻び、オムツライオンに噛み付かれて派手に出血する。オムツライオンが両断された。溢れる脳内物質が、傷を次々と塞いでいく。残り三つの羊の首が周囲に落ちた。まるでねじ切られたような傷跡、エシュが素手で引きちぎったに違いない。ひよりんが、再びステップを踏む。
「乱技――――」
一切の無駄なく研ぎ澄まされた剣撃は、その残像からもさらに放たれ、みだり乱れて斬撃の舞踏へ。
「
ザン、と。
たった一つの効果音を残して、オムツライオンがバラバラに散った。片膝をついたひよりんが納刀する。傷は癒えたが、ダメージは残ったといったところか。前のめりに倒れるひよりんを、エシュが支えた。見ると、モザイクビーストは全滅していた。
『………………………………』
「黙るな。次はどうするんだ?」
『………………………………もういい。そこで一生じっとしていなさい』
拗ねたように黙るエンリークに、エシュは焦った。確かにここに幽閉されれば、脱出する手段がない。不死身の屍神を飼い潰すにはもってこいな場所であり、なによりひよりんは普通に死ぬ。悟られてはならない。エシュが動こうとしてちょうどその時。
「ちょっと~なにしてるのー?」
まるで心臓をわし掴みにされたようだった。ぬめりつく嫌な感覚に、動きを止めざるを得ない。モニター越しに、エンリークの心臓がばくついているのが伝わった。その後、一切の音が消える。
◆
ひよりんとエシュは、息を殺して時間経過を待った。新たにモザイクビーストが投入されるかとも思ったが、ガチャリと呆気ない音でコロッセウムの出口が開く。
「屍神でしょ? ずっと待ってたのよ。貴方たちが、ずっとずっと欲しかった。さあ、こちらにいらっしゃい」
エシュは、小さく呼吸を整える。妖艶な声に導かれるように、進む。ひよりんはむっとしながらその後に続いた。
透明な廊下。また、モザイクビーストの展覧会。しかし、今度は一切気に止めずにずんずん進んでいく。屍神をずっと欲していた。その言葉を強く噛み締める。
「ゾン子ちゃんは元気? 貰いもののデータだけじゃ欲求不満なのよん」
スピーカー越しではなく、直接音声が聞こえる。透明な廊下が直接振動しているようだった。エシュはさらに足を進める。ひよりんが離されないようにそれを追った。
「ティアナちゃんがずっと邪魔してくれちゃってね。あの子、カンパニーのお気に入りだったもん。でも、モルモットちゃんに情を抱くなんてダメよねぇ?」
異世界螻蛄、ティアナ=O=カンパニー。過去の戦闘実験で屍神と接触し、そして実験動物としての捕獲に成功した初の事例である。彼女の研究の末、屍神の複製は不可能であるとの結論が出されていた。
「な~んで分かんないかなぁ。自然でも、人工でも、何者かの手で作られたものを、再び作れないはずがないのよ」
その後、紆余曲折あって螻蛄は屍神レグパの屍兵と化した。元々優秀すぎる彼女は、随分と役に立ってくれた。エシュがカンパニーの事情を探れたのも、彼女がうまく動いてくれていたからだ。
「出来ないやらないは、凡人の発想。あの子中々すごいから見守ってたけど……所詮凡螻蛄だったわねぇ」
その優秀さはとても評価していたし、そして、尊敬すらしていた。
「だから、道化に喰わせたわ。ああ……今は『愚者』だっけ?」
くすくすと笑い声が漏れる。やはり、仕組まれていた。うっすらと感じていた不安が、さらに膨れ上がる。
「死体をスパイって面白~い。だから狙いは貴方に絞った。いくつかの運任せもあったけど、お互い運命を踏破してここに至っている。交叉路に、今こそ交わるときよ」
全てバレている。それでいてここまで進ませた。破滅を望むように。いや、違う。彼女には確信があるのだ。絶対に勝つという確信が。百パーセントの勝率では決してない。それでも勝ちを引き寄せる準備と能力がある。そんな本物の覚悟があるのだ。
「貴方と私は、運命の赤い糸で繋がっている」
ひよりんがむっと怒りマークを浮かべる。
最後の扉が目の前に迫っていた。エシュは、今度は立ち止まった。ひよりんがその手をぐっと握る。
「……こわい?」
「……戦いは、いつだって恐ろしいものだ。死ぬかもしれない。それは至上の恐怖である。だからこそ、その刺激は生きる糧足りうるのだ。闘争なくして、生はあり得ない。死があるから、生は沸き立つ。
覚えておけ。そして、戦え」
今度は、丁寧に扉を開けた。
中は動物園だった。狭い中に普通の動物が、普通じゃない人たちに世話され、飼育されている。常軌を逸した光景。まるで、混じり交ざったモザイクビーストが、天然の生物の奴隷となっているような。
その奥、際立つ気配があった。雪のように白い肌に黒くウェーブのかかった髪、赤い唇に、凹凸のある身体。白衣の下は、水着だかボンテェージだかのきわどい黒服を着ている。そして、その脇に二体のモザイクビースト(メイド服)が控えていた。
「へえ、出世したな」
「……うっさい」
右、片翼六羽片翼鴉の異形の天使。格好が恥ずかしいのか、頬を染めながら目を逸らしている。気にすべきは、服装より下半身が大蛇と化していることか。
そして、左。真っ黒の光沢のあるキチン質の外骨格、黒く真ん丸な目、二メートルを越える巨大な螻蛄。その背にはスズメバチの翅がぶんぶんはためき、愛嬌のあった顔はオニヤンマのような凶悪な顔になっていた。
「……一から作ったのか」
「ええそうよ。結構お気に入り」
女が立ち上がる。意外と長身だった。真っ黒な十字の刃を両端に持つ槍を自身の影から引っ張り上げ、彼女は言った。
「一応、初めましてかな。
『
今のコードネームは――『女帝』よ」
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