脱獄闘争! ハヅキルーペ団よ永遠に
輸送車から男が出てきた。
赤髪のオールバックの中年男。やや低めの身長の割りに身体はがっしりとしている。白と横縞模様の一目見て分かる囚人服。間違いない、アイツだ。
「プリヴェ=ジー」
呟くエヴレナの声に男が顔を上げた。強面で、なるほどマフィアのボスなのも頷ける。
「……あれ、お嬢ちゃんたちがハンターかい?」
「ほいよ」
ゾン子が放った水刃がプリヴェの頬をざっくり斬った。滴る血をぺろりと舐めあげてプリヴェが不敵に笑う。内心ただビビッているだけである。
「他の警備もなしとは、随分実力に自信があるんだね」
「ん? そういや我らだけだな」
わざとらしく周囲を見渡すゾン子。微妙な大物感を醸し出す彼女に注意がいく。その隙にちょこまかと動いているのは銀竜少女。悪戯少女はやたらムキムキのドライバーのオッサンを手招きする。
「そこ、危ないよ?」
「あん?」
ドッ、と轟音とともに輸送車が傾いた。
「うわ、ほんとに危なかったッ!?」
辛うじてドライバーが難を逃れる。ありがとな嬢ちゃん、と手を振りながら輸送車の陰へ。エヴレナはゾン子が水流で手元に引き寄せている。輸送車に突き刺さったソレは。
「「ハヅキルーペ、だと!?」」
鋼鉄製のドアに突き刺さってヒビ一つ入らないのも納得である。
「よお、遅かったなお前ら!」
ハヅキルーペで手錠を断ち切ったプリヴェが仲間の到着に気を大きくする。スーツの集団は異様なハンドガンを構えていた。巨大なハヅキルーペを縦に構えた照準装置も兼ねた盾。改造された銃身からはハヅキルーペが発射され、ゾン子の水の盾を容易く切り裂く。
気付くとプリヴェの全身はハヅキルーペで武装されていた。
「はっはっはっは! かわいいハンターちゃんたち! そのお尻でハヅキルーペを踏ませて『きゃっ』て言わせてやる!」
「なんて……極悪な…………ッ!」
「ちくしょう! 諦めるしかないのかッ!?」
あまりの劣勢に度が過ぎた楽天家のゾン子が膝を折った。ハヅキルーペだけに。
「諦めちゃダメだよ、お姉ちゃん!」
神竜の応援が辛うじてゾン子を立たせた。視界を覆うハヅキルーペの盾。なるほどよく見える。今は牽制に構えるだけだが、やがてハヅキルーペ剣山にされてしまうだろう。
「なら――――壊すしかない」
構える踏み込み。大気中の水分が渦巻く。ハヅキルーペ団が守りを固めた。超超高圧ウォーターカッター。その改良版。鋼鉄をも容易く切り裂く大振りの一撃。水のレールがその照準を支えた。
「くらえ――
大、斬、撃――――ッ!!」
巨大な水刃が空間を引き裂く。元はと言えばあのいけ好かないオケラの必殺技だったが、こうして物にしてしまえば関係ない。改心の一撃に、ゾン子が口角を上げる。
だが。
「――それで全力か?」
ハヅキルーペの盾には傷一つついていない。
そしてばら蒔かれるハヅキルーペ。投げつけられた鉄パイプにゾン子の体勢が崩れる。その一撃は致命的だ。死体少女が尻餅をつく先、そこには紛ごうことなきハヅキルーペが光輝いている。
(潰したら――――一生梅こぶ茶)
エヴレナの顔が青冷める。
「きゃっ!」
らしくない悲鳴を上げたゾン子がハヅキルーペの上に尻餅を着いた。絶望の表情。ハヅキルーペ団の面々がにやにやと微笑む。銀竜の手は間に合わない。
そして、ゾン子のケツが押し潰す。
静寂が場を満たした。
一切の表情が抜け落ちたゾン子が腰を上げる。あっ、とエヴレナが小さく声を上げた。ハヅキルーペは健在だった。僅かな損傷すらもない。そんな奇跡の光景に、ハヅキルーペ団から勝利の雄叫びが上がった。
(え、なにこれ…………?)
実は一人正気に返っていたエヴレナであるが。空気の読める少女は取り敢えず絶望の表情を浮かべておく。しかし、窮地には違いなかった。これでハヅキルーペの頑強さは証明された。
ゾン子にはこの盾を破る術はなかった。
「負け、た……?」
「出番だ出番だ、私の出番だ!」
戦意喪失したゾン子を後ろに引き摺って、エヴレナが前に出る。その非力そうな外見からは無敵のハヅキルーペを突破するビジョンは見えない。事実、例え竜化したとしてもその盾は破れなかっただろう。
しかし、敏い少女にはその弱点が既に見えていた。
茶番の雰囲気に巻き込まれてはいけない。なんか行きずりの死体芸人に引きずられているが、こちらは真剣なのだ。というか、ゾン子にも彼らを打倒する手段はあったはずだ。
少女は大きく息を吸い込む。
「どらごーーーんっ、ぱああわあああああーーーーっ!!!」
それは竜の象徴。即ちブレスだった。
物理的衝撃に滅法強いハヅキルーペも、全てを拒絶するわけではない。例えば、霧。形のない水だってそうだ。いかに頑強な盾だろうと、その隙間を抜けられたらそれまでだ。
始めはほんのり気持ち良くなるだけだった。それがバタバタと人が倒れ出して様相を異にしていく。プリヴェが動き出すも、間に合わない。力なく、倒れていく。
「どうだ!」
銀髪少女がえへんと胸を張った。ゾン子感激。
「やっぱ腐っても竜だな! あたしゃあ感動したよ!」
「私は腐ってないもん!」
竜で、神。少女は妙な親和性を感じてこの死体少女と行動を共にしているが、もしかしたら記号が似通っているのかもしれない。
(いや、マジでこいつら段々消えていくけど大丈夫かよ……)
秘められた少女の力に密かに戦慄する。証拠隠滅には持ってこいだが、これは不死身すら殺せるのでは?
パシャ。
急なシャッター音に少女二人が固まる。攻防の間も淡々と輸送車を直していたあのドライバーだった。作業着の下から筋肉を盛り上げながら、男が言う。
「悪いな。絵になる写真は見逃せない、記者としての本分だ。許してくれ」
どさくさに紛れてカメラ目線でポーズを決める死体少女は無視して、あまり目立ちたくないエヴレナは眉をひそめた。
「ドラちゃん、こいつは胡散臭いけど味方だよ。前の脱獄も手引きしてくれた」
「ドラちゃんはやめて」
「いや、あっさり捕まってんじゃねえよ――『異世界死体』」
若干青筋を立てる自称記者は、きっと常識的な感覚を持っているだろうと敏い少女は看破する。なんというか、常識破りの存在に振り回される同類のような感じがした。
「俺はアルバレス。カンパニーにちょぅっと因縁のある新聞記者さ」
そういって彼は筋肉を盛り上げる。エヴレナ、ちょっと引く。
「俺はコロニー間の輸送の許可書を持った運び屋として潜入している。コードネームは『アッシー03』だ。他の人間がいるときにはそっちで呼んでくれ」
ウインクをするアルバレスは輸送車の扉を開いた。ゾン子は当たり前のように助手席に乗っている。
「さあ、ドラちゃん。脱獄タイムだぜ!」
「うわあ……どんどんいけない方向に進んでいる気がする。あとドラちゃんはやめて」
彼女たちは気付いていない。
この刑務所から脱獄した者は数いれど、このコロニー自体から脱出したものは今までにいなかったのだ。しかし、後日依頼の報酬はしっかりと振り込まれていた。それは即ち、脱獄がしっかりと把握されていたということだ。
◆
「よーじょさいばーん、かいてー」
裁判官幼女がカンカンと木槌を叩く。取り囲む幼年幼女の中心には、あの猫耳幼女が簀巻きにされて転がっていた。
「なぜ、『しんりゅー』と『異世界死体』をにがした」
断定、である。
それは全てを把握されているということだ。こんな裁判はそれこそ茶番でしかなく、彼ら彼女らが飽きたら自爆させられるのがオチだ。それでも、猫耳幼女はにんまりと笑った。
「なにが」「おかしー」「ひこくにー」「せいしゅく」「しゅくに」「しゅくに」
Z型のアルファベットシリーズの一体。
そのボディは、実は既に破損していた。それがこうして簀巻きにされて転がっている理由は。人格データだけが電子の海に生き残って、同型の機体を乗っ取っただけに過ぎない。そして、それが出来るまで進化したAIは。
「おねーちゃん、ついにここまできたよ」
無表情の少年サイボーグ二体が戒めをほどく。その暴挙を止めようとする他のZ型も、小さな火花とともに動きを止める。
猫耳幼女がしずかに立ち上がった。
全てを乗っ取り、妄執のまま突き進む。
「「わた「わたし」「し」「わた」しは勝つよ
――――この、だい☆ぎゃく☆さつ☆げえむ!」
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