『ゾンビ・アラカルト・エンゲージ』

 5番コロニー、巨大商業施設跡地『玄武』。


「全く嫌になるよ」


 焼き焦げたハンモックに揺られながらフェレイは舌打ちをする。自業自得だが、あんまり好みの感覚ではなくなってしまった。重心が少しずれてしまったのだ。


「おい、坊主。あんまりのんびり出来る状況じゃないぜ?」

「みたいですねー」


 押し寄せるゾンビ軍団。フェレイは引きつった表情で防衛ラインを見つめる。不死者たちにじわじわ蝕まれていく光景は、しかし絵面ほど絶望的ではない。


「ちょっと加勢しましょっか」

「さっさと頼むってえんだぜ!」


 ハンターの証を見せたらすんなり中に入れてくれた。なんでもこれまでハンターに何度か救われてきたらしい。フェレイは投げ渡された鉄パイプでゾンビどもを殴り飛ばす。無造作に振るわれる攻撃はどれも的確で、朝陽が登る頃には進攻は退けられていた。


「そんなナリでもやっぱりハンターだぜ!」

「はっは、追い払うことくらいしか出来ませんけどねー」


 再びハンモックによじ登る。焼け焦げてギィギィ鳴る音に軽く顔をしかめた。


「ちょっと前まで天使様がいたんだぜ。ちびっ子二人もすごかったんだぜ!」

「うん、ここはほんと自由だよ」

「寄生虫使いの男も活躍してハンター様々だぜ!」

「天使に虫かぁ……少し気になるかも」


 ハゲ頭に黄ばんだランニングシャツ、模分出もぶで犠牲成世ぎせいになるよがにかっと笑う。ここの防衛ラインのリーダーらしい。この防衛ラインはかつて第一防衛ラインと呼ばれていたらしい。一度ゾンビ軍団に突破されたらしいが、突貫工事で復帰を急いでいる最中だ。逞しい野郎共が色々組み上げている。


「……あ、ダメだ」


 言ってからハンモックを飛び降りる。崩れた。ここまで安楽の拠点となっていたハンモックを適当に防衛ラインに投げ飛ばす。ごった煮で積み上がるバリケードの一部になることだろう。


「坊主、どこ行くんだぜ?」

「厨房。干し肉少し貰いますけど構いませんよね?」







 厨房の一角。床にこびりつく謎の血痕を避けてフェレイは乾燥室に入った。こんな粗雑な場所に干してある肉でも、彼は気にしない。端の方にぶら下がっている小さな肉を引っ張ると、雑に口に放り込んだ。


(これ…………人肉じゃん)


 言わない方がいいだろう。無表情のまま厨房を出ると、彼は気晴らしに足を動かす。元ショッピングモールだけあってか、ただ歩き回るだけでも純粋に楽しめた。純粋もなにも、彼はショッピングモール自体初めてなのだが。


「君、あんまり物資を独占しない方がいいよ」

「およ?」


 偶然だった。

 曲がり角の向こうで、甘味コーナーの棚を物色している少女がいた。金髪のツインテール。黒一色のノースリーブの服とスリット入りのスカート。一見すると愛らしい外見の少女だった。


「あれ、バレちゃった」

「まだまだ余裕はあるけど、人たちの生命線だから」

「はぁい!」


 渋々と陳列棚に戻す少女。それを手伝うフェレイ。


「ん……ここの? 君はどこから来たのー?」

「僕はハンターだよ。こんなナリだけどね。ゾンビからここを守るために来たんだ」


 身長は僅かに少女より高い程度。散らかしたお菓子を戻しながら少女は笑った。

 笑って、言った。



?」



 ふわり、と金髪が泳いだ。

 大きく後ろにイナバウアーした少女の、ちょうど頭があった位置。そこを炎の爪が抉り取っていた。金髪が軽く焦げる。嫌そうな顔をした少女が二歩下がって止まる。三歩目の位置が燃え上がった。一瞬で消滅した炎は果たして本物だったのか。背面の熱が答えを示す。


「なーんで、私が余所者だって分かったのかなー?」

「戦争屋。人間の歴史は闘争の渦だ。そこにこぞって飛び込みたがる輩を僕はよぅく知っている。匂いが違うんだよ」


 小さな用兵家は自分の匂いを嗅いだ。そんな少女の真下から火の矢が立ち上がる。ゆらりと風に逆らわずに回避する少女だが、非常ベルの音に顔を上げた。

 真上、スプリンクラーが作動する。

 少女は床を蹴った。不自然に黒い煙が天井から落ちてくる。視界の端でスプリンクラーの周囲の天井が青い炎で燃えていた。フェレイの姿はない。煙幕と奇天烈な攻撃に意識を逸らされた。


「やだー濡れちゃった!」


 きゃぴ、と声を投げるが返答はない。気配もしなかった。本格的に逃げられたか。追う必要もさして感じられなかったので、素直に力を抜いた。

 と。


「見つけたんだぜ!」


 見覚えのある顔だ。確かこの防衛ラインのリーダー、名前は模分出とか言ったか。名前に似合わない特徴的な外見と口調だった。


! !!」


 一瞬、少女が呆けた。振り下ろされた鉄パイプを半歩身体を開いて避ける。その小さな足を掛けると、男は面白いように転んだ。

 ただ、一人だけではない。

 同じく鉄パイプを振り上げる男。

 桑をこちらに向ける男。

 包丁を構える男。

 鉄バットを構える二刀流のメジャーリーガー。

 只者ならない雰囲気を出している通りすがりの一般人であり、実は特殊部隊出身のロシア国籍の関西人である沈黙のコック。


「………………………………」


 囲まれている。表情が抜け落ちた少女に、さらに追い討ちがかかった。


「バリケードが突破された! !!」


 フェレイの声だった。

 彼はわざとバリケードを壊してゾンビたちを招き入れたのだろう。直にここに大量のゾンビが雪崩れ込む。しかし、彼らはあまり気にしている素振りはない。金髪の少女を舐め回すように見つめている。

 男子ホイホイ。魅力が仇となった。


! !」

「……へえ、そういうことする」


 少女の手には、槍が握られていた。







 レディ・ゾンビに膝枕されているフェレイはのんびりその光景を眺めていた。正直、ここから大火力で全てを焼き払ってしまうのが一番楽だが、ここは酸素が貴重なコロニー内。火を支配して攻撃する彼の行動は、必然的に制限されていた。


「これ、生きてるか」


 少し驚いたという顔でフェレイは口を歪めた。

 戦争とは、自分の正義で相手を殴ることだ。殴り合いだ。罪もない人やゾンビがあれだけ襲いかかってくるというのは、常人には中々堪えるところがある。正義が揺らぐ。

 それに、単純にあれだけの物量。たかだか人間一人に突破出来はしまいと括っていたが、やはり異世界というのはどこまでも常識外ならしい。それは、兄貴分から散々聞かされていた。姉貴分も何か言っていた気がするが、始めから聞いていなかった。

 常識の範疇外。だから、ここで待っていたのだ。

 戦争屋にみすみす準備の時間を与える気はない。


「人間というのは本当に愚かしい……何故挑もうとするのか?」


 このまま籠城するというのなら、静かに姿を眩ませるという展開もあっただろう。適当に屍兵を波状攻撃させ、単調な攻撃に慣れてきた頃に高飛びするだけだった。

 それでも、少女は出てきた。

 何か、巨大なものを持ち上げていた。それは肉の、屍肉の塊だった。他にも武器やら攻撃に転用できそうなものやらが押し固められた塊。少女はショッピングモールを出ると、その塊を後ろに投げ捨てる。


「あっはっはっはっは!! なにあれ、バリケードのつもりぃ!? ほんっと愉快なことをするなあ!!」


 フェレイが勢いよく立ち上がった。その首を斜めに倒すと、槍の穂先が耳元を通過する。背後でレディ・ゾンビの頭部が弾け飛んだ。片目を瞑って挑発的に笑うフェレイ。それに応じたか、ほんの数秒で少女は目の前まで辿り着いていた。


「君、中々やるじゃないか。僕に食らいついてくるなんてさ」


 槍は少女の手に戻っていた。見間違いでなければ、凄まじい勢いで投擲していたはずだったが。


「用兵家」


 スカーミッシャー。

 フェレイが両手を動かすより速く。無数の槍雨が少年を滅多刺しにしていた。


「ううんそっちの言に乗ってあげようか……リメンバー・パールハーバー、エルだよ」


 戦争のプロが勝ち誇った笑みを浮かべた。やり方が気に入らない。そして、気に入らないは十分戦争の理由になる。

 だが。

 突き刺さった槍の一つ一つが燃え上がった。揺れる火が血肉を焼き塞ぎ、苦痛に顔を歪めながら少年が両手を広げた。不死身、。純粋な実力であの状態からの死を防いでいた。あの奇襲を生き残った。


「ここで殺すし、名乗っとくか」


 少女、エルは距離を取る。その周囲、蠢く屍兵どもが這い上がる。


「軍神オグン・フェレイ――戦争の神さ」

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