『すべての不和の母』(前)

 フクロウ島。

 兵士たちが隊列を組んでいる。敵が迫っているのは自明であり、だからこその備えだ。簡素な剣と盾だけの装備だが、その数は三万に至る。その兵団を上回るのは、大槍を雑に振り回す少女だった。


「糖分ばっちり。やっこさんもご到着みたいだね」


 ここまでどうやってかレーダーでの捕捉から逃れていたようだが、この距離まで来ると流石に目視可能である。奇襲も警戒したが、どうやら真正面から攻め入るみたいだった。

 迫る小型船舶を操縦するのは、グラサンの少女。どこかで見たような気がするが、エルは気にしなかった。それよりも、猛スピードで迫る船のど真ん中で仁王立ちするフェレイにどうしても目が行ってしまう。

 他に、確認出来るだけでも四人。全員が屍神が操る死体と見てまず間違いないだろう。一度戦ってみて、軍神の手の内は見えている。そして、それはお互い様だ。


「兵は揃った。情報も十分。互いが互いに探り、読み合い、最上の策を講じてきた」


 槍を勢いよく叩き付ける。反響する音が兵の魂まで響き渡り、その心臓が鼓舞された。小型船舶が島に着くと同時に、フェレイを含む五人が島に飛び移る。操縦者はそのまま待機か。エルが視線を投げる。軍神と目が合った。



「「さあ――――戦争を始めようか」」



 直後、三万の兵が全焼した。







「うわお、本気過ぎない?」

「うん、本気だよ。少数精鋭で最大戦力を連れて来た」


 散らばる灰の中、軍神は戦争そのものと相対した。以前よりも大人びた外見。これが用兵家エルの真の姿なのか。フェレイは静かに納得した。予感は、本物だった。

 まさに戦争という概念そのもの。であれば、軍神に相対するには打ってつけだ。


「エル、君を潰しに来た」


 女が一人飛び出した。サーベル片手の突貫。彼女の突貫が届く前に、エルは既に動きを見抜いていた。槍の柄でその顔面を叩き、転がる女の足を斬り飛ばす。


「こんなんで?」


 石突で地面を叩くと、再び三万の兵が湧いてくる。プレートアーマー。装備が進化している。フェレイは男二人と後ろに下がった。代わりに、大男が大跳躍でエルに迫る。


「こんなんで、だ」


 エルは槍を真下に突き刺してくるりと回った。背後からのサーベル突貫を回避し、男が振り下ろす刃をいなす。


(あらら、回復早いね。しかも)


 真っ正面からの刃。今度は槍で受け、縮めた刃で腹を裂いた。男の斬撃を半歩開いて回避、反撃の蹴り。


(へこたりないなあ、この子)


 またもサーベル。しかし、首を刎ねようとしても男の刃が邪魔をする。


「なるほど。潰しにきた……ね」


 エルはぺろりと舌を出す。最も警戒すべき軍神を、この剣戟で見失う。







(純粋な白兵戦も強化されてる。もう一人送るべきだったか?)


 屍兵を通してエルの動きは筒抜けだ。ひとまずは将を釘付けに出来たというところか。

 全身鎧の重歩兵らがばたばた倒れていく。フェレイはトドメを刺さずに、負傷した兵を飛び道具や盾にして進軍する。同じように焼き尽くすことも出来たが、それでは同じように対応されるだけだろう。


(見込んだ通りの活躍だ。中々どうして大した実力じゃないか)


 男が一人、毒針と括りナイフで鎧の関節部から攻撃を仕掛けている。効果は絶大。遊撃に回しているもう一人の男では、ここまでの戦果は得られなかっただろう。明後日の方向で、派手に火柱があがった。


(この攻撃力で無尽蔵、派手に目を引いてくれる)


 エルの兵団が総崩れになっていく。指揮官を自由にしていたらこうはいかなかっただろう。


「さあ、エル。この布陣を崩せるものなら崩してみなよ」







(前みたいに時間を稼がれると詰む……)


 真っ直ぐ過ぎる突貫を一突きでねじ伏せる。ゲナウストライク。獣人への特効が女を八つ裂きにする。これで三回目。同じように男の刃が追撃を阻んだ。そして、女の死体はもう復活しかけている。こいつだけ再生速度が段違いだ。


(一対一なら、どっちも敵じゃないかな? でも、男の方の援護攻撃が頑強すぎる……これが軍神の指揮力ってこと?)


 エルは三万の兵を一々コントロールしている訳ではない。実質、そんなことは不可能だ。しかし、数を絞ってきたフェレイにはそれが出来る。一人で二人を動かす完璧なコンビネーション。弱点を弱点のまま晒し、それを補い合う戦法。それでもエルには届かないが、その足を止めさせるには十分だ。


「やっるぅ~♪」


 口笛で称賛を送り、再び女を引き裂いた。アナリズィーレン。その恐るべき観察眼が牙を剥いた。大柄な男の刃を小刻みに弾いて懐に潜り込む。エルの槍が縮み、短槍の間合いで刺突を。男の手刀が槍先をブレさせ、蹴りがエルを下げさせる。振り下ろされた刃に金髪が数本持っていかれ、エルが分裂させた短槍を投げる。男は下がりながら一本一本撃墜させ、入れ替わるようにサーベルの女が前に出る。


「おいおい、さっきまでは実力を隠していたって? 本気も本気じゃないか!」


 エルは未だ擦り傷一つ負っていないが、このままではじり貧である。同じような展開で負けるなど、彼女の矜持に反する。楽しそうに、本当に楽しそうにエルは笑った。戦争を、楽しんでいた。

 足を踏み鳴らす。シュツルムウントドランク。兵の数は千。それでも、騎馬に乗った騎士兵らは、まさに一騎当千の兵士たち。そして、数を減らしたことで戦場も見渡せるようになった。


「そろそろこっちも本気でいくか…………潰すよ、軍神」







「動きが変わったね。様子見は終わりか」


 飛んでくる弓矢が空中で燃え尽きる。ランスチャージ。騎馬兵の縦横無尽な突撃に、フェレイの炎壁が破られる。フェレイが身を低くして走る。馬を奪っても従ってくれる保証はない。騎馬兵の首が数十乱れ飛ぶのを視認する。それでも足りない。蹂躙力がさっきとは桁違いだ。


「はッ――――出ろ!!」


 火柱が上がった。攻撃のためではない。そして、フェレイの力でもなかった。ただただ見晴らしの良い上空に上がるため。フェレイが両手を上に広げた。屍神の庇護下に男が入る。で眼鏡を押し上げる男は、袖から暗器を引き抜く。特殊繊維のワイヤーを振り、ククリナイフを数本飛ばす。騎馬兵の何体かが沈黙した。


「周囲二十メートルの敵兵沈黙。庇護下に入る余地なし」

「よし。あの利かん坊二人は自力でなんとかするでしょ。ぶっぱなせ!!」

「ふん! 我に命令とは流石であるぞ!」


 派手に撃ち上がった少年がをはためかせる。両手両足を大きく広げると、巨大な火球が渦巻き始める。


「サラマンドル・ノヴァ!!」


 咆哮。沸き立つ熱波が吐き出される。騎馬兵が次々と炎上していく。そして、それに追随するように巨大な火球が四つ、降り注ぐ。戦場に轟音が響いた。爆炎と爆炎が混ざり合って、戦場を隈無く焼き焦がす。唯一安全圏があるとすれば、それは火のタリスマンを操るフェレイの庇護下にあるエリアのみ。


「フラウシュトラウト!!」


 爆炎を切り裂くように、斬撃が一閃される。フェレイも、眼鏡の男も息を飲んだ。大技直後の隙、確かに狙い目だろう。しかし、それをここまで的確にこなすとは。少年の肉体は両断され。動けぬままに細切れにされる。ここまでされれば屍兵の再生は不可能だ。それは、駒を一つ失ったことに他ならない。少数精鋭では、大きな痛手である。


「我々の敵を討て!!」


 大技直後の隙。サーベルを構えたの女が再び突貫する。


「お前の動きはとっくに読めたって……どの辺が理不尽なの?」


 大男の復帰を待たない突貫は無謀だった。今度こそ邪魔が入らずに、エルがミスリル製のサーベルを粉砕した。ゲナウストライク。細切れに粉砕された死体は、その強靭な再生力を以てしても復活しなかった。


「…………楽しそうだね」

「うん、楽しい! こんな楽しい戦争が出来るなんて思わなかった!」


 エルは槍を天高く掲げてくるくる回った。ミストルティンの槍。何者にもなれなかったヤドリギは、こうして戦争の象徴に高々と掲げられている。


「オグンは楽しくないの?」

「気軽に神名を口にしないでくれる?」


 エルが足を踏み鳴らす。ブリッツクリーク、数は千。今度は小銃や機関銃を構えた兵士たち。後ろに戦車まで控えているのは何の冗談か。


「我らは戦争を以て戦争をねじ伏せる。そのための屍神であり、不和を不和でぶち壊すからこその軍神だ」

「へえ、そうなの? なーんかかっこいいね」


 エルはからから笑った。フェレイの前に、二人の男が立ち塞がる。陰鬱な眼鏡の男と、そして。


「不和は罪で、虐げる歴史を僕は許さない。圧倒的な戦火で全てを沈めるために神格に至ったのだ。天罰下す炎獄神、それが軍神オグン」


 


「私が戦争を望んでいるんじゃないの。戦争を望んでいるのは、ここにいるみんなだよ」

。我々は、そういう復讐を宿命づけられている」

「もう――――いいか?」


 大男、エシュが飛び出した。


「兵で我らに相対するならば、覚悟を決めてもらう」


 弾幕がフェレイ勢力を襲う。弾丸は空中で灰になるが、何発かはすぐ横を通り抜けた。エルが口角を吊り上げて笑う。


「ふふ。じゃあ――私が勝ったら、甘いものを全部よこせっ!!」

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