vsモザイクビースト(前)

 騒乱の中心とは、まさにここだった。


「……死んでなかった? あいつ、殺してこようか?」

「やめておけ」


 べたべたくっついてくるひよりんを引き剥がしながら、エシュは海上に浮かぶコンクリートの上に立っていた。フクロウ島にぴたりと寄り添うように潜水していたコンクリートの人工島は、潜水艦のような離れ業を披露している。その目的は隠れるためであり、凄まじい技術でありながらも地味な見た目だった。


「この島の結界を利用するような姑息さだね。私の百里眼でも正直気付けなかった」

「完全に勘頼みだったが、うまく当たりを引けたか」


 それでも危険な賭けだった。エシュとひよりんが最初から予測を立てなければ気付けはしなかっただろう。そして、まさに漁夫の利で屍神・ウルクススフォルムともに奇襲で蹂躙される未来が待っていただろう。


「これが、リブート?」

「ああ。俺の知っているコードネームとは変わってしまったようだがな。恐らく狙いの人物で間違いない」

「エシュ兄ぃ、そんな情報どこから手に入れたの?」


 無言で頭をがしがし撫でられる。誤魔化された。そして微妙に女の影を感じてひよりんが不機嫌そうに唇を尖らせる。


「それより、絶対に逃がすな。ようやくこちらから攻められる機会を得たのだ」

「どれでいく?」

「棍。上から打ち砕く」

「……妙なところで乱暴だよね。私がやるよ」


 言いながら、ひよりんは日本刀を取り出した。その刀身がいくら鋭くとも、この分厚いコンクリートを貫けるとは思わない。それはエシュの棍棒でも同じことではあるが。

 だが、そのを上げるのならば話は変わってくる。


「『武器生成』に、『鋭化』。言われたように、ちゃんと見ていたから」


 煌めく刃。あれだけ分厚いコンクリートの天井に、人が通れる正方形の穴が空いた。ひよりんが納刀の仕草を取ると、刀が空中に溶けていく。


「劣化ながら、『模倣』の異能はやはり切り札足りうる……異能渦巻くアッシュワールドではなおさらに。よくやった」


 今度は丁寧に頭を撫でられる。ひよりんがくすぐったそうに頭を揺らした。







 悪趣味。

 端的に示せばそうなるだろう。


「モザイクビースト、聞いていた以上だな」

「…………これは『模倣』出来ない」

「しなくていい」


 降り立ったのは、細長い廊下だった。その両サイドに、まるで見世物小屋みたいな透明な部屋が無数に並んでいる。

 問題は、その中身。部屋の一つ一つに異形の生物が飾られていた。人面犬がこちらをじっと見つめていた。羽の生えた蛇が暴れる。背中から人間の腕を生やした馬が、にゃーにゃー鳴いていた。

 そんな、悪夢のような展覧会。


『やあやあ! ようこそ、35体目と36体目のモルモットちゃん! あなたたちもモザイクビーストの材料になるのです!』


 機械音に、エシュは頭を上げた。彼は知らなかったが、これまで34人ものハンターがここに送り込まれていた。その誰もが、ここに展示されているどれかになったのだ。


『さあさ…………あー?』


 放送が乱れた。エシュとひよりんは先に進む。途中から、透明な部屋は空っぽだった。それだけ、モザイクビーストの収納先を残しているのだろう。

 まさに、生命への冒涜。エシュは珍しく苛立ち紛れに舌打ちを吐いた。間近で聞いたひよりんがびくりと跳ねる。


「ほう……お前が案内人か」


 廊下の最奥に写るモニターには、異形の天使。

 左に広がる六枚の白い天使の翼。しかし、右には捻れるように鴉の羽が大きく一枚。長い金髪の先は白い蛇で蠢き、頭からは四本の触覚が伸び縮みする。猿の左手、蟹の右手、それでも輝くような美貌が神々しさを放っている。


『屍神、レグパッ!?』

「お前……まさかエンリークか?」


 あの腹黒天使を忘れはしまい。先の社長戦争では、傭兵に何度も致命傷を撃ち込んだ相手だ。


「何故、こんなところに」

『時給が高いのよ! 簡単な案内役で拘束時間時給1500円! 悪いッ!?』

「お前は悪いが…………落ちぶれたな」

『キィィーーー!! 誰のせいだと!?』


 画面の向こうで銭ゲバ天使が地団駄を踏んだ。

 社長戦争で片翼をもがれた天使は失脚した。画面越しに見せた本性と、黒い繋がりが暴かれ、彼女はモナリザから縁を切られた。ストレス発散のための豪遊の果て、気付けばこんなことになっていた。

 エシュは、外套の袖をひよりんに引かれる。


「昔の女? 昔の女なの?」

『黙らっしゃい』

「ちょっと黙ってろ」


 怒られた。ひよりんが苛立ちながら唇を尖らせる。


「いや……なるほど。お前、ガーベラと繋がっていたのか。屍神を知っていたのも納得だ」

『……やめなさい』


 カンパニーが抱える闇、リブート。その重要人物との間に、エンリークはパイプを持っていた。


「今は、女帝だったか」

『……気軽に、口にするな』

「はっは! そのザマはアレか? 金の工面をするために人体実験でも付き合ったか? 天使の素体なんて貴重だもんなあ!? とことん無様だぞエンリーク!!」

『……………………』


 エンリークが顔を赤らめながら目を伏せる。髪先の蛇がシャーと威嚇した。


『…………不死身の死体も貴重でしてよ』

「やはり、俺たちを捕らえてガーベラに売るつもりだったか」

『先へ進みなさい。今度こそ金蔓にしてやるわ。もう、あの螻蛄はいないもの』


 エシュが廊下最奥の扉を蹴破った。ひよりんが三歩後ろを続く。


「これは」

「キメラ……だよ。戦闘用に混ぜ合わせた合成動物だ」


 ひよりんが看破する。クローン施設に長くいたせいか、こうした技術には詳しいようだった。なにより、素の知能も神童と称されるほどなのだ。

 混ぜ合わさった獣たちが一斉にこちらを見た。背後で蹴破ったはずの扉が壁になる。緑芝の、コロッセウム。あちらこちらに乾いた血の後があった。


『ハンターの30人はそこで死んだわ。ガーベラ様にお会いしたければ死ぬ気で生き残ることね』


 ひよりんがエシュを見上げる。彼は後ろ向きで壁まで下がって、静かに座り込んだ。モザイクビーストたちの殺意が殺到する。

 対して、骨を被った大男は一言。


「――――――へえぇ」


 直後、牙を剥く小さな怪物が真っ直ぐ飛び出した。

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