vsガーデン・アイリス
「ハンターよ! 正々堂々と勝負しろ!」
(海のど真ん中で何言ってんだコイツ)
傭兵、困惑である。
「はい、これ私の手配書」
「ん、ああ。ああ……?」
受け取ってしまった。だからどうという訳でもないが、この様子を見ていると大人しく見逃してくれる様子ではない。
「加勢する?」
ひよりんが肩に顎を乗せながら言った。エンジンを切った小型船舶の上。隠密機動用にカスタムした特注品だった。そんなものを一晩で仕上げるカンパニーの職人は見上げたものだが、法外な割増料金もまた見上げたものだった。
こういう時は経験上大人しく支払っておくものだ。手抜き工事をされては適わない。
「文無しに銭が寄ってきたか……受けて立とう。ひよりんは運転に専念しろ」
「らじゃ」
この少女、何故か小型船舶の運転免許を所持していた。簡単に取れるよ、と言っていたが、問題はそこではない。
「決闘の場所だか「いざ往かん!」
ザバアン、と。
水面を割って顔を出したのは、巨大なシャチだ。この女は彼女を足場に海面に立っていたのだ。
その巨体が、そのまま突っ込んでくる。
「エシュ兄ぃ、舵取るよ!」
(こいつ、話が通じないタイプか――――!)
◆
手配書によれば、彼女の名前は『ガーデン・アイリス』。ややくせ毛の水色の髪の毛に、猫のような金色の獰猛な瞳。そして、頭頂部にぴょこんと生えている猫の耳。その外見に、エシュは覚えがあった。
ミハエル・ネイ。
押し寄せる理不尽。
かつての社長戦争の記録を読み漁って、その名前は知っている。異様なまでの攻撃的戦闘と執着。彼も顔を合わせた恐るべき実力者にねじ伏せられたらしいが、その脅威はあちらこちらから聞き及んでいる。
「お前、『副業傭兵エシュ』だろ? 社長戦争では戦えなくて残念だったよ」
「そういうお前は押し寄せる理不尽か。噂は聞いている」
初撃は防いだ。エシュが右手に握るのは三メートルに及ぶランスだ。小型船の底部に収納していたものだ。馬上で使う兵器を、彼は単身で使いこなす。
シャチの突進を受けるのではなく、跳ね上げる。不安定な足場で力比べは臨めまい。沈没せずに安定感を得る絶妙な力加減がエシュの実力を示していた。
だが、それが勝敗まで決するとは限らない。
「我々の敵が未だ生きている! それ私に対する、表現も無い、なんという侮辱ッ! 貴様らはただちに死ね! 貴様らが生きている事が我々を侮辱している!」
跳ね上げたシャチからガーデン・アイリスが降ってくる。刃がミスリル銀でできている騎兵用サーベル。ランスの持ち手で真っ正面から受け止め、瞬足の蹴りが小柄な身体を打ち抜いた。アイリスはその足をがっちりとホールドする。
「……二、三本骨は折ったと思うが」
「だったらどうだというのだ! 進むという気概があればなあ! 両足がもげようが前に進めるんだよお! ってか足めっさ堅ッ!?」
鍔迫り合いから足を蹴ってアイリスが飛び上がる。エシュの足を折るのは諦めたようだ。空中でシャチと合流する。そして、その巨体のままボディプレス。
「敵をみーんなぶっころせー♪ 畑の肥やしになっちまえー♪」
(海の藻屑の間違いでは……?)
ダン、と足を強く踏み締める。掴まれた足は痛めていないようだ。エンジンフルブーストで急発進する小型船からエシュが飛び上がる。
「おお?」
「この船は必要なものだ」
いくら剛力無双でも、体長七メートルを越えるシャチを空中で抱え込めるわけはない。そのまま突進の勢いで海中に突っ込む。しかし、シャチからは離れない。
「ぼぼぼ?」
水中で猫耳女が顔を輝かせた。強引にシャチを伝ってエシュが迫る。海中でのインファイト。水中ではサーベルの動きも鈍い。エシュもランスを船に置いてきた。シャチは背中に張り付く二人に手出しは出来ない。
両者シャチにしがみ付きながら右手のみの殴り合い。傭兵は海水をものともせずに拳を繰り出す。圧倒的に手数が違った。慌てて浮上しようとするシャチ。しかし、海面を破るまでに完膚なきまで叩き潰す。そのはずだった。
「ぶっっはあ!!」
(こいつなんてタフさだ)
あふれ出る脳内物質が肉体に作用している。猛烈な勢いで回復している彼女を削り切ることが出来なかった。シャチなのにドルフィンジャンプ。高く跳ね上がった相棒からさらにガーデン・アイリスが飛び上がる。
「道は私の後ろに出来る! さあ打ち鳴らせ!!」
落下の勢いに任せて打ち下ろされるサーベル。エシュはシャチを投げて攻撃範囲から逃がすと、ガードを固めて右足を伸ばした。カウンター狙い。
「タイダルウェイブ!!」
落下の衝撃で津波が巻き起こる。しかし、身体をくの字に折ったのはガーデン・アイリス。今度こそ内蔵にまともに入れられて肉体が硬直する。まともに酸素を含む間もなく海中へ。傭兵に捕まったまま。息止め対決では勝負にならない。回復力を封殺されるように殴打が浴びせられ、反撃すらままならない。
シャチが主を救出するために突貫する。
――――命運、尽きたな。
水中なのにそんな言葉が聞こえた気がした。シャチの進行方向に突き出されるガーデン・アイリス。もちろん、シャチは急には止まれなかった。
◆
「……どういうこと?」
苛立ちを隠さずにひよりんが操舵レバーを蹴り飛ばす。頑丈な設計にしていたのは怒りっぽいひよりん対策でもあり、今のところはうまくいっているようだった。
エシュは、ぐったりとした猫耳を船に放り投げる。ひよりんの目線はそれよりした。きゅーきゅーと甘い声で鳴くメスシャチである。
「この子まで殺す必要はなかった。それだけのことだ」
船に飛び移り、シャチの頭をぽんぽん叩くエシュ。シャチはその手に頭をこすりつけて海に潜っていった。
「そーいうことじゃないのっ」
首を傾げながらエシュ腰を下ろした。足で発進しろと促す。ひよりんはぶすぅと唇を尖らせながら従った。
「……で、どうだ?」
「しっかり見てたよ。けど、あんまり役に立たないかなあ……」
「そうか」
言いながらエシュは器用に横になる。
「…………本当にあの島でいいの?」
「不自然なことをすると、不自然な痕跡が残る。地脈の乱れは大なり小なりだが……あの島だけは乱れ方に特徴がある。まず決め打っていいだろう」
エシュが指差す先。前方に見える島には何もなかった。大火災があったか、はたまた爆撃を受けたのか。
島全体が黒焦げで、木々の焼け跡しか見えていなかった。
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