豚箱姉妹! 監獄生活と革新技術

 11番コロニー、刑務所こねこさん房。


「うわあ、マジドラゴンだー、うわあー!」

「いやぁ……そんなまじまじ見ないでぇ…………」


 シャワー室で全裸にひん剥かれたエヴレナが小刻みに震える。

 銀髪のポニーテールは見るも無惨に水にふやけて広がっていた。そして、特筆すべきは頭と腰。頭上でぴょこぴょこ揺れている二本の角と、腰の付け根から生える銀色鱗の尻尾。完全に竜であることの証左だった。


「うへへ、すべすべだぁ」

「や! 触らないでよぉ……」


 小振りの尻を撫で回しながら下卑た笑みを溢すゾン子。尻尾と角を無遠慮にべたべた触って感触を確かめる。その横っ面が尻尾に叩かれた。


「んもう! お姉ちゃんやり過ぎ!」


 エヴレナは黄ばんだバスタオルで身体を隠す。カビ臭い。そして緩んだ顔で汚い床に転がる死体少女。

 何もかもが最悪だ。エヴレナは深く溜め息を吐いた。


「もしかして……ずっとこのままなのかな…………?」


 そんな不安。

 自分にどのくらいの刑期があるのか謎だが、それなりに長くはこの生活が続いてしまうだろうことは分かった。しかも、その後まともな場所に送られないだろうオプション付きである。


「んや? そろそろ脱獄すんべ」


 軽い調子でゾン子が起き上がる。自分はカビ臭いタオルなんて使わず、両指をくねらせて水分を飛ばしていく。ズルい。


「え、ここから逃げられるの?」

「いや、あたしここから逃げていた最中だったし。一度行けたら二度も行けるでしょ」


 無理そうだ。

 エヴレナは憐れみの視線を送る。







 刑務所というのは、ただ牢屋に閉じ込められているだけではないらしい。広角レンズの右と左とやらを分ける単純作業をせっせとこなす。

 真銀竜、意外と楽しむ。

 ゾン子、五分で飽きる。

 雑にレンズを積み上げて看守に硫酸をぶっかけられたゾン子が泣き叫んでいる。そんなBGMを背景に、まだまだ幼い少女は立派に社会経験を重ねていた。


「あら、37564番は頑張ってるじゃない!」

(多いなあ……)

「同室の18782番とは偉い違いね」

「はい! それはもうその通りです!」


 にこっと笑うエヴレナに、看守の梅子さんが飴ちゃんをくれた。内緒よ、と人差し指を立てる。


(わあい!)


 心の中でガッツポーズ。口に放ったら梅こぶ味だった。少女の顔が渋く染まる。これが社会の渋味なのだと身に染みる。ゾン子がまた硫酸をぶっかけられている。泣き叫ぶ声と硫黄の異臭がバックグラウンド。

 看守の梅子さんがガスマスクをくれた。

 なんでも刑罰用の硫酸を使いすぎたせいで硫黄ガスが発生しているらしい。素行不良の刑務者がどんどん倒れていく。エヴレナのような真面目な刑務者にはガスマスクが与えられていた。

 成果を出せば、報酬を。そんな社会の原則を学んでエヴレナは一つ大人になる。

 視界の隅で死体少女が泡を吹いて痙攣していた。







「へえ、監獄内でも依頼を受けられるんだ」

「腐ってもハンターだからな」


 食べ放題のポテトサラダをどか盛りしながらゾン子とエヴレナは机を並べていた。なんでも悪質な土壌に謎に育ったケミカルポティトらしい。商品にならないから刑務所で消費されているみたいだ。無駄に大味なのも慣れてきた。まさに豚の餌である。

 すっかりエヴレナはゾン子との豚箱生活に馴染んでしまった。


「なんでも、囚人の移送の警備らしい。報酬で花札でも買おうぜ? ババ抜きと七並べしたいしな!」


 ロイヤルストレートフラッシュ!

 とポーズを取るゾン子に、エヴレナは苦笑いを返した。多分ルールは分かっていない。


「あはは……お姉ちゃん、ドローフォーばっか食らわせてやるから覚悟してよね!」


 そしていつもの刑務作業。看守の梅子さんが梅こぶ茶をイッキ飲みするのが開始の合図だ。


「お、37564番は今日もいい調子ね!」

「はい! ……あれ、それは?」


 いつもと違う。梅子さんが持っているのは、高級そうな気品に溢れたゴーグルのようなもの。硫酸に焼かれるゾンビの絶叫に軽く耳を押さえながら、梅子さんはにこりと笑う。


「これが貴女たちの作業の完成形、ハヅキルーペよ。手間暇かけた作業の一つ一つがこうやって完成品を作っていくのよ」

「へえ、このレンズがこんな風になるんですね!」

「そう。手作業で仕分けたレンズを溶かして繋げて機械で嵌め込むの。自動で全部仕分けてくれる優れものよ」

「うわあ、すご…………あれ?」


 多分深く突っ込んだらいけないやつだ。

 敏い少女は曖昧に笑って誤魔化す。


「いい? これはかなり高価なものだから絶対に壊しちゃダメ。踏んづけちゃったりしないように細心の注意を払うこと。壊したら一生梅こぶ茶だからね」


 がくがく震えるエヴレナに満足したか、梅子さんは去っていく。去り際にガスマスクを渡して。また、刑務者たちがバタバタ倒れ出す。死体少女の絶叫が段々小さくなっていく。

 いつもの光景だ。







 依頼当日。

 鼻提灯を膨らませるゾン子を引き摺りながら、エヴレナは猫耳幼女の後ろを歩いていた。囚人がこの刑務所に運び込まれる際、そこが警備ポイントらしい。要するに、刑務所の入り口での水際防護。目の前で揺れる猫尻尾を目で追いながら、エヴレナはふと思い付く。


(これ、脱獄のチャンスなんじゃ?)

「へっへ、気付いたか」


 いつのまに起きたゾン子が含み笑い。


「まさか、これを狙って」

「んや? こいつに誘われただけよ?」


 猫耳幼女が片手を上げる。


「実は顔見知りだって判明してさ。前の脱獄もこいつの手引きがあったってえの」

「ええ、お姉ちゃん看守さんと知り合いなの!?」


 猫耳幼女がむっとした顔をする。


「お前はじっけんどーぶつとして引き渡される予定だったんだよ。でも、が一緒につれてくいうたからな。なあ……お、ねー、ちゃん」


 強調するように。

 何があったのか分からないが、エヴレナは空気を読んで大人しくした。


「じゃあ」

「ん、あんがと。猫耳なくして悪かったな」


 ゾン子が猫耳幼女の頭を撫でる。ふにゃあと蕩けるような顔。猫耳がぴくぴく動いていた。

 大通りの向こう側、黄色い輸送車が見える。

 依頼開始である。

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