vs鬼

 12番コロニー、セキロー。

 『技』のエリアの北西奥、突如として出現した謎の大山。なんでも鬼が出るらしい。武器調達のついでに路銀を稼ごうと、ハンター・エシュは調査の依頼を受けていた。


(どうして)


 ピシッとした陸上フォームで駆け抜けるエシュを、それでも振り切れない鬼どもが追い掛ける。


(どうして…………こうなった)


 飛んできた鉈を後ろ手のクナイで弾く。初めて扱う武器だったが、なるほど使い勝手はいいらしい。背後で謎の歓声が湧いた。


「おぅら兄ちゃん! いつまで鬼ごっこしてる気だあ!」


 挟み撃ち。

 傭兵はそこから二歩で跳躍し、立ちはだかる赤鬼を飛び越える。二メートルを越える巨体の頭に手を置いて二段ジャンプ。背後で謎の歓声が湧いた。


「おい! 俺が振り返ったのに動いたぞアイツ!」

「それは多分鬼ごっことやらではない」


 律儀に突っ込んでしまった傭兵の足が止まる。その僅かな隙に鬼どもが傭兵を取り囲んだ。


「はっは! かかったな! かかれえ!」

「な」


 どっと雪崩れ込む鬼をすり抜けて、クナイの投擲が赤鬼の額に突き刺さる。しかし、それで止まる荒くれどもではない。

 エシュは左手に鉄の爪、右手に何の冗談か鬼棍棒を握っていた。ちなみに鬼どもは刀剣類ばかりで棍棒持ちはいない。


(せっかく合わせたのだが……)


 横凪の斬撃を爪で絡み取る。体勢が崩れた一番鬼の下に身体を潜り込ませ、追撃を牽制する。


(一体一体強力ではあるが……連携は取らぬか。付け入る隙はある)


 沈んだ足をバネのように跳ね上げ、体重が遥か上のはずの鬼が吹き飛んだ。密集する鬼どもに巨体が落ちる。


「ぬぅん!」


 棍棒の一振り。剛力無双が反対側で呆けていた鬼を叩き潰す。謎のどよめきが鬼の間で駆け巡った。


(なんだ、なんなんだこいつら……)


 その巨体と迫力ある覇気だけあってやはりしぶとい。潰された鬼どもはもう再起していて、最初の赤鬼が眉間にクナイを突き刺したまま号令を掛けていた。引かれた弓のように肉体をしならせ、急加速にエシュが駆ける。さっきからこんな感じで鬼ごっこと泥試合を繰り返していた。


(――とはいえ、流石にそろそろ撒けてきたか)


 如何に強靭な肉体を持つ鬼とはいえ、その体力には限界がある。何体かの鬼が脱落しているのは目視で確認した。不死身で無尽蔵の体力を持つ屍神レグパには及ぶべくもない。


「おぅりゃあ!!」

「ぐ――ッ!」


 それでも、やはり赤鬼だけは頭ひとつ抜けていた。まるで自身が投擲物であるかのように弾けとんだ赤鬼が、大槍片手にエシュに突貫する。鉄の爪が砕けて、辛うじて拳大の鋼の砲弾で受け止めた。

 セキローには傭兵が見ない武器が数々取り扱われていて、もちろんその数だけ使い手がいた。そのどれもが刺激を好む彼を湧かせたものだったが、ここまでで大半の装備を失っている。


「ら――――ぁッ!!」


 珍しく腹立ち紛れに砲弾を鬼の群れに投げつけた。着弾はまるで爆撃のようだった。大地が爆ぜ、鬼どもがボーリングのピンのように薙ぎ倒される。大槍の薙ぎ。エシュは鬼棍棒を盾のように受ける。

 同時、手放して前へ。

 赤鬼も応じた。徒手による組み合い。殴打、そして乱打。力任せに豪腕を振り下ろす赤鬼の攻撃を、エシュの剛腕が弾いてねじ伏せる。がら空きの胴に傭兵の蹴りが叩き込まれる。しかし、赤鬼は軽く唸っただけで両手を組んで傭兵の頭に振り落とした。


「……ッ」


 口の端に滲む血を、骨の下で舐め取った。

 衝撃の大半は身のこなしで殺していた。大袈裟な回転で距離を取った傭兵が広げて見せるのは、手裏剣。右手三枚、左手三枚の投擲が弧を描くように赤鬼に迫る。


「きかぬッ!!」


 赤鬼は真っ正面から弾き落とした。大槍を拾い、エシュの鬼棍棒を蹴り飛ばす。再び敵手の姿を見定めるが、そこにエシュの姿はない。その代わりに、視界の端に妙なものが。


(鎖、だと……?)


 ブゥン、と風を切る音に反応するのは流石だった。死神の鎌のように振り下ろされた凶器は、鎖鎌。大木を支点に回り込むように放たれた一手。その刃は錨のように大地に突き刺さった。

 そして、鎖を手繰るように死角からエシュが飛来した。

 勢いそのままに両膝で両肩を押し退ける。赤鬼が倒れた。エシュはマウントポジションに拳を振り上げる。


「待て。参った」


 赤鬼がそのままの姿勢で両手を上げた。

 周囲で戦いを見守っていた他の鬼どもから大歓声が上がる。


「おお、赤さんが負けた!」

「あれこそがトリックスター!」

「巨大ロボすらねじ伏せたらしいぞ!」

「あの筋肉、やはり只者ではなかったわい!」


 なんか、思っていたのとは違う。

 エシュは赤鬼の上から降りた。既に戦意がないことは感じていたし、何よりここから奇襲されても返り討ちに出来る算段があった。エシュは右手を伸ばし、赤鬼がそれを掴む。


「これ以上人を襲わないと約束しろ。出来なければ首をはねる」

「分かった約束しよう。兄ちゃんみたいな戦士とやりあえて俺ぁ満足だ」

「依頼には殲滅とあった。路銀のためだ、一度死ね」


 エシュが鬼棍棒で大地を叩く。百に至る鬼どもが、同時にばたりと倒れた。

 妹分の必殺技、死んだふり、とやらである。







「……ほう、これは中々」

「兄ちゃん、こっちもイケる口かい?」


 大火を囲って鬼と傭兵が杯を交わす。武具に戦士とくれば、酒がくるのが風情だった。大酒のみで知られる軍神オグンを酔い潰した逸話のあるトリックスターが、何の冗談か『鬼殺し』を一瓶空けていた。

 同時刻、妹分がべへれけになっていたのは因果である。

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