vs鬼(四分の一)

 12番コロニー、セキロー。

 夜通し酒盛りは続き、屈強な鬼たちは今も眠りこけている。キャンプファイヤーに組み上げた木の矢倉は中途半端に崩れていた。

 隅っこで大木に寄りかかって寝ていた傭兵は、謎の地響きとともに目を覚ました。酔い潰れて寝ている鬼たちを見渡す。その奥で赤鬼の赤さんが、首から下を埋められて泣いていた。

 その手前、何かいる。


「魑魅魍魎、ぶっ潰す」


 分かり易い。

 まだ小さな子どもだった。女の子だ。見た目は十歳程か。釣り上げた目が怒りを示している。泣いた赤鬼は必死な形相でエシュを見つめる。そんな顔をされても。


「殺さないのか?」


 赤さんが泣き声を強めた。


「もうやっつけた。でも、お前は殺す。殺し尽くす」


 エシュは静かに立ち上がった。その手には唯一無二の半月刀シャムニールが握られていた。

 戦士の危機感が、そして生命の本能が。

 ヤバい。

 そう告げている。


「その魂はなんだ?」

「お前はなんだ?」


 そのやり取りで、通じるものがあった。戦意と敵意が他の鬼を遠ざけた。しかし、彼らとて百戦錬磨の戦士。その包囲網はどちらも逃がさないため。

 戦え。

 彼らは暗にそう示していた。エシュは逃げ場を失う。なら、立ち向かうしかない。


「使うか?」


 エシュは曲刀を投げ渡す。なるほど、謎の少女は丸腰。武器を渡すのは戦士としての配慮か。

 ただし、半身たる半月刀を全力で投擲するというオマケ付きだったが。


「――ゃ」


 バカ正直に曲刀を掴もうとした少女がたじろぐ。だが、それも一瞬。曲刀で辛うじて半月刀を弾く。曲刀が砕けた。目前に大男が被る骨が。


「これで無手と無手、互角だな」


 徒手の組み合いが五撃。少女の顔面にガードを突き抜けた傭兵の拳が突き刺さる。後ろに飛ばれて衝撃を逃がされた。エシュは自分の被る骨をブン投げる。まともに受ければ骨が砕ける。少女は最小限の動きで回避する。


「悪手だ」


 徒手ならばエシュの方が圧倒的にリーチがデカい。少女が体勢を戻す前に、その剛脚がガードに上げた腕ごとなぎ倒す。

 左腕を庇いながら少女はうずくまる。エシュは気にせず、ゆっくりと警戒しながら近付いていく。


(実力は申し分ない……しかし、実戦経験が乏しすぎる)


 これでは怪物の類と変わりない。であれば、いずれどこかで倒される定め。カンパニーが関わると結局そうなるのが常であり、エシュもそうやって怪物どもを葬ってきた。

 戦士であるためには。

 エシュは少女の髪を引っ掴んで立ち上がらせた。その目は死んでいなかった。怒りに吊り上がった目を、顔の上半分を火傷跡に覆う大男は覗き込む。


「ぐっ」


 その下顎を少女は蹴り上げた。エシュがよろめき、その手が緩む。


(来るか)


 エシュに匹敵する怪力による乱打。その一つ一つをエシュは関節の角を使って弾いていく。それは攻撃してきた相手を壊す後の先。

 やがて痛みに顔を歪ませる少女を、エシュは容赦なく殴り飛ばした。踏みとどまる少女。


「殺ぉし尽くすぅ――ッ!!」


 ますます怪物じみている。

 だが、と追撃を放つ前。少女の拳が土手っ腹に叩き込まれる。


(対応力ッ!?)


 傭兵のものとは比べものにならない。少女の右拳をエシュが受け止める。掴んだまま捻って投げ飛ばす。可憐な蹴りがその横っ面を飛ばした。エシュが体勢を立て直す間に少女は自然体まで戻っている。

 互いに、右の拳を放つ。


(威力は互角。であれば、技巧と経験でねじ伏せる)


 大地を踏みしめ、そのエネルギーを全身に伝える。深い呼吸は全身の筋力に酸素を送り込み、膨れ上がり、絞り出す。その圧倒的なインパクトは、少女を容赦なく蹂躙した。衝撃が小柄な体躯をズタズタにし、大木にその身をめり込ませる。


「即死に至らなかっただけ大したものだ」


 エシュはゆっくりと半月刀を拾う。その間も目を離さない。警戒は怠らず、確実にトドメを刺すつもりだった。

 まだ幼い少女だろうと関係ない。鬼たちも止めることはない。あの傭兵がここまでするのだ。それほどの脅威なのは絶対である。


「だからここで仕留め「この身は退魔の系譜。魑魅魍魎を退ける力の顕現」


 少女の口が動いた。

 屍神の動きは止まっていた。


調――――日向日和」


 エシュの拳を小さな掌が受け止める。軽すぎる感触に、エシュは慌てて距離を取った。

 少女、日向日和が右手を伸ばす。


「やめ、ろ」


 心臓を直接わし掴みされたような怖気。魂をごっそり削られるような。和らげ、調和せしめる。果たして、不死身の死体にはどう作用するのか。


「お前の存在は、許し難い」


 怒れる少女が隙だらけの男を蹴り飛ばす。突き出される半月刀を指先で弾き、小さな拳が傭兵を転がした。

 うずくまったまま、男はギョロリと顔を上げる。



「ルゥゥウオオオオオオオおおおおおおおぉぉぉ――――!!!!」



 それは、戦士の雄叫びではなかった。

 獲物食いちぎる獣の咆哮だった。


「ぁ――――ぅ……」


 怒れる少女が初めて表情を変えた。それは、怯え。敵を見る目ではなかった。その異様な怪物に、少女は恐怖を感じた。

 目を閉じた一瞬。

 獣の姿が消えた。しかし、彼女とて類い希なる才能を宿す神童。答えを瞬時に見い出す。単に超高速で視界から消えただけだ。


「ォウ」


 背後。

 完全に反応が遅れた。

 獰猛な獣が華奢な身体を力でねじ伏せる。真名開放も、その獰猛さを抑えきれない。力尽くの拘束を振り切れない。根源的な死の恐怖が余計に身体を竦ませる。


「ぃ――やッ!!」


 しかし、エシュが少女の喉元を食い破ることはなかった。キャンプファイヤーを組み立てていた矢倉のロープ。鬼が丹誠込めて練り上げた繊維の束なりが、怒れる少女を縛り上げていた。


「しばらく、寝てろ」


 暴れる少女の背に、掌底がぶち込まれる。全身を波打つ衝撃に、やがて少女はくったりと動かなくなった。


「見事、か。で、どうする?」


 いつの間に地中から這い出してきた赤さんが薙刀を差し出す。首を刎ねるならば使え、ということか。確かに素手でくびき殺すには躊躇いを感じる外見だった。屍神の身ではそんなことを欠片も考えなかったが。


「しばらく休む。見張っていろ。逃げ出したら追わなくてもいい……死にたくなければな」


 引きつった顔で赤鬼は頷いた。

 エシュは転がった骨を被り直すと、大木に寄りかかる。すると、本当に寝息を上げ始めた。彼にしては本当に珍しいことだが、体力精神力ともに消耗仕切っていた。

 不死身の身でありながら。

 それがどういう意味を持つのかを、彼は重々承知していた。

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