屍神、策励。

――――勇敢な少女


――――あきらめない心


――――異世界死体


――――生きる屍



「カンパニーのゲテモノ兵器相手に、随分と名を上げているようだね」


 コロニー間を移動する列車の中で、フェレイは紅茶片手に新聞を読んでいた。野蛮人とは思いない優雅さである。だが、その表情は不自然なほどであり、歯の根がうまく噛み合わないのかガチガチ音を鳴らしていた。

 その記事で、見知ったゾンビがカメラ目線でピースしている。


(名を上げてんじゃねえよ! ほんと何がしたいんだあのボケ女! やっぱり脳味噌腐ってんだろ! なあなあなあ! ほんとフザケンナ隠密行動の意味わかってんのか! 解体して肉体の髄まで燃やし尽くしてやろうかあのアマッ!!)


 新聞と、紅茶もカップごと燃えて灰すら残らなかった。他の乗車客も一緒に灰になる。カンパニーでは平常運転らしいので誰も気にしないだろう。


「ん……? なにあれ、僕が焼いたやつじゃないね…………?」


 窓から見える違和感に冷静になった。方角からして1番コロニーか。妙な灰がコロニー外に散らばっていく。フェレイは目を細めた。あれはただの灰ではなかった。強い怨念を感じる。


「けど、関係ないか」


 このアッシュワールドでは、日々事件の連続らしい。騒がしすぎる反面、ここには関係ないものが多すぎる。こうして人は周囲の大事件に無関心になっていくのだろうと実感したフェレイであった。


(今はとにかくあの馬鹿だ。クソッ、連絡つかないんだった! ああもうどうすればいい!)


 無表情で頭を抱えるフェレイ。何かあったときの緊急事態。そうしたバックアップが今回は用意されている。


(ああ、やだなあ……自力で対処できないって思われるぅ)


 頼れる兄貴分に不甲斐ないザマは見せたくない。そんな屍神の胸中だった。







 ひよりんは怒りに牙を剥いていた。赤い毛並みのカラスが寝っ転がるエシュの頬を楽しそうに啄んでいる。そんなメスカラスに為されるままのエシュは、反対側で暴れるひよりんを右手で押さえつけていた。やがて、その手に力が入っていき、ひよりんが甲高い声で暴れ出す。

 傭兵は、新聞を読んでいた。手懐けたカラスが持ってきてくれたものである。

 ついにマジ泣きし始めたひよりんが、突如解放される。涙目で傭兵の腕に噛みつこうとする彼女が、ぴたりと止まった。完全に無表情のエシュが、震える手で骨を被ろうとしていた。カラスが逃げる。うまく飛び立てなくて一度墜落した。新聞は純粋な握力で視認出来ない有り様と化していた。


「え……なに?」

「………………………………………………………………いや、こっちの話だ」


 エシュは力強く立ち上がった。地面に亀裂が走る。


「…………え、ええ……あぅ…………?」

「………………………………………………………………飯にするか」


 こくこくこくこく、とひよりんは全力で頷いた。







「――なーんか感情豊かになってきてないか、お嬢ちゃん」

「そういうこともあるだろう」


 あれだけ怒りの感情に尖っていた少女は、一晩で色々な顔を見せるようになっていた。山の材料だけで作ったシチューをエシュがかき混ぜる。鍋や食器は防具扱いとして売られていた。諸々色んな差し引きで傭兵は今ほぼ文無しである。


「死体にも感情は根付く。クローン体が感情を外界から補うくらい道理の範疇だ」

「え、なんで死体? まあ、兄ちゃんがそれでいいならいいけどよ」

(何から補っているかは……さておいてやる)


 取り分けたシチューをふーふー冷ますエシュ。うずうず身体を揺らすひよりんに与える。がっつく少女の口元にシチューが跳ね、エシュが指で器用に拭った。


「うまいか?」

「うん」

「材料集めからこんだけやれるとは大したもんだ」


 赤鬼も満足するほど好評だった。がっついてむせるひよりんの手元には、いつの間にか水の入った水筒が置かれていた。


「少しずつ飲め。栄養はバランスよく。肉も入れてるからよく噛んで食べろ」

(さてはお母さんか、こいつ…………?)


 そんな食事光景。ピピピと似つかわしくない電子音が引き裂く。


「……やはり来たか」

「「携帯電話!?」」


 ある意味最大の衝撃に二人がハモった。傭兵、ついに携帯電話ガラケーを使う。カンパニーと関わってから、彼も少しずつ近代化しているのだ。一方、電話の相手は順応性抜群に使いこなしていたが。

 声を拾われないように、エシュは離れて通話ボタンを押す。


「やあ、僕だよ」

「事情は掴んでいる。あの脳足りんだろ?」

「流石。外からでもアンテナばっちりだね」


 既にアッシュワールドにいるなんて今更言えやしまい。エシュは適当に流した。


「解体してきてもいいけど、どうする?」

「やめておけ。それに居場所が分からないから連絡してきたのだろう?」

「あーあ、お見通しか!」

「定時連絡が最初の一回で途切れた」


 平常運転である。


「情報が欲しい」

「了解した。当てがなければ取り敢えず7番コロニーに向かえ。妙にきな臭い。俺もアッシュワールドに乗り込む」

「はっは、申し訳ないね……申し訳ないついでで恐縮だけど」


 傭兵が訝しむ。


「『ウルクススフォルム』と『用兵家エル』の情報も欲しい」

「……余計な因縁買ってないだろうな?」

「……面目ない」

「了解した。お前はお前で動け。うまく合流する」

「……いや、ほんと、面目ない」


 通話が終わった。

 そう考えると便利な道具である。物も使い用、ザガみたいに一緒くたに毛嫌いするのも考え物である。傭兵は慣れない電磁波に鳥肌を立てながら、元の場所へ。


「………………誰?」


 ひよりん、ご機嫌斜めである。


「食べたらすぐに出る。準備しろ」

「ん」


 妙に聞き分けがよくなったひよりんは鬼っ娘スタイルである。ラ〇ちゃんだ。衣服を台無しにしてしまったところ、あの赤鬼が用意してくれたものだ。丈夫さはエシュも舌を巻いたのだが、どうしてこのサイズの女性ものをすぐ用意出来たのか。


「悪いな、兄ちゃん。俺たちはここから出るなって首魁に言われているもんでよ」

「ついて来られても困る」

「……はっきり言うない」


 そうして、鬼と傭兵は拳を合わせた。準備が出来たひよりんがエシュを引っ張る。

 出発だ。







 レグパもオグンも、科学技術にてんで疎いのは致し方ないことだった。異世界アッシュワールドで、それもコロニーを隔てた空間で、どうして通話が繋がったのか。その異常に思い至ることはなかった。

 電波が届くのであれば、そこに人為が至っている。

 であれば当然、通信内容や居場所もどこかの誰かに傍受されていておかしくない。


 全く不可解なことに。

 あれだけ誌面を騒がせていたゾン子こそが、その行動をうまく眩ませていたことになる。

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