『マリオ・アルゴル』
「ほう、それは興味深い」
ただでさえ珍しい竜種の、それも神竜ときた。それもまだ幼いとくれば稀少この上ない。さぞかし高く売れるはずだ。そして、それだけではない。
(奴らに対する切り札になるな)
憎き面々を思い返す。彼らに復讐を遂げるために、着々と準備を続けてきた。それでも、正直今の兵装ではまだ心もとない。彼がアッシュワールドに潜り込む理由は、追加戦力を確保するためでもあった。
(ゲルニカの奴に点数を捧げるのは不満だが……致し方ない。奴らへの復讐が終わればいくらでも巻き返せる)
「……もう一つ」
マリオ・アルゴルは黙って先を促した。股間の上にワカメを乗せるだけの愉快な格好の男は、左右の目の焦点が合わないまま報告を続けた。
「アルゴル兵士団の何体から、連絡が途絶えております」
◆
(ウルクススフォルム……よりにもよって情報源はそこか)
ざわめく海面が、精霊たちの声が彼には聞こえる。ある程度接近してしまえば、それなりの意思疏通は出来てしまうものだ。
彼ら、屍神は。
(アイダ……どうやら騒乱の中心にいるみたいだね。相変わらず動きが読めない。だから嫌いなんだよ)
海中から勢いよくノコギリサメが飛び出す。その眼球は焼き爛れて、内蔵は燃え上がっていた。明らかに死体で、もし動くのであれば、それは屍兵化しているということ。フェレイは怪力でサメを持ち上げると、勢いよくぶん投げた。
「さあ、僕だよ。かかってくるといい」
体内に爆薬をしこたま詰められたサメは派手に爆発、炎上した。島民への被害は甚大だ。しかし、この島は既にアルゴル種に乗っ取られつつある。中枢の人間は全て掌握され、観光客はえげつない生体兵器への材料にされている。とでもしておく。
実際、アルゴル種の魔の手が入っていることは確かである。しかし、それがどれだけの規模であるかはフェレイは気にしていなかった。彼は屍神、所詮悪党だった。
「そこか」
吹き矢がフェレイから三十センチの位置で蒸発する。攻撃方向と威力から居場所は割り出せる。間髪入れずに小さな暗殺用自動人形が炎上した。炭素含量を徹底的に廃した配分での燃焼。見えない炎の壁がぐるりとフェレイを取り囲んでいた。
「これ、結構大変なんだ。維持しながら移動するのはもっと大変」
一歩一歩。牛歩のようにゆっくり進む。
吹き矢が炎上した。
鋼鉄の針が炎上した。
リボン状の鋼鉄が炎上した。
落下物や爆弾が尽く炎上した。
向かってくる全てを飲み込む業火の渦。
「聞いているよ、アルゴル」
フェレイを阻むように、ゴリゴリマッチョな野郎共が出てきた。ロケットランチャーに、機関銃に、対戦者ミサイル。そんな高火力兵器で固めている。火の壁では防ぎきれない。そう判断したフェレイが右手を振るう。
「僕たち屍神に――――障ったんだって?」
その手に黒ずんだ枝を握る。
◆
「にゃろめ! 今度は逃がさねえぞ、アルゴルッ!」
「あの、私、早く着替えたい……」
いきり立つゾン子をエヴレナが追う。ぶかぶかな男物の上着をあちこち押さえながら羽織るだけだ。その後ろで悲痛に落ち込むブーメランパンツのアルバレス。あれから銀竜少女は、上着を貸してやっても一言も口を聞いてくれなかった。少女は足を止めて顔を上げる。
「あ、上!」
「サメさんだあ!」
ゾン子が顔を明るくする。好きなのだろうか。
だが、即座に顔色変えて消火栓を両断した。噴水のように水が噴き出す。そう、水。ゾン子が両手の指を蠢かせると、噴水が吸い込まれるように頭上に。巨大な水のシェルターが爆発炎上を防いだ。
「あっっぶな! 滅茶苦茶すんなオグンの奴…………ッ!」
(オグン……?)
アルバレスの肩がぴくりと跳ねたが、最後尾の彼の様子なんて誰も見ていない。エヴレナに至っては努めて視界に入れないようにしているくらいだ。
「……お姉ちゃん、やけに人少なくない?」
「うん。だから道分かんない」
「この期に及んで人に道を聞く気なの!?」
果たして、そんな時に都合良く人が現れた。
男だ。エヴレナは慌ててゾン子の後ろに隠れる。ワンピースの袖を強く引き、何かを訴える。
「えくす、きゅーずみー!!」
((なんで英語……?))
男は、歳でいえば四十代くらいだろう。茶色のスーツにくたびれたネクタイ、なのに革靴だけはぴかぴかに磨かれていた。どこか陰鬱な顔をより一層陰鬱に見せる眼鏡をずり上げる。
その格好でピシッとした陸上フォームで走ってきたのだから、この地獄を生き抜く実力はあるのだろう。そんな異様だった。
「……あいむそーりー、あいかんとえんぐりっしゅ」
「ぷりーずぷりーずへるぷみー」
棒読みの英語で謎の会話を繰り広げる。面倒臭そうに離れていく陰鬱な男に、ゾン子が必死に食らいつく。
「へるぷへるぷふぁっくみー!」
「おい今なんて言った」
男が流石に突っ込んだ。にたあ、と笑うゾン子が右手を上げて。
「
ば あ ん
」
とっさに身体を傾かせた男の危機感は、大したものだったと賞賛されるべきだろう。即死トラップを右腕一本の犠牲で回避したのだ。
刃。水の刃だった。肩の辺りから切り離された腕がズタズタに引き裂かれる。袖に隠し持っていたナイフがバラバラに散らばる。
空中でぴたりと止まった。
(標的は銀髪ポニーテールの少女だったはず……いや待て、同行者かッ!?)
青いワンピース。死相浮き出る不気味な女がにたりと嗤う。殺到するナイフは水の竜が残らず喰い尽くした。その後ろでは謎の痴竜が隠れていたが、神秘の神竜があんな格好をしているわけがないので除外する。きっとどこかの哀れな乞食だろう。
「よお」
あちこちで建物が倒壊している。瓦礫の礫を念力で浮かして投擲。しかし、水の竜が残らず蹴散らした。上水道を突き破って上がる水柱に囲まれる。
「よお!」
アルゴル種が有する念力でも水の支配圏を獲得できない。視界を遮られ、行動範囲も限られる。そこへ、水の槍が複数飛び出した。
「よおおおおおお!! アルゴルぅ――――ッ!!!!」
全身滅多刺しにされながらも、彼は冷静さを欠かなかった。でかすぎる声が居場所を特定させる。念力で近くの自動車を。違う少女の悲鳴とともに、その肉体が潰れたのが確認出来た。
が。
「忘れたとは言わせねえぜえ!!? この俺様をよおおおおおお!!!!」
(誰だよお前)
この耳障りな声は止まらない。そして、ゾン子にはミミズの区別なんてついていなかった。
(チィ、こんなワケわからんバカに付き合ってられんのに!)
敵襲。マリオ・アルゴルが率いる私兵団が何者かに襲われていた。神竜確保の作戦開始直前の出来事。偶然と切り捨てるにはあまりにも悪夢なタイミングだ。
(どこだ。どこから情報が漏れた……? だが、水であれば逃げるのには支障ない)
真っ先に挙がるのはアルマ帝国の面々。そして、カンパニー。前回の社長戦争に関与したアルゴルが軒並みひどい目に遭ったという噂は聞いている。そうならないためにも準備を重ねてきた。これは周到な計画だった。
それを。
水竜が肉体に食らい付く。この肉体はもう放棄するしかない。
「アルゴぉぉぉぉぉぉぉおおル!!!!」
それを、こんな訳の分からない連中に台無しにされるとは。
水の竜を押し潰すように、今度は火柱がマリオ・アルゴルを取り囲んだ。
(襲撃者は、確か、火使い……こいつら、グルか…………?)
高温。灼熱。ダメだ。この、たった一手で。完全に詰んでいる。
「ちっっっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――!!!!」
断末魔は全て焼き尽くされる。ミミズに火のタリスマン。まさに天敵だった。
◆
「よお、結構早かったな」
ゾン子は弟分を片手を上げて出迎えた。
出会い頭、助走をつけて全力でぶん殴られた。
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