『放課後スクールデイズ』

 フェレイは、学校に通ったことがなかった。







 私立(というか私立しかない)闇の炎に抱かれてバカな学園。

 その校庭の片隅でフェレイはハンモックに揺れていた。死体ではあるが、日光浴は彼の趣味だった。ここは随分と日当たりがいい。


「ん……おっと」


 左手を伸ばす。摩擦に煙を上げながらその手に収まったのは、火だるまになったサッカーボールだった。フェレイがキャッチすると火はたちまち立ち消え、少年は飛んできた方向を見る。


「うむ、我だ。悪かったな」


 傲岸不遜の態度で謝罪の言葉を述べる少年。赤い目に漆黒のマント。やたらごちゃごちゃした装飾過多な見た目に、フェレイは軽く首を捻った。


「我はフレイムカイザー・純。あの炎獄の魔王を父に持つ、第二世代の筆頭格ぞ」


 あの、とは、どの、だろうか。

 第二世代というのがよく分からなかったが、ここでは常識的な単語だったのかもしれない。彼はそれ以上の説明はしなかった。フェレイも特に追求はしない。


「で、その純君はこんなところで何を? もう授業は終わっている時間でしょう?」

「頭にカイザーを付けろ。我は王なるぞ」

「かー、いー、ざー、純君様は、ここで一体何を」

「サッカーである」


 それもそうか。

 フェレイは妙に納得してしまった。


「一人で?」

「う、むむう……我には多くの下僕がいるが、今日は一人でなければならぬのだ」

「何故?」

「……明後日に実技のテストがある。我は一位を取るための特訓中だ。王であるが故に、妥協は許されん」

「ふーん、王って大変なんですね」


 フェレイはボールを軽く浮かすと、頭の上に乗せる。反動を着けて弾き、ハンモックに寝っ転がったまま小刻みにリフティング。


「おお、お主うまいであるな」

「ルールよく分からないけど、相手にボールを取らせなきゃいいんでしょ?」


 ぽん、とボールを蹴りあげて赤目の少年に返した。胸で受けようとするが、うまくいかずにボールは明後日の方向に飛んでいく。


「む」

「はは、慣れだよ慣れ」


 軽い調子でフェレイはハンモックから降り、指をくいくいと挑発する。豪快なドリブルでその横を抜けようとする赤目少年だったが、気付くとボールは取られていた。少年は右手を掲げて、叫ぶ。


「業火の鉄槌を!」

「あぶなっ」


 転ぶように大火球を避けるフェレイ。ボールはキープしたままだ。


「何を言っておる。ボールを持ったものを魔法で攻撃するのは一般的なルールだろうに」

「ルールよく知らないって言ったよね!?」

「それでも消し炭にならんとは……実はプロか?」


 そんなわけはない。

 火球飛び回るトンデモディフェンスからボールをコントロールすること三十分。流石に息が上がった赤目少年が動きを止めた。そういえばコロニー内は火気厳禁だったような気がするが、突っ込むのも野暮だろう。そういうフェレイも同罪なのだから。


「あれ、諦めるの?」

「いや、ボールは預けたのである。王たる我の門限は六時であるからな。最近特に物騒だからお袋がうるさいのだ。明日も放課後にこの校庭で集合だ。その時にボールを取り返す。必ずな!」


 妙にいい笑顔で赤目少年が腕を振り上げた。フェレイも口元を緩めて頷く。


「うん。明日もここで待ってるよ」







 ハンモックに揺られながら、サッカーボールを抱える。

 そのまま微動だにせず二十四時間が経った。あの赤目少年は来なかった。







「行方不明事件が競合を起こしているって、どうなってんだよここ…………」


 口を尖らせて拗ねるフェレイは、廃ビルの入り口を塞ぐバリケードを雑に蹴り飛ばした。情報屋に高い金を払って突き止めた場所だ。行方不明事件に数はあれど、であればほぼほぼここで間違いないという。


「居場所は分かっていてもどうすることも出来ない。単純に実力の高さか」


 頼れる兄貴分も、信用に値しない姉貴分も、カンパニーの理不尽さには口を揃えていた。依頼書のランクは星4。これはかなりのハイランクだったはずだ。


「誰だ」

「バウンティーハンターだよ。用件は分かるだろう?」


 女の声だった。姿は見えない。

 妙な寒気にフェレイは自分の腕を擦る。威圧感か。しかし、そんな気圧されるような圧迫感はない。これは純粋に気温が下がっているだけなのか。何故。


「取り込み中だ。後にしてくれ」


 そして。

 漂う血肉の臭いは、決して誤魔化せるものではない。フェレイは錆びた手すりを焼き焦がしながら階段を昇る。一段一段、大きく音を立てながら。少年は二階でその光景を目撃した。


「女の部屋にノックもなしか」

「部屋、ね」


 足元の死体を退かす。そのフロアには、壁に立て掛けるように何十体もの死体が置かれていた。そのどれもが冷凍保存されていて腐敗せずに残っている。この噎せ返るような臭いは、の中央から。

 両目をくり貫かれた見覚えある少年の死体。

 フェレイは持ってきたサッカーボールを投げる。約三メートルほどまで近付いたところか。ボールが無惨に破裂した。女はくり貫いた両目を大事そうに容器にしまう。すると、死体がパキパキと凍り出した。僅か数分。その光景をフェレイは黙って見ていた。


氷室雫ひむろしずく。間違いないね」

「如何にも。バラモット様随一のしもべである。これより供物を主に届ける責務があってな。用件であればその後に聞こう」

「いい訳ないだろ。お前はここで死ぬんだよ」


 朱色の長い髪が翻る。どろりと濁った目がフェレイに向けられた。背丈は小柄ではあるが、フェレイよりは高い。分厚いコートを握り締めながら氷室は言った。


「……なんだ、子どもじゃないか」


 そうして、二度三度首を傾げてから。


「ちょうどいい――お前の目もバラモット様に献上しよう」

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