蝸角之争! バカと天才の紙一重

「相手がつまらない人物なら、額面通りにこき下ろした方が精神衛生上マシよね」

「なに言ってやがる!!」


 水の柱が巻き上がる。しかし、そんな猛攻は全て霧と溶けた。元素変換、液体を気体に。


「つまり、バカは死ねということよ」


 出鼻を挫かれてたたらを踏むゾン子の目前に、オリヴィエ代表が現れる。幾何学模様の彼方、あらゆる距離は思いがままに。


(こいつ……あのアマと攻撃方式が全然違……ッ)

「テラバイトストーム」


 直接手のひらから、黒い円盤が肉体を両断する。情報操作。肉体から溢れる血液を凝固させて復活を阻止する。しかし。


「固まりなさい」

(動、け……ッ!)


 水のタリスマン。本能的に分子の活動を急活性させる。沸騰しそうな血が固まるはずもなく、ゾン子の肉体が復活した。すぐさま反撃。水の刃が連続して飛ぶが、どれもオリヴィエに届く前に霧散する。真横。当てられる手のひら。


「テラバイトストーム」


 具現化した情報の渦が肉体を滅茶苦茶にする。再び復活するゾン子と距離を取り、オリヴィエが入り口から溢れてくる大浴場の水を固体に変換した。これで水分の供給路は立った。半径15メートルほどの魔方陣。それを周囲に三つ展開させ、ゾン子の攻撃を霧散させる。


「届かないわ」

「ちっくしょう!!」


 あまりに圧倒的。ゾン子の手練手管を変えた攻撃の数々は悉くが届かない。大組織を率いるその実力は本物だった。ゾン子が周囲に水玉を複数浮かせる。霧散しない。さっきから攻撃のみを封じている。入り口の水分補給路を封じたのを見ると、出来ないわけではなさそうだが。


(無駄を徹底的に省くわけか)


 ゾン子がくるりと回る。もう諦めて逃げてしまおうか、と考えないでもない。大図書館がぐらりと揺れた。外で兄貴分と弟分が戦っている。二秒、目線を外に移して、ゾン子は前に跳んだ。


「無駄よ」


 オリヴィエは既に背後に回っている。テラバイトストーム。だが、流石に見飽きた。ゾン子は怪力で大質量を受け止める。


「無駄も通すぜ。あたしは不死身だ。いくらでもゴリ押せる」

「無理はしなくていいんじゃない?」


 煽るように笑うオリヴィエにゾン子はぴきりと青筋を立てた。投げ返す質量の塊。しかし、その直前で無数の糸に分解されて大きくすっ転ぶ。


「まあ、これに懲りたら故郷へ帰りなさい。あなたにも家族がいるんでしょう?」


 死体は塵に。そんな皮肉を込めながら三つの光線が殺到する。







 死んで復活したら、人格はフォーマットするらしい。

 屍神のそんな特性に一番驚かされたのは、他でもないオリヴィエだった。カンパニーの実験動物として囚われていた時には、薬物中毒にしていたらしい。その時も、復活の際には薬物も完全に抜けきっていたらしい。

 肉体も、人格も、フォーマットされる。最初の一撃のその結論は示された。だから完全催眠も決め手にならない。あの神竜があんなに乱雑な解決策を持ってきたのは予想外だったが、それで勝負は完全に分からなくなった。


(エル……苦戦してるようね)


 魔力がごっそり削られていく。不死身、それは戦士としては最強の属性。その本当の意味を思い知らされる。オリヴィエにしろ、エルにしろ、地力では完璧に勝っていた。それがここまで追い詰められている。魂のストックを複数持つ彼らは、それだけ粘り勝ちの勝算が跳ね上がる。生身の人間が、戦うような相手ではない。

 まさに戦略兵器。

 戦争に投入されれば、それだけで戦場を左右しかねない脅威。だから、悠長に不死身に付き合える余裕なんてなかった。完膚なきまでに破壊して、復活を阻止する。塵も残さず消し去れる圧倒的な破壊。


(ここで、決めなければ――…………)







 簡易時空砲。

 死体すら塵に変える一撃。ゾン子は足元を湿らしてスケートのように滑る。回避。しかし、光線の着弾点には巨大な本が。


(おいおい、マジかよ……!?)


 ゾン子を取り囲むように広がる本の数々。ここはウルクススフォルムの大図書館。本ならばたくさんある。開いたページが破滅的な光を放つ。巨大な本に殺到した時空砲は、プリズムのように分裂して、本を通して降り注ぐ。


「来や、がった……ッ!!?」


 ゾン子が水を操る。本を打ち落とし、光線を逸らし、ジェット噴射で高速移動する。

 破壊。破裂。破滅。

 降り注ぐ無数の光線は勢いを弱らせ、やがて先細りしていく。辛うじて凌いだゾン子は気付いた。水が、もうあまり残っていない。


「屍神相手に、消耗戦か?」

「当たり。科学の力は神をも下す」


 タブレットに指を滑らすオリヴィエの両目が、青く光る。それは情報を操る梟の目。頭の中がふわりと揺れた。ゾン子は咄嗟に水浸しの本を投げつける。オリヴィエは避けるまでいかなかった。顔に本が叩きつけられ、視界が封じられる。


「舐めんな。カンパニー関係ならアタシの方が慣れっこよ。無法っぷりをお見舞いしちゃうぜ」


 ゾン子が走る。大図書館の本棚から次々と本が浮かび上がった。本の角がゾン子を次々と狙う。ゾン子は振り返って両手で暴れる本をキャッチ。そのまま武器として次々と叩き落とす。そのまま本棚の陰に。


「視界だろ! なんかに遮られたらその得体の知れない攻撃は通じないぜ! そして、ここには隠れる場所がたくさんある!」


 言いながらゾン子はオリヴィエの前に躍り出る。手刀の構え。オリヴィエがゾン子の脳に過剰な情報を叩き込む。一秒で処理限界を突破したゾン子の脳が破裂し始める。顔面のあちらこちらから噴き出す鮮血。それでももう一歩。


「科学はすべてを解決する。いずれ神の力はすべて人間のものになるのよ」

「思い上がるな。全ての不和はそこから生まれる」


 毒。ゾン子の体勢がぐらりと傾く。ただでさえガタガタな脳と、思考が沸き立つように麻痺していく。仕込まれた埋伏の毒。それでも、もう一歩踏み込めたのなら、それは神秘の域に達するだろう。情報に示されない未知の領域。

 それは神の奇跡であり、同時に人の意志が示す『踏み出す力』。


(レグ兄やオグンがやるっていうんだ……あたしばっかこき下ろされてたまるかよ)


 踏み込む一歩は強靭に。

 水のレールが鎌鼬を補強する。


「こいつ、――――ッ!!?」


 バカだから、何も考えていない。いつも水の精霊が勝手にやってくれるから。そんな雑な信頼。



「繋ぐぜ――――大・斬・撃ぃぃいい!!!!」







 両目がズキズキ痛む。

 オリヴィエがゆっくりと立ち上がった。魔力がすっからかんで目眩がする。うっすらとボヤける視界では、ゾン子がへろへろになって座り込んでいた。脳がパンクして自死まで頭が回らないのだろう。オリヴィエは梟の目を使おうとして、激痛に暴れた。目が、うまく開けない。


「なにが、起きたの…………?」

「チェックメイトだよ」


 少年の声。掛けられたのは、王手ではなく勝利宣言チェックメイト


「軍神オグン…………」

「……ごめん、オリヴィア。負けちゃった」


 少年におぶさるエルが申し訳なさそうに苦笑する。その両足は焼き焦げていて、自力で歩行することは無理そうだ。そして、オリヴィア自身も。切り裂かれた両目は、ぼやけた視界しか写さない。


「殺しなさい。もう手はないわ」

「殺すならこんな回りくどい手は取らない」

「私たちはをしに来たの」


 後ろからしたり顔でエヴレナが現れた。ただ逃げただけかと思っていたが、どうやらフェレイをここまで案内していたらしい。


「…………私たちにどんな要求?」

「流石、が早くて助かるよ」


 フェレイは内心ほっとする。

 実は今この時点でも死神や筋肉記者が島まで向かっている状況だった。直に辿り着くだろう。この消耗具合で残りのメンバーとの衝突は分が悪い。だから、ここでトップに頷かせる必要があった。

 要求を通すために戦争に勝ったのだ。ウルクススフォルム代表には頷く義務がある。


「分かったわ。条件次第で――――の席につきましょう」

「了解した。残りのメンバーの到着を待とうか。君たちウルクススフォルムにはまだ残ってもらわないと困るんでね」


 その言葉にオリヴィエは微笑んだ。嵌められたことを理解したから。しかし、最悪の中ではまだマシな方だろう。何より、誰も死んでいない。


(それが、向こうの提示する交渉材料なのかもしれないけど)


 死人が出れば、その溝は決定的だ。オリヴィエは力なく本棚に寄りかかる。


「……よお、うまくやったな」

「今度ばかりは助かったよ。どうしても一手足りていなかった」


 ゾン子とフェレイがハイタッチする。憔悴した表情でゾン子が首を捻る。


「今度ばかり?」

「さーすーがーはー、お、姉、さまー」

「ほうほうそうかそうか!」


 ゾン子が上機嫌で笑った。フェレイの背で、エルがその頭に顎を乗せた。彼女の大きさも最初に会ったときまで縮んでいる。


「そういえばさあ、彼は?」


 フェレイとゾン子は互いに顔を見合わせた。神出鬼没で、それでも狙い済ましたように騒乱の中心に現れるあの男。頼れる兄貴分の姿がどこにもなかった。


「レグ兄は?」

「先だって合流したんじゃないの?」



「「あれ、どこ行った?」」

 

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