vs鬼神

 最初の一撃で右手の鬼棍棒が砕け散った。叩きつけられたら巨大な筒は健在。実はライフルですとか言われてもエシュは信じないだろう。


「無事か」

「……………………」


 なんか妙にぐっしょり濡れながら赤い顔で震えている。あんまり無事ではなさそうだ。毛皮の外套を雑に被せながら片手を振る。


「俺が相手取る。大人しく見ていろ」


 少しは抵抗したらしい。周囲にはそれなりの破壊の爪痕が残されていた。しかもなんだか肌色多めの格好だった。


「ほらお嬢ちゃん! 鬼さんこちら、外套取って?」

「黙って次渡せ!」


 赤鬼を蹴り飛ばして刃物を奪う。

 鋭い鋼の煌めき。エシュが手にしたのは日本刀だった。その一閃は達人の域まで研ぎ澄まされたもの。敵の斬撃を斬り裂いた。

 だが。


「それ、は」

「真空刃だ――だが、見事引き裂いたか」


 喋った。

 だが、実は二度目なのでエシュは驚かない。


「某は十二鬼神が一、宮鬼」


 乱れ撃つビーム砲を、逃げ遅れた少女を抱えながら回避する。


「傭兵、エシュだ」


 投げられた銀槍をそのまま機体に叩きつける。古代の特殊金属には傷一つつかなかった。


「…………どうするの?」

「いいから隠して隠れろ」


 外套の端を必死に押さえる少女が、がじがじと傭兵の腕に噛み付く。エシュとしてはほっこり笑う赤鬼を警戒してのことだが、どうやら少女は明後日の方向に解釈したらしい。


「武装を全て破壊する。それで完全な勝算が生まれる」


 そのための物量。エシュの膂力と技量。宮鬼が振るう刀の一振りを打撃で叩き砕いていた。



「肉体は強靭でも武装は凡庸だったな



――――それが決定的な差だ」







 改めて異世界は規格外である。

 エシュはその身を以てその脅威を味わっていた。次々運ばれてくる武装は消費されていく一方。だが、敵方の武装は。


「武器が不死身――ッ!?」


 素っ頓狂なことを言う男に、少女はじとっと睨んだ。睨まれても仕様がない。ハイテクとは無縁の野蛮人である。あれだけ格好つけて決め台詞を放ってこれだ。どうにも締まらない。


(では…………具体的にどうする?)


 実は傭兵、この時点で万策尽きている。自然に通じて仙術を操る彼も、人工的な科学にはてんで疎かった。


「手、貸そうか?」

「やれるだけやってくれ。見極めて、退け。援護する」


 なんだか物凄く侮られているような気がして、少女がブスッと唇を尖らせる。脛を全力で蹴り飛ばされて傭兵が転ける。その上をビーム砲が通過した。


(援護、のつもりだったか……?)


 くわっと犬歯を剥く少女が稲妻のような速度で宮鬼を撹乱する。悪くない手だ、と傭兵は嘆息した。あの巨体では流石に小回りは効かない。あの少女に一撃叩き込むのは骨だろう。鋼鉄だったが。

 一方でエシュは真っ正面から武装を振り上げた。誰が何の目的で作ったのか、宮鬼の巨体を越える竹槍が振り下ろされた。その頭頂部に直撃する。


「効かん」


 防御するまでもない。竹槍は宮鬼に傷一つつけること能わず、ポキリと折れた。エシュはその根本に足を踏み落とす。その骨の下で、彼はにやりと笑っただろう。火花が散った。


「それは導火線だ、間抜け」


 竹槍の中には火薬が詰まっている。槍の指向性は、爆発の指向性。エシュは夥しい火薬の匂いで、その武装の狙いを看破していた。本来であれば槍先を突き立てて使うものだったが、あの頑強さには不可能だろう。

 ポキリと折れたその裂け目。

 そこから上下に爆炎の柱が上がった。


「これは面白いものを考える」


 横っ面への飛び蹴りを右手で受け止める。焦げた外套の裾を慌てて押さえる少女の対応は段々慣れてきた。怒り混じりに飛びかかってくるのは勘弁願いたいが。


「やった?」

「牽制にはなっただろう」


 爆炎が晴れる。全身に焦げ跡を残すが、鬼神の巨体は健在だった。だが、その表面はやや溶けてムラが生じている。


「おい、兄ちゃん。こんなのもあったぜ?」

「はっは、これは面白い。可能性は無限か。有り金全部持っていけ」


 宮鬼の武装は砕け散ったが、やはり新しいものが六腕に握られている。対するエシュも六刀流。その剣に刃はなく、ただただ強靭な撲殺用に特化した凶器。まさに傭兵向け。


「準備はいいか、小さき者よ」

「来い」


 少女が放り捨てられる。抗議に噛みつこうとした足が、止まる。

 獣の唸り声に身体がすくんだ。速い。エシュのその全身に酸素を送り込む呼吸が、獣の咆哮として響いていた。宮鬼の刀を叩いて砕く。砕く。砕いて砕いて、砕く。だが、その武装は不尽。そして、その技量と膂力は機体への攻撃を確実に防いでいた。実力差は歴然。武器の性能だけで食らいついているに過ぎない。

 だが。


「その陽は――――」


 咆哮と轟音と祝詞が。戦場に紅い蒸気が立ち上がる。血と汗が衝撃波に舞い上がっていた。鋼鉄棒が折れればトンカチを振るい、三叉槍が刀を地面に縫い止め、ついには叩きつける鉈が腕の一本をへし折った。

 少女の言葉が空中に溶けていく。

 赤鬼はその光景に魅入っていた。

 やはり、科学の尖兵も、妖怪変化の類いも、退魔の家系も、あの傭兵は門外漢もいいとこだった。赤鬼が少女を放っておくことを提案した理由。その真名解放は、和らげ、削る、絶対的な力すら矮小化させる神秘。


「和らげ」


 力が削れる。

 堅さが削れる。

 大きさが削れる。

 だからこそ、この怒れる少女には鋼鉄の鬼神相手でも勝ち目があった。逆に、どこまでも物理一辺倒の傭兵では決して届かなかった。


「なんだ――これは」

「積み上げたものを風化させる……忌まわしい力この上ない」


 真名解放から数十分、鬼神はついに動きを止めた。エシュも武装を尽かしていたが、全身から血を滴らせても動きは止まらない。既に打撃が通る。宮鬼は抵抗したが、思うように力が入らなかった。あの力が自分に向けられたらと思うと、エシュは心中で怯えていた。一層力が入る。

 その巨大な首を、今は傭兵の手に収まるサイズだったが、彼は握り潰していた。

 そこに勝利の咆哮はなかった。勝った実感が全くない。少女は鬼神に向けていた右手を今度は傭兵に向けていた。彼の左手にも、この戦いではついに使わなかった半身、半月刀の煌めきがあった。


「その魂は、なんだ」


 少女はもう一度問う。


「二度と使うな」


 エシュはもう片方の手で赤鬼を諌めた。少女の背中に向けられていた薙刀が下ろされる。その事実にすら彼女は気付かない。極限の集中力で、ようやく獣と対面している。


「日向、日よ「二度と使うな、と言ったはずだ」


 怒りではなく、怯え。ついにはそれが上回った。その膝ががくりと折れる。戦士はその頭に右手を乗せた。運命のタリスマン。交叉路に立つ男は、その加護を授ける。


「もう一度聞く、お前はなんだ?」







 鬼の山には傷を癒やす秘湯があるらしい。傷に染みまくる熱湯に全身を固くしながら、それでも次第に力を抜いていく。


(ああ、活力が満ちていく…………こんなものもあるのか)


 実は傭兵、初めての温泉である。


「んー」


 そんな男にぴとっとくっつくように少女が。骨を外した傭兵の顔をじっと覗き込み、見上げる。


「……どうした?」

「んー……」

「あー……ひなたひよりんと言ったか」

「んんー」


 くたーと身体を預ける少女は首を縦に振った。傭兵、実は日本の固有名詞に不馴れだったりする。妙なイントネーションが残ってしまった。だが、怒れる少女はほんの少し口を和らげた。何かを思い出したのかもしれない。男はそれに気付かなかったが。


「おい、ひよりん」

「私のこと、話したばかりでしょ?」

「クローン、か。睨んだ通りだ。お前が生まれた場所、案内出来るか?」


 少女はぶすっと目を逸らせた。なにか怒らせてしまったのかもしれない。だが、関係ない。この質問、イエスだろうとノーだろうとどちらでも関係ないのだ。イエスであればそのまま連れていくだけのこと。

 ノーであれば、

 小さく頷く少女は、小刻みに震えていた。屍神レグパは表情を完全に殺して夜空を見上げている。その死んだ顔で何を考えているのか。逃げられないことを本能で理解していた。まるで獰猛な獣に怯えながら、それでもその庇護を求めずにはいられない。そんな追い詰められた小動物のような。


。屍神の量産というアイデア自体は買ってやるぞ、カンパニー)


 運命の交叉路に立つ男。

 誰よりも生にしがみつき、誰よりも臆病でありながら、それでも刺激を求めて止まないトリックスター。そんな強靭さを誇る屍神が、表情を殺して、心中で笑っていた。運命の道を自力で切り拓く運命神。屍神レグパ、生命の神秘を解して仙術を操る獣が、獰猛に禁忌へと手を伸ばす。

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