突撃追跡! 疾風の如く

 聞いてみたら、あっさり答えてくれた。


「いいか、これは誰にも言うなよ? さいこーの機密事項だかんな!」


 そんな注釈をしながら。


「あたしたちはなんだ……カンパニーの影響力を乗っ取りにきてんだよ。上層部やスポンサーの乗っ取り、それが無理ならカンパニーごと解体して研究データだけ頂くってな。そのために別ルートで仲間も侵入している。同じ不死身の死体だぜ?」


 すごいだろ、と胸を張るゾン子にエヴレナは静かに頷いた。

 こそこそと耳打ちする死体少女は、何故か竜少女にやたら好意的に構ってきた。こんなどうしようもないバカでありながらも、エヴレナも何故か悪い気がしない。

 だが、その仲間とやらにはひどく同情する。

 本当に仲間と思われているのならば、であるが。


「おい、後ろヤバい奴が近付いてくるぜ!」


 輸送車の運転席から新聞記者の声が響く。同時、轟音とともに後部ドアが吹き飛んだ。唖然とする少女二人。見るからにヤバい奴がいた。

 まさに人車一体。その足は大輪のタイヤになっていて、肩や腕などに銃や砲をハリネズミのように搭載している。赤髪振り乱しながら爆走する追手に、どう反応すればいいのだろうか。


「おう、体が震えるぜ! おっと、背中のエンジンのせいだったな」

「まぁたカンパニーのゲテモノ兵器か!?」

「違うよお姉ちゃん! あいつも有須磨武装探偵だ!」

「おおっと掴まれぃ!!」


 急ハンドルに二人は横ドアに叩きつけられた。そのすぐ近くをロケットランチャーが通り抜ける。アルバレスが咄嗟に窓から投げた発煙筒に吸い寄せられるように爆発。後部座席だからとシートベルトをしなかった二人が反対側のドアに叩きつけられる。


「ってことはドラ子が狙いか!」

「ドラ子はやめて」

「おいおいおい! こちとら150も出してんのにすぐ追い付かれんぞ!?」


 37ミリ機関砲が猛威を振るう。


「おぅら止めやがれ!!」


 ゾン子が叫ぶ。ぐわんと揺れる感触にエヴレナは目を回した。気付けば、ゾン子に盾にされるように持ち上げられていた。


「ええ…………やめてえええ!!?」


 とんでもないことになっている。しかし、敵も生け捕りが目的なのだろう。攻撃は一旦止んだ。


「ちくしょう! 大人しく竜質を解放しやがれ!」

「へーんだ! 大人しく事故りやがれ!」

「くそッ、バイク乗りは決して仲間を見捨てるんじゃないぜ!」

(私大人しく捕まろうかな……?)


 だが、機体の出力差からその距離はあっという間に縮まっていく。アルバレスのハンドル捌きで辛うじて凌いでいるが、もう限界だ。エヴレナは決意を固める。


「どらごーーーんっ、ぱわあ!!」


 その背から真っ白な翼が広がった。背後から羽交い締めにしているゾン子が派手にぶっ飛ばされた。神竜が大きく息を吸い込み、聖なるブレスを吐き出す。

 だが。


「動きが鈍いぜ!」


 冗談みたいな速度変化でブレスの範囲から逃げられた。


「逃がすかよ!」


 急加速。

 その車体が跳んだ。ついに輸送車内に足(タイヤ)を掛けた追跡者(車)が高らかに言った。


「逃がすもんかよ! アタシはザシャ・オストマルクだ!」

(なんで今名乗ったの?)

「ちくしょおやられた! 俺はアルバレス、新聞記者だ!」

(え、なんで?)

「勝手に盛んな! ゾン子様だぜ!」

「わ、私はエブレッ」


 舌を噛んだ。自己紹介は難しい。

 気まずさを切り裂くように水刃がザシャの両腕を切り落とした。だが、血が出ない。それどころか。


「しまいだよ!」


 アクセル全開。その両腕の下から出てきたのはフォトンセイバー。義肢。


「待って待って! その手でどうやって私はお持ち帰りされちゃうのかなあ!!?」

「車は急に止まれないいいぃ!!」


 が、アルバレスが咄嗟の急ブレーキ。

 ザシャはしゃがみこんだエヴレナの上を綺麗にすっ飛び、その大輪をゾン子の顔面にめり込ませた。


「事故れっつったけどそうじゃぎゃああああああああああああ――――!!!!」


 血飛沫ダバダバで粉砕したゾン子でも勢いは完全に殺せなかった。運転席への壁を突き破って新聞記者へと。エヴレナが悲鳴を上げる。

 少女の悲鳴は、男の咆哮が塗り潰した。

 筋肉。

 男は己が肉体一つで、暴走車両を押さえ込もうとしていた。

 苦悶の声が漏れる。無理だ、無謀だ、絶望的だ。さっと顔を青ざめるエヴレナは、それでも目を離さなかった。どんな困難にも立ち向かう。そんな男の心意気を感じた。少女の目に涙がぽろりと浮かぶ。精一杯、声を張り上げる。


「がんばれえええ!! 最後まで諦めないでッ!!」

「ぬおおおおおおおおおおお――――ッッ!!!!」


 信じられない光景があった。

 ザシャの突貫を完全に押さえ込んだ新聞記者の姿。その膨張する筋肉がザシャの目に焼き付いた。筋肉のオーラが彼女を蝕む。ガタガタと震え、戦意が溶け落ちる。その背後、死体少女が水の鞭をいくつも蠢かしていた。


「エンジンを奪え!」

「あらよ!」


 背中がざっくりと抉られた。耳をつんざく悲鳴に、ついに人車一体は倒れる。ゾン子は雑に外に放り捨てると、改めて輸送車の惨状を見渡した。


「ひっでえな、コレ」


 もう完全に廃車確定である。辛うじて運転席と助手席だけが乗れる状態である。しかも前輪だけ。これでどうしようというのか。


「やだ筋肉こわい筋肉こわぃ……」

「おい、車のお前」

「はひッ!?」


 ザシャが飛び起きる。


「車だろ? さっさと引けよ」


 どこで見つけてきたのか、牽引用のロープ。にんまりとゲス顔で見下ろしてくる死体少女。


「いや、エンジンが、もう、だって!」

「取ってきてやったぜ?」


 投げ渡されたのは、エンジンにしてはあまりにも軽く、それは両腕の義肢だった。


「おら、這ってでも進めや」







「アルバレスさんは、お姉ちゃんのことよく知ってるの?」

「ん? ああ、それなりにはな」


 運転席で形ばかりのハンドルを握るアルバレス。エヴレナは助手席でシートベルトを手で弄びながら足をぷらぷらさせている。


「元はカンパニーの実験動物だったって話だな。非道な戦闘実験に投入されていたらしい。コードネームは、『異世界死体』。ま、それより前の素性は知れないんだけど」

「え?」


 エヴレナは小さく首を傾げた。ゾン子本人から聞いている話と違う。


「どうした?」

「なんでもなーい」


 突っ込まない方がいい。そう判断した。

 フロントガラスからは外の様子がよく見える。ザシャ・オストマルク。両手で這うようにのろのろ進む彼女の背で、ゾン子が楽しそうに笑い転げている。量産型っぽい追手もたくさんやってきたが、この光景にドン引きして皆帰ってしまった。


「私、なんとなく一緒にいるけど……これどこに向かってるの?」

「取り敢えずはこのコロニーの脱出だ。その後は7番コロニーに向かう。君はそこで保護される予定だ」

「保護、ねぇ……」


 むぅ、と少女は唇を尖らせた。なんとかの乾物をちまちま噛るアルバレスとは対照的だ。彼は禁煙中で、その代用品として口に何か含ませているらしい。


「で、何してんの?」

「なぁに、スクープの連続だったからな。記者としての腕が鳴るってもんだ」


 小型の折り畳みタイプライターを叩く記者に、少女は何とも言えない渋い顔を浮かべた。あの死体少女は、隠密行動をするのであれば、一緒に動く相手くらい選ぶべきである。

 しかし、敏い少女はそんな野暮なことは突っ込まないのであった。

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