バカンス! バカが全裸でやってきた

 7番コロニー、シーマン。

 燦々と降り注ぐ太陽の光。ギンギラギンに輝くなんとやら。赤い縁のハート型のグラサン越しにその光を覗く。フリルのついた水色ワンピース型の水着が水色と銀色でお揃いだ。ゾン子はサメさんの浮き輪を小脇に抱えて、隣の相棒に声をかける。


「おう、ドラ子。遊びに来たんじゃねえって分かってるな?」

「ふっふっふ、浮かれてなんてないよ。あと、ドラ子はやめて」

「はっはっはー! 浮いちゃったら水死体だぜ! ドザエモンだぜ、ドラ子!」

「もう、お姉ちゃんったら! でもドラ子はやめて」


 一方のエヴレナはお揃いの水着の上に撥水パーカーを羽織っていた。腰ぐらいまでの丈、背中の羽と頭の角はこれで隠れるだろう。ゴシック風味の小さな日傘はオシャレさんである。


「おうドラ子、ナンパされたらお姉ちゃんを呼べよな。イケメンだったらなおさらな!」

「やだあー! 私どうされちゃうのー? でもドラ子はやめてね」

(こいつら笑えるくらいに色気ないな……)


 ブーメランパンツのマッチョ記者はげんなりとその様子を見ていた。ちんちくりんとちんちくりんが並んで何かやっている。あれでは男は寄り付かないだろう。というかアルバレス自身がさっきからやたら野郎に声をかけられまくっている。


「おうアルちゃん! 待たせたな!」「なっ!」

「お前ら買い物と着替えに何時間かける気だ……?」

「うるせえ女の子には色々あんだよ、女の子にはな!」「なっ!」


 サイコデリックな色合いのトロピカルジュースを、六芒星の形のストローで吸い上げる。えずきながら二人は顔を引きつらせた。不味いらしい。


「その間、あっちの島でゴジラが現れたり大変だったぞ」

「え、ゴジラ!? ウソー!! 見たかったあ!!」


 なんで呼んでくれなかったの、とエヴレナがぷうと頬を膨らませる。はしゃいでいるのか、どこかキャラがぶれている。そしてやたら食いつくのはやはり親近感があるからか。


「あたしはゴリラ派だけどな~! アッシュワールドにはあの『ゴリラハンター』の拠点もあるんだろ? カンパニーのそこだけは褒めてつかわす」

「え、ゴリハン好きなの?」


 厳ついグラサンを外しながらアルバレスが素に戻る。空前のゴリラブームはもちろん新聞記者である彼ならば熟知している。しかも筋肉だ。彼は第二会員筋肉証をマッスルしていた。


「なんでも、渾名付きの奴がハンターとして来ているんだとさ!」

「え、マジで!? それ多分『猩々殺しゴリラキラー』だろ! カンパニー関係で何度か見かけてんだよ! 顔はちゃんと見てないけど、さぞかしイケメンなんだろうなー!」


 ゾン子、うっとり。


「へーんだ。ゴリラよりゴジラがいいに決まってんじゃん」


 エヴレナ、拗ねる。ゴリラとゴジラの人気争いはあのキノコタケノコ戦争の代理戦争とまで囁かれているほどだ。毛深いもの同士、根深い因縁である。


「その人だって多分なよなよだよ。ハリボテ筋肉だよ。童女つれてはーれむーってやってるに決まってる! 誇り高き竜種族はそんなのに尻尾をぱたぱた振ったりしませーん」

「なによう! モテるのは魅力的だからじゃんか! 幼女連れてる奴は大体いいやつって相場が決まってんだよ! どうせメスドラゴンも尻尾ぱたぱたで求愛してるんだって!」

「しーまーせーんー! そんなのいたらキメ顔でパラパラ踊ってあげるよーだ! 頭の中まで腐ってんじゃないのー?」

「あん? 死体舐めてんのか!?」


 ついに普通に喧嘩になる。二人は裁定者を求めてアルバレスを見た。

 しかし、である。

 あのそそりたつ筋肉の男はどこにもいなかった。ただ、そこにはぷるぷると震える水の固まりだけが。二人の少女は怪訝に覗き込む。小さな目と口がぷるぷる。揺れながらこちらを見上げてくる。


「「あ、かわいいー」」







 新聞記者アルバレスにモテ期が来た。

 ここに来てそれを薄々感じていた。濡れた声をかけられること数十。ついには強引に連れ去られて岩場の陰に引きずり込まれてしまった。


「いいカメラ持ってるね。僕のファインダーも立派だろう? お互い後ろの被写体をマッスル(意味深)し合おうぜ?」


 にっこり笑う全裸の男をマッスル(非意味深)し、元の場所に駆け戻る。全身冷や汗だらだらである。謎に貞操の危機に遭ったのもあるが、あの二人は何気に重要人物である。何かあればに何を言われるのか分かったもんじゃない。


「おい、大丈――――」


 大丈夫じゃなかった。


「あれ、スライムか?」


 水色のゲル状の生物。それらが群れて少女二人に引っ付いていた。問題はその先。べちゃべちゃにまみれた二人が妙に艶っぽく悶えていた。しかし。


「なんだ、ただのスライムか」


 アルバレス、余裕である。着衣ブーメランパンツの乱れを淡々と直すくらい余裕である。ポジショニングも入念に直す。筋肉は常に妥協しないのだ。ドラ子の悲鳴がバックグラウンドミュージックだ。


「いや、それくらいどうにでもなるだろうに」


 呆れ顔のアルバレスのケツに鉄砲水が直撃する。飛び散った滴でスライムが増殖した。ああ、とアルバレスが納得する。


「それしか出来ないんだっけ」

「まるで能無しみたいに言わないでくれるぅ!!?」

(まるで、ではないだろうに)


 そうこうしている内に状況は悪化の一途だ。よっぽどいい素材を使っているのか、二人の着衣に物凄い勢いで食らいついていく。どれだけ金をつぎ込んだのか。そんな懸念も束の間、布面積が徐々に減っていく。

 ビーチの男たちの目が一瞬集まるが、すぐに興味を失って気にしなくなる。というかビーチには野郎しかいなかった。アルバレスもさっき気付いたが、ここはそういうビーチなのだ。


「見ぃてぇなぁいでぇ!!」


 真っ赤な顔で涙目の少女に、アルバレスは現実に戻される。所詮水芸一発屋のゾン子と違い、アルバレスには筋肉がある。物理は効果が薄いかもしてないが、彼ほどの筋肉オーラがあればスライムごとき秒殺だ。

 しかし。


「それで本当にいいのか――――?」


 背後に立つ謎の老紳士。その声はまるで心臓をわし掴みするような冷ややかさだった。その声ではっとなったのはエヴレナだ。ちなみにゾン子は懲りずに水流ぶっぱなしてスライムを増やしていた。


「聞いちゃダメ!」

「君は――新聞記者なのだろう?」

「そうか、俺は…………」


 筋肉が弛緩していく。怪しい手触りで胸筋を触る老紳士は、アルバレスの耳元で何かを囁く。


「そうだ、俺は新聞記者。俺はありのままを伝えなければいけない。真実をカメラに収めなければいけない。アイツは、絶対に生きているんだ。だから、その真実を」

「なんなのアイツッ!?」


 エヴレナが日傘でスライムを剥がしにかかる。お気に入りだったので死守していたが、状況が状況だ。しかし、ゾン子がさらに増やしたスライムがそれすらも補食する。


「真銀竜、異世界死体……真実の鍵、ウルク……に……スミ、ス……きん、にく…………を」


 真実をファインダーに。虚ろな目でアルバレスはカメラを構える。


「え、ちょっとそれは普通にやめて」


 一周回って冷静に返ったエヴレナが身体を隠す。布面積がさらに減っていき、目をぐるぐるさせながらもパパラッチを死守。肩に布を引っ掛けるだけの、ほとんどはだかんぼ。冴え渡るフラッシュと、連発される十六連写。

 今宵の記事はさぞかしサービス精神旺盛なものになるに違いない。老紳士がにやりと笑った。


「や! め! て! よおおおおおお――――――!!!!」


 ついにエヴレナが吠えた。神竜と称されるその本当の姿が顕現する。五メートルの巨体。太い尻尾。そして、その背から伸びる六枚の白羽。神々しい銀色の鱗にスライムがなにか出来る筈もない。逃げ出そうとするスライムと老紳士。

 聖なるブレスが放たれた。

 白い霧が、スライムどもを溶かし尽くす。視界の端でびくびく痙攣しているゾン子は気にしない。ブレスに触れるとアルバレスは糸が切れた操り人形のように倒れた。銀竜は老紳士をキッと睨む。


「あなた、なに?」

「ほう、これがあの」


 老紳士は不敵な笑みを浮かべる。何かある。そう警戒を続ける銀竜に老紳士は右手を伸ばした。

 その直後、水刃が綺麗に首をはねていた。


「え」

「逃がすな!」


 素っ裸のゾン子が高波を起こす。老紳士の首の断面から湧き出したミミズの群れが銀竜に飛び付く。間一髪。圧倒的な水圧がミミズの群れをさらっていった。


「ちくしょう逃がした! けど、やっぱりいやがったかアルゴルぅ!!」


 それだけではない。

 ビーチは大惨事だった。







「…………やべえ!」


 起き上がったアルバレスは、その頭を蹴り飛ばされて再び倒れた。


「目、開けんなだとさー」

「えっち。すけべ。変態。筋肉ダルマ」

「な、なんのことだ……?」


 訳が分からずそっちを見ると、いつもの水色ワンピースのゾン子がにまにま笑っていた。その後ろにはやたら肌色成分の多い竜少女が隠れていた。


「うわあああ見るなっつたろ!?」


 実はゾン子、兄貴分と揃って文無しである。考え無しの散財でこれまでの報酬を全部使ってしまったのだ。悲しいかな。いたいけな少女に買ってあげる服はないのだ。


「というかお姉ちゃんはどうして服着てるの!?」

「俺、これもセットで不死身だから」

「私の服はどこ!?」

「ちょっとお金足りないから売っちゃった。てへぺろ」


 ちなみにケミカルトロピカルジュース(ストロー別売)代である。


「だからさ、アルちゃん。ちょっと依頼見繕ってくんない?」


 ゾン子は親指と人差し指で輪っかを作る。


「――――それと、そろそろ僕たちをどこに連れていくつもりなのか吐いてもらおうか」


 アルバレスがカメラに触れようとする手を、ゾン子は足で弾いた。


「ウルクススフォルムだっけ? どこにあーんの?」

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