『すべての不和の母』(後)
グラサンを外した少女は、その戦場に立ち入ることを禁じられていた。おこりんぼひよりんは、ただただ戦争を観察している。観察している。
猫耳騎士の時もそうだった。エシュが戦い、ひよりんはそれを見ている。ずっと、じっと、見ている。双眼鏡なんて無粋なものは必要ない。己の肉眼で全てを捉える。そう、彼女にはこの戦場一帯が視えていた。
出鱈目な光景だと思う。強力な異能が渦巻く混沌の戦い。破壊力、蹂躙力、その全てがここにはあった。彼女はじぃと視野を絞る。強靭な大男が、戦争の権化と打ち合っていた。抱えるように、傭兵の骨を抱き締める。あれだけは違った。異能ではなく、純然たる実力の戦い。一番目が惹かれる。目を離せない。ふつふつと沸き上がる感情。どうしても、それに抗うことは出来ないのだ。
(どうして、私をここに置いていくの)
それは――――怒りだ。
◆
(思った以上……こいつは使える)
弾丸は焼き焦げ、あらぬ方向に飛んでいく。兵士が宙を舞い、同士討ちを恐れてか弾幕が止まる。動きの止まった兵などただの的だ。ククリナイフが首筋を断ち切っていく。
「敵勢力、目算三割の減衰。どうする?」
「上々。足を潰して盾に使え」
戦車が砲弾を飛ばした。フェレイが右手を広げるが、陰鬱な男は振り向きすらしなかった。発車された徹甲弾は空中で動きを止め、あらぬ方向に兵を吹き飛ばした。ついでにこちらに飛んできた対戦車RAMをご丁寧にタンクにぶちこんでやった。
「これで大きな攻撃は躊躇するはずだ」
「……はは、上々上々」
大まかな行動指針だけ与えておけば、適切な手段で即時実行する。強烈な破壊力は有さないが、そばに置いておくのにここまで都合のいい兵も中々いない。
(アルゴル種の念動力と、マリオ・アルゴル本体の優秀さがなせる技か。宿主選びはさぞかし苦心したに違いない)
それでも拘った甲斐はあったはずだ。それを死んでからフェレイが証明して見せた。不意打ちで倒せた幸運を、今更ながらに噛み締める。
手足の腱を切り裂いて無力化した兵士を、念力で宙に浮かして盾にする。数だけ増やしても、それが優位に傾くとは限らない。フェレイは将の首を刈り取る機を虎視眈々と狙っている。
「さあ、戦争屋。僕が用意した最強の兵をどう突破する」
◆
アナリズィーレン。
「……強いね。隙が見当たらない。ううん、弱点を逆に攻め手に転用している。馬鹿正直に隙を突けば、そこにカウンターを合わされちゃうんだ。ま、当たんないんだけどさ」
あちらこちらに切り傷を作るエシュは、無傷で槍を振るうエルを追う。ここまで会心の太刀を三度は放った。なのに、無傷。全て動きが読まれていた。その手に握る
「だが、体力勝負ならこちらに分がある」
「……またそれか。運命を踏破する力っていってもありきたりだね」
「当たり前だ。それは、誰もが持つべきものなのだから」
エシュは、後ろに目線を飛ばした。果たして、誰に向けた言葉だったか。その隙をエルが見逃すわけがない。罠だと分かっていても、今までのものとは少しニュアンスが違う。
この戦争に勝つため、ではなかった一瞬だ。
「ゲナウストライク!」
「その技は既に見ていたぞ!」
槍を手離すエルが指弾を飛ばす。半月刀を盾に二発。手離して空中で一発。残りの五発は手首の捻りで弾いた。いつのまに握った短槍を心臓に叩きつける。エシュは落下していた半月刀を蹴り上げて攻撃を防ぐ。戦争の化身がにやりと笑った。
「スカー」
「来い」
「ミッシャー!!」
槍の雨。エシュは後退せず、エルは豪雨に飛び込んだ。
ブリッツクリーク。分身したエルが縦横無尽に傭兵を襲う。槍の豪雨に無数のエル。右手の半月刀と左手で短槍を使い回しながら、エシュが猛狂う。
「ぐううううおおおおおおおおお――――!!!!」
「とぅりゃあ!!」
これだけの連撃の末、水月にようやく一発。獣の咆哮が槍を蹴散らし、獰猛な肉体が女をねじ伏せる。
エルは二歩下がった。エシュは半歩で肉薄する。背後の影から伸びる刺突。獣が全てを蹴り飛ばした。回し蹴りの勢いで前に振り返り、エルの連撃を拳で受ける。地を這うような
「……はは、理性飛ばした方が動きがキレるってどういうことよ」
「さっきまで届かなかったものが、今届いた。いずれ貫くぞ?」
より上へ、より強靭に。運命の交叉路に立つ男が、その神格を余すことなく顕現させる。
「邁進しろ。不可能を超克しろ。これこそが運命神レグパなるぞ」
戦術ではない。兵器ではない。技術であり、その身を以て体得したもの。時代の潮流で、その本質を潰してなるものか。困難に打ち勝つ力。それこそは、普遍的な戦う力なのだから。
一方、進化する戦争史の体現者は、その足を踏み鳴らした。細菌兵器。戦争の果てに行き着いてしまった地獄を体現する。
「古い神話は何も生まない。戦争の進化こそが人の歴史だ! 過去の遺物は未来の凄惨に朽ちていけ!!」
カプセルみたいな爆弾が二つ。エルは全力で後退する。追うエシュの足を鉛玉が撃ち抜いた。銃弾一発でエシュが膝をついた。もう、爆発する。
細菌兵器の爆弾が、エル目掛けて飛んだ。流石の彼女も顔をひきつらせる。
「焼け」
ミストルティンの大槍が形を崩す。無数の槍に分化した兵器が細菌そのものを分解しようとした、その瞬間。燃え盛る業火が全てを焼き尽くす。
「そんな……そんなものがあるからこそ。僕は、戦争を、潰す」
軍神が大きく前に出た。
その横に、エシュとマリオが続く。
「スカーッ、ミッシャー!!!!」
無数の槍が足を遅らせる。マリオの念力でも止められない。フェレイの判断は早かった。エシュの蛮勇が槍の豪雨を凌ぎ、稼いだ一秒でフェレイが男を飛ばす。発火、そして爆発。
「な……ッ!?」
「派手に沈め!!」
最期の念力。肉片すら焼き尽くす炎獄を纏いながら、その炎をエルにまとわりつかせる。分化したミストルティンでも消化しきれない。全身火傷跡に呻きながら、エルが顔を上げた先。
「交叉路に至れ」
エシュの豪腕。水晶球のような形状に戻ったミストルティンは、唯一無二たる
「っっ、こんぉのおお!!!!」
エルはそれでも食らいついた。振り抜いた拳にへばりつくように指弾を放つ。十二発。エシュの強靭な右腕が完全に沈黙する。エシュは咄嗟に三歩下がった。致命的だ。一歩でエルの手刀がその心臓を裂いた。
「らあああぁぁぁああ――――!!!!」
「僕は、天罰下す獄炎神」
その勢いのまま、軍神の首に手刀を突きつける。
そこから一歩だって進めない。エルの両足は、爪先からふくらはぎまで焼き焦げていた。
「屍神オグンだ。軍神の前に
燃える拳。
純然たる暴力。
その一撃は、苦痛に叫ぶ戦争の化身を、大地に押し潰した。
「世界を進化させようとする行動は、
瞬間にではなく、
未来に奉仕するものである。
なんて、ね――――……」
「僕らは、過去の権化だ。
進化が不和を産むというのなら、
いくらでも潰してやる。
何度でも何度でも分からせてやる」
軍神の言葉の果て、すべての不和の母は沈黙した。
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