『弁論』

 聡い少女は、ただならない空気に気付いた。ちょっとはしゃいでいる場合じゃない。

 フェレイが真上に大きく炎を打ち上げた。


「エヴレナ、僕と行こうか」


 少年に手を伸ばされて、戸惑いを見せる。ちょっとドギマギするが、それどころではないのだ。


「ダメだ。お前は危険すぎる」


 トレンチコートの下から筋肉が盛り上がる。


「危険なのはどっちだい? 貴重な神竜、手に入れてどうするのかな?」

「……そういうお前はどうなんだ」

「んー? 特に考えてないなあ。ただ実験動物にされるのは忍びないとこだから……故郷に帰してあげたり?」


 見えない火花が飛び散る戦々恐々とするエヴレナだが、男二人が自分を取り合う光景に、胸をときめかせる部分もあった。

 間違いなくゾン子の悪影響を受けている。


「この子のこと、あんまり知られると悪い奴等が寄ってくるよね? なのにどうして広めたの?」

「俺は新聞記者だからな。真実を広める義務がある」

「ふぅん……こんな記事も、義務?」


 フェレイは、一枚の新聞記事を広げた。つい最近のものだ。その記事にはデカデカと少女の写真が掲載されていた。しかも。


「え、これ、私…………?」

「いや、待て。それは違う」


 しかも、とっってもあられのないおすがた。

 少女が身に付けていたはずの水着が、ちょうどスライムに食べられている場面だった。スライムの体液の光の屈折率から危うい部分は見えないが、それでも肩に布の切れ端を引っ掛けただけの姿である。顔を赤らめながら涙目で抵抗する少女は、嗜虐的で、扇情的だ。事実、この記事は大変好評ながら増刷されていた。


「ぇ………………」


 エヴレナ、固まる。


「ふんッ」


 アルバレスが左の胸筋を膨らませる。その衝撃でトレンチコートが破け、フェレイが持っている記事が千切れ飛んだ。


「はて……何が言いたい?」

「ううーんとね」


 フェレイは再び同じ記事を広げた。今度は十枚。数の暴力にアルバレスが怯んだ。


「…………いや、フェレイ君もなんでそんなに持ってるの」

「あっはっはっは! 同じ竜種が見たら一体どうなるだろうかねえ! 神聖なる銀龍が卑しい男から性的搾取を受けているなんてさあ! しかもこんな広範囲に広められちゃってさあ!」

「いやあああああ――――!!!! こんなの知られるくらいならキメ顔でパラパラなんてレベルじゃないよお!!? 知った同族もろともキメ顔でドジョウ掬いだよお!!」


 震えるエヴレナを、フェレイは優しく抱き寄せた。そして、アルバレスをキッと睨み付ける。


「こんな可憐な少女をこんな風にするなんて! さあ! 大人しくこっちの要求を飲むんだ!!」

「いや、流されないからな?」


 アルバレス、大人の対応である。

 フェレイは肩を竦めると、エヴレナを自分の背中に隠しながら首を傾げた。


「でも、一体全体どうして秘密なのさ? 疚しいことがなければ全部話せるはずじゃないかな?」

「疚しいもなにも、お前は俺たちの仲間を倒しているじゃねえか。信用しない理由なんてそれで十分だ」


 ぴくっとエヴレナの肩が動いた。


「あれは、正当防衛だよ。それに、彼女はターゲット認定されていた。悪い奴だったんだ……もちろん、君もね」


 フェレイが手配書を取り出す。カミロ・アルバレス。確かにその名前があった。エヴレナが一歩後ずさる。


「カンパニーにとって、な。俺はカンパニーに対するレジスタンスだから当たり前だ。そう、と同じくな」


 11番コロニーで壊滅したレジスタンス。彼らはウルクススフォルムと繋がっていた。エヴレナは自分を守ってくれていた人たちを思い出す。


「僕らだって同じさ。カンパニーの悪逆非道を誅する者だよ」

「どの口で言う。この島の大量殺戮はお前の仕業だろう? 手駒となる死体を確保するためのな!」

「だからそんな言いがか「見るか? 監視カメラの映像だ」


 板状の端末が投げられる。コントロールは完璧だった。綺麗な放物線でオグンの頭上を飛び越え、エヴレナの手の中にすっぽりと収まる。


「………………………………………………」

「決まりだな」


 エヴレナがとたとたアルバレスに走り寄る。


「カメラ、壊したはずなんだけどな」

(そりゃそうだろーが、記録媒体までは気が回ってないだろう。所詮、土着のかっぺ神様ってもんだ)


 何よりエヴレナの信用を損ねるわけにはいかなかった。だから、そのための材料を本部の都会派エルフに準備させていた。やっぱり機械に疎かった彼女のせいで、ここまで時間がかかってしまったのだが。しかし、ここからは逆転の時間だ。


「時間稼ぎ、完了ってとこだ」


 彼の横に降り立つ一つの影。白兵戦においてはウルクススフォルム最強の実力を持つ銀髪のおかっぱ少年。鎌を携える死神がこちらを見る。


(強い――――逃げられるな、これ)


 正直、予想よりもだいぶヤバいのが出てきた。負ける気こそないが、タイマンでも相当の時間を要するだろう。


「おうおう待たせたな!」

「……こういう時に限って時間通りか」


 ゾン子、推参。

 これで数の上では二対二。しかし、フェレイは既に撤退を考えていた。別ルートでの攻め手も用意してある。派手に目眩ましの爆炎を上げようとした、その時。


「おいドラ子! !!」

「だからドラ子はやめ、え…………?」


 エヴレナが何かを言う前に、アルバレスがその身を拐った。予想外の状況にフェレイの動きも止まる。


「オグン、追え!! もう一人は私に任せな!!」


 ゾン子が持つ、その身に不釣り合いな禍々しい杖。乱雑に運んだせいで、外枠が壊れたのだ。


「えっ、その杖って!?」


 おかっぱ少年リルヤが驚きの声を上げる。フェレイは凄まじい加速でその横を潜り抜けた。追おうとするその足を、水の鞭が掴んだ。


「よお、僕ぅ? お姉ちゃんと遊びましょーね?」


 ゾン子が禍々しい杖『色褪せた夜の女神』を前に構える。三体の水の竜が死体少女を取り囲んだ。



「さあて――――ぶっ飛ばすぜ!!」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る