『すべての不和の母』(後)

 グラサンを外した少女は、その戦場に立ち入ることを禁じられていた。おこりんぼひよりんは、ただただ戦争を観察している。

 猫耳騎士の時もそうだった。エシュが戦い、ひよりんはそれを見ている。ずっと、じっと、見ている。双眼鏡なんて無粋なものは必要ない。己の肉眼で全てを捉える。そう、彼女にはこの戦場一帯が

 出鱈目な光景だと思う。強力なが渦巻く混沌の戦い。破壊力、蹂躙力、その全てがここにはあった。彼女はじぃと視野を絞る。強靭な大男が、戦争の権化と打ち合っていた。抱えるように、傭兵の骨を抱き締める。あれだけは違った。異能ではなく、純然たる実力の戦い。一番目が惹かれる。目を離せない。ふつふつと沸き上がる感情。どうしても、それに抗うことは出来ないのだ。


(どうして、私をここに置いていくの)


 それは――――怒りだ。







(思った以上……こいつは使える)


 弾丸は焼き焦げ、あらぬ方向に飛んでいく。兵士が宙を舞い、同士討ちを恐れてか弾幕が止まる。動きの止まった兵などただの的だ。ククリナイフが首筋を断ち切っていく。


「敵勢力、目算三割の減衰。どうする?」

「上々。足を潰して盾に使え」


 戦車が砲弾を飛ばした。フェレイが右手を広げるが、陰鬱な男は振り向きすらしなかった。発車された徹甲弾は空中で動きを止め、あらぬ方向に兵を吹き飛ばした。ついでにこちらに飛んできた対戦車RAMをご丁寧にタンクにぶちこんでやった。


「これで大きな攻撃は躊躇するはずだ」

「……はは、上々上々」


 大まかな行動指針だけ与えておけば、適切な手段で即時実行する。強烈な破壊力は有さないが、そばに置いておくのにここまで都合のいい兵も中々いない。


(アルゴル種の念動力と、マリオ・アルゴル本体の優秀さがなせる技か。宿主選びはさぞかし苦心したに違いない)


 それでも拘った甲斐はあったはずだ。それを死んでからフェレイが証明して見せた。不意打ちで倒せた幸運を、今更ながらに噛み締める。

 手足の腱を切り裂いて無力化した兵士を、念力で宙に浮かして盾にする。数だけ増やしても、それが優位に傾くとは限らない。フェレイは将の首を刈り取る機を虎視眈々と狙っている。


「さあ、戦争屋。僕が用意した最強の兵をどう突破する」







 アナリズィーレン。


「……強いね。隙が見当たらない。ううん、弱点を逆に攻め手に転用している。馬鹿正直に隙を突けば、そこにカウンターを合わされちゃうんだ。ま、当たんないんだけどさ」


 あちらこちらに切り傷を作るエシュは、無傷で槍を振るうエルを追う。ここまで会心の太刀を三度は放った。なのに、無傷。全て動きが読まれていた。その手に握る半月刀シャムニールを汗が濡らす。


「だが、体力勝負ならこちらに分がある」

「……またそれか。運命を踏破する力っていってもありきたりだね」

「当たり前だ。それは、誰もが持つべきものなのだから」


 エシュは、後ろに目線を飛ばした。果たして、誰に向けた言葉だったか。その隙をエルが見逃すわけがない。罠だと分かっていても、今までのものとは少しニュアンスが違う。

 この戦争に勝つため、一瞬だ。


「ゲナウストライク!」

「その技は既に見ていたぞ!」


 槍を手離すエルが指弾を飛ばす。半月刀を盾に二発。手離して空中で一発。残りの五発は手首の捻りで弾いた。いつのまに握った短槍を心臓に叩きつける。エシュは落下していた半月刀を蹴り上げて攻撃を防ぐ。戦争の化身がにやりと笑った。


「スカー」

「来い」

「ミッシャー!!」


 槍の雨。エシュは後退せず、エルは豪雨に飛び込んだ。

 ブリッツクリーク。分身したエルが縦横無尽に傭兵を襲う。槍の豪雨に無数のエル。右手の半月刀と左手で短槍を使い回しながら、エシュが猛狂う。


「ぐううううおおおおおおおおお――――!!!!」

「とぅりゃあ!!」


 これだけの連撃の末、水月にようやく一発。獣の咆哮が槍を蹴散らし、獰猛な肉体が女をねじ伏せる。

 エルは二歩下がった。エシュは半歩で肉薄する。背後の影から伸びる刺突。獣が全てを蹴り飛ばした。回し蹴りの勢いで前に振り返り、エルの連撃を拳で受ける。地を這うような半月刀シャムニールの一太刀。右足の技巧。予想外の追撃に、ついにエルが掠り傷を負った。


「……はは、理性飛ばした方が動きがキレるってどういうことよ」

「さっきまで届かなかったものが、今届いた。いずれ貫くぞ?」


 より上へ、より強靭に。運命の交叉路に立つ男が、その神格を余すことなく顕現させる。


「邁進しろ。不可能を超克しろ。これこそが運命神レグパなるぞ」


 戦術ではない。兵器ではない。技術であり、その身を以て体得したもの。時代の潮流で、その本質を潰してなるものか。困難に打ち勝つ力。それこそは、普遍的な戦う力なのだから。

 一方、進化する戦争史の体現者は、その足を踏み鳴らした。細菌兵器。戦争の果てに行き着いてしまった地獄を体現する。


「古い神話は何も生まない。戦争の進化こそが人の歴史だ! 過去の遺物は未来の凄惨に朽ちていけ!!」


 カプセルみたいな爆弾が二つ。エルは全力で後退する。追うエシュの足を鉛玉が撃ち抜いた。銃弾一発でエシュが膝をついた。もう、爆発する。

 細菌兵器の爆弾が、エル目掛けて飛んだ。流石の彼女も顔をひきつらせる。





 ミストルティンの大槍が形を崩す。無数の槍に分化した兵器が細菌そのものを分解しようとした、その瞬間。燃え盛る業火が全てを焼き尽くす。


「そんな……そんなものがあるからこそ。僕は、戦争を、潰す」


 軍神が大きく前に出た。

 その横に、エシュとマリオが続く。


「スカーッ、ミッシャー!!!!」


 無数の槍が足を遅らせる。マリオの念力でも止められない。フェレイの判断は早かった。エシュの蛮勇が槍の豪雨を凌ぎ、稼いだ一秒でフェレイが男を飛ばす。発火、そして爆発。


「な……ッ!?」

「派手に沈め!!」


 最期の念力。肉片すら焼き尽くす炎獄を纏いながら、その炎をエルにまとわりつかせる。分化したミストルティンでも消化しきれない。全身火傷跡に呻きながら、エルが顔を上げた先。


「交叉路に至れ」


 エシュの豪腕。水晶球のような形状に戻ったミストルティンは、唯一無二たる半月刀シャムニールに砕かれていた。その小さな胸に破壊がぶちこまれる。


「っっ、こんぉのおお!!!!」


 エルはそれでも食らいついた。振り抜いた拳にへばりつくように指弾を放つ。十二発。エシュの強靭な右腕が完全に沈黙する。エシュは咄嗟に三歩下がった。致命的だ。一歩でエルの手刀がその心臓を裂いた。


「らあああぁぁぁああ――――!!!!」

「僕は、天罰下す獄炎神」


 その勢いのまま、軍神の首に手刀を突きつける。

 そこから一歩だって進めない。エルの両足は、爪先からふくらはぎまで焼き焦げていた。


「屍神オグンだ。軍神の前についえろ」


 燃える拳。

 純然たる暴力。

 その一撃は、苦痛に叫ぶ戦争の化身を、大地に押し潰した。



「世界を進化させようとする行動は、

 瞬間にではなく、

 未来に奉仕するものである。


 なんて、ね――――……」


「僕らは、過去の権化だ。

 進化が不和を産むというのなら、

 いくらでも潰してやる。

 何度でも何度でも分からせてやる」



 軍神の言葉の果て、すべての不和の母は沈黙した。

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