vs鬼?

 傭兵は頭突きに叩き起こされた。完全な不意打ちにエシュは悶える。彼が反応出来なかったということは、そこに敵意はなかったということ。


「……どうした?」


 反射的に右手で握るノコギリの刃に少女は大縄をこすりつける。荒い息で抵抗するその姿に、左手のクナイが動いた。少女の怪力に相まって、拘束が解けるのはすぐだった。


「待て。逃げる気か」


 武骨な両手が動きを阻む。足踏みしながら両手をぐっと握り締めるその姿は、どこか必死の形相だ。真っ赤な顔を釣り上げ、怒れる少女が阻む手をがじがじ噛む。


「――――ん、あぁ……」


 鈍い反応で少女を通す。逃げられるかもしれないとの考えはないでもないが、彼にしては珍しく投げやりに片付ける。

 まあいいか、だ。

 よろける少女が倒れないように手を貸してやる。そのまま茂みの向こうに連れてやる。大人しく付いて来る少女は、ある程度深みに来るとキッと睨みつけてきた。

 火が出そうな程真っ赤な顔で、目尻には涙が浮かんでいる。


「どうどう。どうどう」


 宥めるようにエシュは後退る。屈強な男が形無しである。


「おう。天下のトリックスターが、ちびっ子には形無しだな」


 元の場所。妙に引っ掻き傷を残す赤さんがにやにや含み笑い。傭兵はドシリと座り込み、小さく深く溜め息を吐いた。


「……逃げられたら追えん。それは素直に謝罪する」

「ははっ、女の子の雪隠を覗けと宣うほど野蛮ではないわい」


 これまで絶対的ですらあった武骨な男が、ぶすりと黙る。その姿がどこか愛らしくすら感じ、赤鬼が肩をバンバン叩く。


「よいわいよいわい。ま、報復に来られたら大人しく受けて立つ。またボコられるも我らの不足よ」


 妙に爽やかな笑みを浮かべる赤鬼に、大男は不信の目を向けた。カンパニーに関わって色々なことを知った。そういう性癖があるのは目に鱗だったのだ。


「……………………そうか。俺の噂は知っていたな」

「お、あれだけ飲んで記憶が飛んでないか。あと、お前さんは気付いていないみたいだが、いくらか物の怪の類も相手していたはずだ」

「思い当たりがないでもない」


 適当に胡坐をかきながら一言。


「日向日和。その名前はこっちじゃ有名だよ」

「『未知数アンノウン』か」

「あー、カンパニーでも滅茶苦茶だったらしいなあ…………こっちの業界でもって意味だ。だがまあ…………」

「「――――あんな若かったっけ?」」


 綺麗に声がハモる。赤鬼がキラキラしたお目目でウインクしてくるが、エシュは斜めに首を傾げるだけだった。傭兵は言う。


「それに、あの未熟ぶりは本物ではないな」


 赤鬼は厳つい顔で頷いた。彼はそれでも一方的にやられていたはずだ。


「……あまりお前さんが情で動くタイプではないと聞いているが」

「目的のためなら止むを得ん」


 轟音、そして機械音。

 二人してここまで頑なにそちらを見ようとしなかった。重量感のある効果音は、社長戦争を戦い抜いた大男の背筋にびっしりと嫌な汗が浮かばせる。一、二の、三。傭兵と赤鬼は息ぴったりに振り返った。


「……度々ここいらに現れるんだが、まあ自然災害みたいなもんだ」

「自然災害。自然、災害…………?」


 エシュ、声が震える。

 無理はない。その先には全長十メートルを超える黒い巨大ロボが飛んでいた。あれを自然災害扱いとは何事だろうか。いや、言わんとしていることは分からなくもないが。やはりカンパニーは価値観が狂っている。


「え、本気で行くの…………?」

「操縦者を倒す。それで動きを止めるはずだ。妹分が教えてくれた」

「あれ、無人機らしいよ?」

「………………………………………………………………」

「いや、こっち見られても…………」


 運の悪いことに、あの破壊の権化は少女のいる方向に進んでいる。ある程度応戦は可能だろうが、恐らく無惨に殺されるのがオチだ。


「助ける理由、あるのか?」

「なんだ、やけに引き留めるな。必要があるなら俺はやる」

?」


 傭兵は頷いた。義理や情だけではない理由。情報を聞き出すため。そして、子守りは不慣れなその男は、猛獣の躾け方には心得があった。


「獣はいつだって弱肉強食だ。より強靭な獣性を見せつければ手懐けられる」


 赤鬼は右手を上げた。隠れていた鬼がぞろぞろと出てきた。この状況には慣れていたのだろう。もしかしたら何度か挑んだりもしたのかもしれない。

 しかし、まるで勝負にならなかった。

 まともな戦いにすらならなかった。

 そういう相手だ。だが、再びやるというのなら彼らは恐れないだろう。実際に戦って、酒を酌み交わし、ならば大体どんな奴なのかはもう分かる。本物の鬼よりも鬼らしく。そんな戦いをしよう。


「ありったけの武器を用意しろ。全部俺に繋げ。金が必要ならあるだけ渡す」

「へえ、いいんかい?」

「勝つためだ。それに金自体は目的でも何でもないからな」


 なんの獣だったか。毛皮の外套を翻して傭兵が駆け出す。その両手にはそれぞれ鈍重な鬼棍棒。散らばる鬼ども。赤鬼はありったけの武装を抱えて傭兵の後を追った。こんな状態ではまともに戦えないが、それでいい。全てはこの獣のような戦士に繋げるため。そんな戦いもあるもんだ。赤鬼は不敵に笑う。

 さあ、依頼開始だ。

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