極秘潜入! ウルクススフォルムの大図書館
「…………………………」
ウルクススフォルム代表オリヴィエ・ソミェットは頭を抱えていた。神竜を護衛していたリルヤらが船ごと鮫に襲われて海の藻屑と化したらしい。もちろん、あの面子に限ってただの鮫にやられるようなヘマはしないだろう。だからこれは、何者かの人為的な事件だ。
『来たよ。じゃあ、私は軍神君とバトってるから』
「ええ、必ず仕留めなさい」
カンパニーに関わり続ければ、予想もつかない理不尽な災難が降りかかる。これまでのらりくらりとかわしてきたつもりだが、ついにこの時が来てしまった。ツィーテンやエスティといった非戦闘員らは既に避難させている。機動力が高いレティシアはとある客人たちに危機を知らせるために動いてもらっている。何が起こるか分からない以上、アナログに足に頼る形でだ。
(ここまで敵が攻めてこられるとは考えもしなかったわ。当てにしていたリルヤが動けないのが一番痛い。虎の子のエルだって一度負けている相手。もう、私が動くしかない)
どうしてこうなってしまったのか。振り返ってみれば、やはりあの神竜の少女が発端だったのかもしれない。世界的にも珍しい神竜の情報を是非にでもと保護に動いていたが、それがこんな大事になるとは。エルがフェレイと接触したのは完全なる偶然だったが、ここまでタイミングが最悪だとそれすらも思惑の上だったのではないかと疑えてくる。
(そもそも、依頼するべきハンターが何故入れ替わった? あのジャミング通信は十一番コロニーからのもの。逆探知も逃がさなかった。なのに、なのに……)
本来依頼する予定だったハンターは殺されていた。
だから、何故か依頼を受けていたゾン子にそのまま任せるしかなくなったのだ。アルバレスを送り込んで誘導に成功はしたが、それでも謎の横槍は数多く。
(十一番コロニー……あそこでも何かが起きている)
危険な盤面だった。刑務所の暴走。『
(とにかく、ここを凌ぐ。一度アッシュワールドから撤退して、体制を整える。手を引くかどうかはそれからの判断)
手元にタブレット端末を手繰り寄せる。結界越しに爆音が響いた。振動も僅かに。ついに軍神と戦争そのものがぶつかったのだ。時空砲での援護射撃ならば可能だろう。少しでも勝率を高める策を頭の中で講じる。動き出すオリヴィエ代表。その一歩は、硬直した。
ガチャ、と。入り口の扉が開いたのだ。
「ふぃ~~~~! いい湯だった! さっすがに広いなあ!!」
パンツ一丁の女が、首からタオルをかけて出てきた。反応が遅れる。死相浮き出る謎の侵入者、ゾン子はタオルを振って身体のあちこちをビシバシ叩く。小さな水滴が飛び散って本棚にかかった。丁寧に扉を閉める姿が怒りを煽る。
「ねえ、貴女ここは図「ああ待って待って! 今着替えるから!」
どこから取り出したのか、青いワンピースをもぞもぞ被る。髪の毛はがしがし手櫛で整えて自然乾燥だ。
「よっし! じゃあ自己紹介から「テラバイトストーム」ぎゃあああああ!!!!」
具現化した黒い情報の塊に押し潰される。死ぬ気の怪力で投げ捨てた塊は、本棚にぶつかる直前に溶けて消えた。
「待て待て、ハンターゾン子ちゃんだよ! 依頼達成の報告で来たんだって!」
「依頼……ああ、もしかして真銀竜?」
「そうそう!」
「で、その子は今どこに?」
「まだ風呂」
何故だ。
オリヴィエは真顔のまま首を捻った。神竜が意外と長風呂なのだという余計な情報をゲットしてしまった。というか、こいつらは何故勝手に上がり込んで人ん家の風呂に浸かっているのだろうか。
やはり、カンパニーは闇が深い。
「あ、お姉ちゃん! 私もう出たよー!」
銀色のワンピースに、新品のパーカー。可愛らしい意匠のカッププリンをスプーンでつつきながらリラックスしている様子だ。
(それ、アイネちゃんが冷蔵庫の奥に隠していた限定プリン……)
神竜も、プリンを食べるのだ。新しい情報が更新される。
「お前、そんなもんつついてもでっかくなれねえぞ!」
「お姉ちゃんこそジャンクフードがマイブームってキャラ作りすぎでしょ!」
焼きそば弁当をずるずる啜るゾン子。あれはとある世界の一地域にしかない珍しい保存食だった。湯切りのお湯で作ったくどい味のスープをマグカップで嗜み、ゾン子が爪楊枝で口の中をつつく。
(それ、アイネちゃんの部屋にあったやつじゃ……)
「ほら、指定された地点てここだろ? 早く報酬ちょーだい」
「……分かったわ。今立て込んでるから、貰ったらすぐに出てってね」
にまにま笑うゾン子とエヴレナが両手を差し出す。いくら貰うつもりなのだろうか。神竜は意地汚いのだと、余計な情報ばかりが更新されていく。
(……そもそも、現金支給じゃないんだけど)
しょうがない、とばかりに財布を開く。その目が、ほんのりと青く光る。
「――――とはいえ、ここで追加戦力を得られたのは僥倖」
図太くエヴレナを押し退けていたゾン子の頭がかくりと落ちた。エヴレナはなにか不審に思ったのか、咄嗟にゾン子を盾にした。オリヴィエの視界から逃れるような動き。悪くない判断だ。出来れば神竜の力も手中に落としたかったが、こうも警戒されると難しいだろう。
「まあ、いいわ。表の狼藉者どもを始末してきなさい」
「あいあいさー」
表情が抜け落ちたゾン子が口を開く。エヴレナがぎょっとしたように後ずさった。上書きして保存。ちょっとだけパソコンに詳しいエヴレナは知っているのだ。
「えいっ、再起動」
迷いなく、その首筋に護身用のナイフを突き刺した。神竜だってナイフを使う。小賢しく戦える。そして何より、至近距離での血飛沫が青い目を封じていた。
「こん、な…………ッ!」
ふざけた状況で終わってなるものか。書庫から何冊もの本が飛び出してくる。本の中から本が飛び出し、巨大化した。オリヴィエに覆い被さるように。
血は水で、であれば凶器足りうる。
凄まじい刺突音が連続した。血の槍が本の壁を突き崩す。血を拭って、辛うじて目を開けたオリヴィエの目の前には、ほんの数センチ先に槍先が置かれていた。血の槍が、復活のために肉体に吸収されていく。
「……やってくれたわね」
「にひひ、奇襲成功ってな」
「私を保護ね。私はもう誰に守って貰う気だってないよ。その上から目線が気に入らない」
神竜を抱えながらゾン子が距離を取った。
リルヤとアルバレスは何故音信不通に。海を渡っている間に、鮫に襲われた。海は水で、であれば独壇場だったのだろう。
「安心しな。お仲間さんは無事さ。海でのアタシとオグンのゾンビシャーク相手に逃げ延びやがった」
「お姉ちゃん、正直に言わなくていいんだって!」
「あ…………やい! 彼らを助けたけれ「もう茶番は十分」
オリヴィエが取り出したのは、タブレット型の端末。簡素な見た目だが、彼女が独自にカスタマイズした特注品である。
「ドラ子、下がってろ……ってもう逃げてるし」
「貴女は逃げなくていいのかしら?」
「なーんか、ここでうすすくすほるむを叩かないといけないんだって。それに……情報が武器なんだって? イケスカない雑魚野郎を思い出してイライラすんだよねえッ!!?」
ドドドドドド。
水の音だ。かなりの勢いだ。水を操る不死身の死体は、データがある。無尽蔵に火を産み出すフェレイと違って、彼女はそこにある水をただ操るだけだったはずだ。そんな疑問は銀髪の悪戯娘が解消する。
「ごっめーん! 蛇口閉め忘れちゃった! あとドラ子はやめて!!」
(蛇口……? そっか、さっきまで大浴場に……てことは)
ゾン子の顔が歪に嗤う。入り口の扉が派手な音を立てて弾き飛んだ。膨大な水の渦が、ゾン子を取り巻く。水飛沫が一々本棚にかかって、オリヴィエのこめかみに青筋が立った。
大組織ウルクススフォルムの代表が、厳かに口を開く。
「奇遇ね――――
私も貴女を見ているとイライラしてくるわ」
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