『小さな用兵家、エル』

 5番コロニーの一角、廃屋と化したコンクリートの建物に囲まれて戦争が勃発する。


「ふぅん、そうやってゾンビを操ってるんだ?」

「あいにく。ゾンビ騒動と僕の屍兵は無関係だよ。ほんとこの世界は滅茶苦茶さ」


 エルの槍捌きが屍兵の足を飛ばした。心臓を串刺しにしても動き出す不死者の群れに、彼女はさっそく対応していた。脚部を切断し、それを遠くにぶっ飛ばす。肉体がなければ屍兵は再起出来ない。その戦術眼にフェレイは口笛で称賛した。


「よく対応している。消費も最低限か」


 少年の声だけが。別に遠くまで逃げているわけではない。しかし、彼は遮蔽物を利用してなるべく用兵家の視界に入らないようにしている。戦術眼の封じ方、それは観察させないこと。


「弾薬を先に尽かせる作戦? もっと男らしくやっちゃおうよ♪」


 無形の蛇が。ちろつく火が鞭のようにエルを襲う。槍捌きと足捌き。さらには屍兵を盾に焼き、身軽に走るフェレイを追う。


「へえ、僕と撃ち合いたいって?」


 すぐ脇の瓦礫が弾けた。エルは避けずに、突く。中から奇襲を仕掛けるフェレイが出鼻を挫かれた。切っ先を滑るように動かすのは、右手、紅い刃渡りの短剣。槍の間合いより近くに。エルは槍を手放してさらに前に。

 フェレイのナイフ捌きをエルの徒手がことごとく弾く。反撃に間接やツボを狙うが、その手は届かない。と、短剣が火を纏い、鎌に変形する。頬に僅かに傷をつけながらエルが回避。フェレイが右手を下げる。エルの手に槍が戻り、立て直す直前。突き出される左手。顕現する火の牙が、転倒したエルの頭上を抉る。

 フェレイの持つ大槍。


「ほらほらどうした!」


 容赦ない連続突きをエルが転がりながら回避する。逃げた先に屍兵の群れ。立ち上がりを待たずに死体の怪力が少女を襲う。エルが右手で地面を叩くと、まるで剣山のように槍が複数湧き出した。屍兵がずたずたに引き裂かれる。

 槍が一つに、エルの手に戻った直後。

 音速の弓が肉を抉った。完全に心臓を狙う一撃だったが、辛うじて槍の柄で弾く。三本中一本、槍を持つ右手の甲の肉をごっそり削っていた。


「……ふん、随分と狡い手使うね」


 視線を上げる。あの矢の軌道は上から狙い打つ挙動だった。いつのまに登ったのか、ビルの頂上に燃える弓矢を構える少年の姿があった。矢は、単純にショッピングモールから持ってきたものだ。だからこそ逆に反応が遅れた。

 そして、彼は狙ってこの結果を導いていた。

 その姿が再び隠れる。


(ゲリラ戦だとレグパに遅れを取るけど……真にルール無用の戦争なら話は変わってくる。『屍源オロルン』、かの最高神の力は万能無限の選択肢を溢れさせる。理詰めで戦うタイプだからこそ、神の奇跡の前に屈するのだ)


 その手に握るのは、黒ずんだ木の枝である。精霊の力を纏い、あらゆる武具へと変化する奇跡の触媒。


「足掻きなよ、小さな戦士。神に抗え。戦争を存分に味わおうじゃないか!」


 屍神は踊る。

 ここには屍兵の材料が大量に散らばっていた。軍神が用兵家を蹂躙する。







(手が読めないってのはこわいねー……)


 囲まれた。

 大量の屍兵がゆっくりと押し寄せてくる。敵の姿は目視できない。さっきの攻防では観察の余裕がなかった。絶え間ない攻守の切り替え、そして近すぎた間合い。コンマ未満の動きすら高速演算する彼女には、それが全て狙い通りの攻撃だったことを理解していた。彼も間違いなく同じタイプだ。


「こうやって焦らすのも狙いがあるんでしょー?」


 地面を見て呟く。右手は負傷して、絶え間なく血を滴らせている。このまま時間を稼がれたら消耗しきって負ける。長期戦は完全に分が悪い。しかし、攻め手の情報が足りない。短期決戦のビジョンが全く見えない。

 なるほど、軍神か。


「うん――――


 アナリズィーレン。

 そして、ブリッツクリーク。

 動く。その残像がさらに動いた。青白い残像がまるで倍々ゲームのように少女を増やしていく。敵の情報は掴み切れない。それでも、手元にある情報、見抜いた一面から最適の戦術を組み立てる。

 理解を待っては致命的だ。

 ある傭兵ならばそう述べただろう。


「軍神オグン――戦争を始めるよ!!」







 戦局が大きく動いた。

 フェレイは自分の目が信じられなかった。何故あの少女は当たり前のように増えているのだろう。その数は万にも至る。フェレイが支配する屍兵の数を余裕で上回る。権能の行使は、そこまで強靭なものではない。布陣や演出で数を誤魔化し、実際の屍兵の数は五百かそこらだった。

 だから、これで数の有利は完全に失った。


(否、数の誤認自体は成功している。敵方の戦術はまだ穴がある。突ける余地は十二分)


 布陣を整えろ。

 戦術を切り拓け。

 王たる権能が兵士を叱咤する。五百で万を打ち破るためには。それを可能とするのならば、きっとそこには軍神の施す奇跡が満ちている。







(消耗から、この数が限界。敵方は絶対にこちらの様子を観察している。だからこの数は――絶対にビビる)


 弱点をさらけ出せ。動揺しろ。いくら煽っても軍神は乱れなかった。であれば、戦術で揺るがすしかない。


(敵数は重要じゃない。一体一体の実力差から百万までなら対応余裕!)


 一万ものエルが屍兵の包囲を殲滅する。撤退は迅速だった。と思ったら次の屍兵団が押し寄せる。まさに波状攻撃。エルは戦力を一方向に集中して包囲を破る。


(この動かし方、やっぱり数に余裕がある! この包囲を抜けてもまだ包囲されている危険性が高い。なら、このまま突き進んで突破。面と面のぶつかり合いなら負ける余地なし!)


 走るエルたちの速さに、屍兵は追い付けない。動く戦場に辿り着けないのなら、それは数に含まれない戦力だ。エル本体が周囲を警戒する。動きは頭の中の盤面通りだ。スカートのポケット、最後のチョコレートを噛る。

 白く滲むツインテール、それが堪らなく不安を煽る。







(乗ったか)


 最初の包囲網。その外に当然ながら包囲網を作る余裕はない。遮蔽物の多い戦場だからこそ誤魔化せた。彼女らが突破した方角はフェレイのいる方向で、そこには精鋭の屍兵を配備している。彼女は自分の判断で進んできていると考えていたが、これは誘導された結果だ。

 弱点を見抜く戦術眼。

 だからこそフェレイは意図的にを作っていた。


「計算外というか……悪い意味での計算通りは――」


 フェレイは黒い枝を握る。







(誘導された――!?)


 結論に至るのは速かった。

 分身を複数体、隠密行動で偵察に向かわせたのだ。。第一陣の包囲網の外にはほとんど屍兵はおらず、さっきの波状攻撃はこちらに数を誤認させるための罠。しかも、その動きからさっさと支配を手放していると考えるのが妥当だ。


(けど、関係ない。数が思っていた以上に少ないのは嬉しい誤算)


 裏付けがあった。精鋭と思われる屍兵十体はいい動きをしていた。

 しかし、こちらの数は百。消耗を避けてここまで数を減らした。その判断が間に合ったのだ。精鋭たちは秒殺され、ほぼノンストップでのエルは進む。


(あの速度で戦陣の展開が間に合うと思えない。さっきの強ゾンビは側近衆で消耗戦が目的)


 思えば。

 最初からフェレイの狙いは一つだった。消耗戦。削って、削って、削り切って。実はエルに対しては、恐らくほぼ唯一の正解答だった。だからこそ、その手を厚くしたその先に、必ずその姿はある。


「だから――私の最善手は速攻殲滅だよ!」


 天を覆う火の雨がエルたちを襲う。もちろん、分身体込みの十体は余裕で捌ききる。そして、その攻撃の方向から正確な位置を特定する。

 用兵家が初めて引きずり出した、軍神の悪手だった。

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