『戦争』
軍神オグンは強かった。
「ここまでよく食らいついた!」
左手の短剣と右手の火。
五体まで数を減らしたエルは肩で息をしていた。そのツインテールの片方は完全に真っ白に染まっていて、完全に解けてしまっていた。それが彼女の消耗具合を如実に示している。フェレイはそれが何を示しているのか知らなかったが、確実に限界が近いという確信を得ていた。
だから。
用兵家エルをこのまま削り倒す。
「白兵戦――戦争の花形だね」
「あれ、戻しちゃう?」
全身血塗れ、傷だらけのフェレイが肩を竦めた。このまま数で攻めれば確実に勝てるとエルは分かっていた。しかし、分身五体を維持する力すら既に惜しい。これだけ消耗戦に拘ったフェレイの、さらなる罠なのかと勘ぐってしまう。
「このまま数で攻めたら、私負けちゃうでしょ?」
「正解。これは騙しているわけじゃない。自力でこの正解に至ったのは素直に称賛する」
短剣を構えて、真っ直ぐに見つめる。
白兵戦。一対一。エルが薄々感じていたこと。
「ねえ、戦争の神様? タイマンで私を倒せないんでしょ」
フェレイは無表情のままだった。
確かにフェレイは強い。しかし、エルも強かった。だから消耗戦を仕掛けた。それが勝ちへの最善手。筋は通っている。そして、フェレイは正論を投げ返した。
「それ、戦ってみないと分からないでしょ」
「だからやらなかった」
にんまりとフェレイは笑った。ゆらりと重心を崩すのは戦術的狙いがあるわけではない。単に彼もギリギリだった。ダメージ自体は彼の方が遥かに大きい。
「消耗戦は、自分も消耗するんだよ。泥仕合に確信を持つのは、よっぽど自分の戦術に自信があったんだね」
「だからやった」
その言葉を意趣返しだと感じた。だから微妙なニュアンスのブレにエルは気付かなかった。
彼女も、ギリギリだったのだ。
◆
屍神オグンは強かった。
それは、レグパのように戦闘力が高いとはニュアンスが少し違う。彼は戦争の神格を宿している。戦いに勝つことへの強さは、彼が屍神随一だ。屍神完成体オグン、その存在意義は戦争に勝つこと。
彼は確信を持って言い放つだろう。
「戦争は、目的だ。僕は、勝つために戦争をする」
◆
戦争は最終局面。
燃える短剣を右手左手と持ち替えながらフェレイが縦横無尽に動く。間合いを詰められたエルは槍の持ち手で器用に凶刃を捌く。大きく後ずさる。火の鉤爪が空を切った。
「へっへーん……見えてきたかも!」
(タイミングを合わされている。なるほど、打ち崩すのは容易じゃないか)
ミストルティンの槍が分裂する。二槍流。フェレイは火炎を真下に、煙幕だ。豪槍の一突きが煙を晴らす。フェレイは十歩先。真紅に輝く盾を斜めに構える。
「守りに入る気?」
マズい。エルが前に進む。これ以上フェレイに手を与えるつもりはなかった。しかし、踏み出した足下で火炎が立ち上がる。トラップ。大きく跳んで攻撃範囲から逃れる。その目前、フリスビーのように回転する大盾が。
(盾を、投げた――ッ!?)
大槍を二本クロスさせて衝撃に備える。じゃらり、と鎖の音。盾の持ち手に括り付けた鎖を操り、盾の軌道が大きく旋回する。
「がふッ」
モロに背中に打ち付けられてエルが墜落した。盾を掴もうと手を伸ばすが、既に元の枝へと戻っている。
右手の衝撃。フェレイが力強く踏みつけ、傷口が焼けるように痛んだ。否、どけた足の下で実際に燃えていた。
「焼けろ」
「コナクソッ!」
左の槍で右の手首から先を切断する。フェレイが大きく右手を開くと、飛んだエルの右手の断面から火が噴出した。異様なロケットパンチが持ち主の顔面に突き刺さる。
同時、地面から伸びた槍がフェレイの腹部を貫通した。血を吐き、一秒半軍神の動きが止まる。槍が燃え出すが、エルが槍を掴むと、纏う火が弾けて消えた。
「討ち取った!」
「ぬぅぐ!!」
ボッボッ、と。エルの肉体が発火しだす。火の鎖が槍を持つ左手に絡みついた。しかし、彼女は槍を離さない。火は勢いを強め、まさに業火へと。苦痛が魂まで焼き焦がす。それでも。エルは槍を抉るように心臓まで引き裂く。
フェレイが、その怪力でミストルティンの槍をへし折っていた。
しかし、その同時。燃え盛る業火が空気に溶けて消える。
「――――最初からその火力だったら、私を倒せたかもね」
もし、業火を使うことに躊躇のないコロニー外であれば。
折れた槍を掴みながら、少女は大の字に倒れた。全身の火傷跡がずきずきと痛む。呼吸するだけで肺が焼けるようだった。真っ白な頭髪を無造作に散らしながら、憔悴しきった様子で黒い血を吐く。遅れて、その身に槍を突き立てたままフェレイが横倒しになった。
「やっば……やりすぎた………もう、動けにゃい――――……」
そうでなくとも、ここはゾンビどもが闊歩する危険地帯だった。このままゾンビの群れに貪られて死ぬというホラー展開だけは勘弁願いたかった。しかしここは『ホラー&サイコパス』デッドライジング。不死者に貪られるのは回避しようがなかった。
具体的には。
倒れるエルを見下ろす屍神オグンであったが。
「―――――は?」
あれだけの死闘が噓のようにピンピンしていた。折れたエルの槍を持って、何食わぬ顔で立っていた。その光景に、一つ思い当たることがあった。
「まさか…………不死身だったり?」
「うん。だから消耗戦には絶対の確信があった。僕からしてみれば、限りある生命体というだけでそれは立派な弱点さ」
軍神。戦争の神。神で、不死者。符号する名前は。
「屍神――屍神、オグン」
「なぁんで知ってるかなー? やっぱりあの馬鹿のせいか」
もう槍が修復されるだけの力すら残されていなかった。
「君は中々見所があった。死体は有効に使わせてもらうよ。カンパニー関係のトンデモ屍兵は結構使えるって聞いたからね」
エルは血混じりの唾を吐いた。なけなしの抵抗をフェレイは左手で防ぐ。そして、その切っ先を華奢な少女に投げ落とした。
◆
――――俺たちが今まで積み上げてきたもんは全部無駄じゃなかった。
――――これからも俺たちが立ち止まらないかぎり道は続く。
――――俺は止まんねぇからよ、お前らが止まんねぇかぎり、その先に俺はいるぞ!
――――だからよぉ……
◆
「止まるんじゃねぇぞ――――ッ!!」
「「―――――は?」」
今度は綺麗に声がハモった。
その凶刃は男が大きな背中で受け止めていた。褐色の肌、白みががった銀髪で稲妻のような特徴的な前髪をしている。黒を基調としたスーツは、フェレイの凶刃に突き破られていた。
「が――ッ」
振り返りざま、男が銃弾を放つ。その全てがフェレイの身体にぶち込まれる。
「なんだよ、結構当たんじゃねぇか……」
鳴り響く音楽は幻想的で。心を打つような戦慄が殺伐とした戦場を包む。希望の花が咲き誇る。頼れる兄貴分の顔をエルは呆然と見上げていた。
「え、あれ……こんなオチでいいの…………?」
もはや指先一つ動かすことすら億劫な戦争少女が唖然とする。男はカンパニーのコロニーマスターだった。彼は近くでゾンビで襲われている人の盾となるようにワープし、代わりに受けて死んで蘇る、というのを永遠と繰り返されているらしい。
やはり、カンパニーは滅茶苦茶だった。
◆
復活は僅か数十秒にも満たなかった。
フェレイが目を覚ました時、男も戦争屋もいなかった。果たして何が起こったのか。真名も明かし、屍神であることも知られてしまった。
このまま逃がすわけにはいかない。
「なるほど。カンパニーは一筋縄ではいかない、か」
その言葉を、その身を以ってようやく理解した。有象無象のゾンビが少年を取り囲む。屍兵として使役するのも悪くないが、流石にそのままコロニー間の移動を出来ると考えるほど楽観的ではない。
そして何より、軍神は気が立っていた。
「焼け」
コロニーとかもう知ったことではない。周囲一帯焼き尽くした。それで酸素をいくら使ったのか。気にするほど寛容ではなかった。ただ、さっきの戦争が妙にチラついている。
「随分と楽しませてくれたね。
――――用兵家エル、その名前は覚えたよ」
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