『剛腕戦場記者』
死人に口無し、という諺があるらしい。
屍神オグンはその諺をいたく気に入った。
◆
用兵家エルは、ウルクススフォルムの中でも虎の子である。そんな相手を打ち破った化け物。陽炎の中を滑るように追ってくる死体少年に、アルバレスは己の脚力だけで逃げ続けてきた。
(ちっくしょう! どうしてこうなった! 早くこの島を脱出して本部にこの子を逃がさないと!)
全身を這う火傷跡。象がはいても大丈夫で有名なカンパニー製のブーメランパンツ一丁のアルバレスが走る。その汗まみれの肩にじたばた暴れる少女を抱えながら。
二重の意味で通報待ったなしの絵面だ。
(発火が効かない……どういうことだ?)
対するフェレイも、実は攻めあぐねていた。彼がその気になれば、アルバレスの体表から順々に焼き尽くすことも造作もない。呼気に高熱を送り込めば内臓も焼けるだろう。しかし、何度やっても掻き消される。
全身の筋肉がパンプアップを繰り返して消化している。そんな冗談みたいな現実は軍神だろうと、だからこそなのか、至れない。そんな超高度な駆け引きも、傍から見れば地味なものだ。なので。
「ちょっと待って! その抱え方! めちゃくちゃパンツ見えてる!!」
「止まったら殺されるぞ!」
エヴレナ、さらに暴れる。
フェレイは策を変えたのか、加速した。燃え盛る蹴りを直接アルバレスに叩き込む。アルバレスは振り向かいざまに回し蹴り。右足でフェレイの蹴りを弾き、左足でその肉体を蹴り飛ばす。予想外の絶技に少年が瓦礫の山に突っ込んだ。
「――――ぶっ殺す」
瓦礫が炎上して灰になる。熱による上昇気流に身を揺らしながら、爆炎を纏ってフェレイが立っていた。能面のようにのっぺらな表情が不気味だ。アルバレスはもちろん、その一挙手一投足を注視していた。逃走をはもはや無意味だ。一度ここで迎い撃つしかない、と。
爆発。ワンピースの捲り上がれを直していたエヴレナが引っ繰り返った。上げる顔の目前。火を纏う少年が。
「嘘……ッ」
「速過ぎるだろおい!?」
位置的にアルバレスの背後だ。
拳を構える少年の目を、フラッシュが眩ませる。
「っ」
「はッ! 百聞は一見に如かずってな! お前の悪事は、ペンの前には無力ってもんよ!」
視界を封じるのは、なにもフェレイの専売特許ではない。唸る豪腕。筋肉が熱気を跳ね除けて破壊の槍に収束する。数多の記事を書き連ねたその腕には、より一層の筋肉が発達していた。
「けど、当たらないと、ね」
爆発、熱気の膨張。それに押されてフェレイが打撃の範囲から逃れた。さっきの高速機動もタネは同じだ。振り抜いて隙だらけのアルバレスの懐に潜り込む。筋肉の鎧が適用されない喉元へ、必殺の貫手を放つ。
アルバレスが土壇場で足を上げた。しかし、このタイミングで蹴りが間に合うはずがない。フェレイは看過する。だが、アルバレスが跳ね上げたのは――自分のカメラだった。
「――――は?」
フェレイの貫手をカメラが防いだ。
「軍神様も……記者の魂は貫けなかったみたいだな」
にやりと笑うアルバレスに、フェレイが唇を噛んだ。カメラには僅かな傷がついただけ。その有様が余計に感情を揺さぶる。そんな挑発。フェレイが人差し指をアルバレスの左胸に押し付ける。膨大な熱量が筋肉の鎧を溶かし始めた。
(だが大技で隙が出来る。時間もちょっとは稼げるだろうよ!)
竜少女に逃げろと叫ぶつもりが、血混じりの煙しか出なかった。それでも、フェレイの肉体を握り潰すように掴む。
そこへ。
◆
「俺は、生きてるのか…………?」
全身が、焼けるように痛い。立ち上がろうとして、すぐに無理だと悟った。辛うじて顔だけ上げると、趨勢は既に決していた。
「……してやられたね」
大鎌に首をかけられて、両手を上げて跪いているフェレイ。凶刃をつきつけるのは、死神リルヤ。その背後では、間抜け顔でゾン子がぶっ倒れていた。
「まさか瞬殺されているなんて思わなかった……」
「いや、殺してないけどね? 意識奪った方が楽そうだったから」
鎌が外される。不死身であることは割れているはずだ。ここで削り合いをするのも割に合わないと判断されたのだろう。
「その様じゃ、しばらく再起不能でしょ? あとは僕が引き受けるよ」
「すまねえ……」
「ねえ、お姉ちゃんをどうする気?」
フェレイは大人しく座り込んだ。このまま反抗してもゾン子が向こうの手に落ちている以上、状況は好転しない。だから、立ち上がったのはエヴレナだ。
「神竜が気を許すなんてね。仲良く保護してあげるから安心しなよ」
だから、と。
リルヤはゾン子に鎌を向けながらエヴレナに言った。
「そいつらの魂は冒涜だ。だから君ならばやれる。浄化の時間だ。その悪魔は何人も殺しているんだよ」
神竜であれば、不死身の屍神を滅しうる。エヴレナは暫し逡巡した。それでも、やがて大きく息を吸い込んだ。聖なるブレスが、屍神を焼く。
◆
「功を焦ったか。お前らしくもない」
頼れる兄貴分がそこにいた。骨を被った大男は、弟分の少年を助け起こす。フェレイは全身無傷で座り込んでいた。彼は自身の肉体を一回全焼させて、灰になって生き延びたのだ。損傷がひどい分復活に時間がかかったが、そのおかげで彼らの目も欺けた。
「大人しく俺を待てば、島の位置などすぐに特定出来ただろう。しかも、その上でこの大失態か」
フェレイは無言で目を背けた。この無骨な男に褒められたいという下心があったと見透かされるのは、考えうる中での最大の失態なのだ。フェレイは小さく口を開く。
「アイダが奪われた。これでアンタは戦ってくれるだろ、レグパ」
「もしかしてわざとじゃないだろうな、オグン」
骨の下からでも厳しい視線が送られるのが分かる。
「奪ったら奪われる。それが戦争だ。さあて、それじゃあ決着をつけにいくか」
歩き出したエシュの後ろにフェレイが続く。島の位置はエシュが特定した。そのための船も彼が用意した。何もかもを自給自足でこなしてしまう兄貴分に、フェレイは少し表情が曇る。
「当然だ。俺も面白いものを手に入れてな。だから、この足掛かりはお前に任せたぞ。全くの足掛かりなしでは、カンパニーには届かない。ウルクススフォルム、落とすならそこだという戦術眼を俺は信じるさ」
フェレイの含み笑いの意味合いが、少し変わる。緩みそうになる口元を手で隠して、彼は言った。
「それと――――今回の重点目標『リブート』のことだけど………………」
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