『ダイヤモンドスティール』

 9番コロニー、エルダー・ドラゴン・ハイランダー。

 物々しい巨大金庫の前に、意味不明にハンモックが揺れていた。倉庫で埃被っていたのを掃除している内に気に入ったようで、少年は目を開けたまま微動だにせず揺れている。もうこのまま十時間近くが経過していた。やや斜めに立て掛けるようなハンモックからは、少年の視界はクリアになっている。

 バウンティーハンター、フェレイ。

 カンパニーでは妙に名を売ってしまった『狂乱水死体アクアパッツァ』の弟分であり、それは即ち屍神オグンであるのだが、もちろん機密事項につき内緒である。彼はハンターとして依頼を受けて、こうしてハンモックに揺れ続けている。


「ねえ……やっぱりアレ置物じゃない?」

「……そんな斬新な案山子があるものかねぇ」


 その様子を何時間も伺っているのは、怪しい女二人組だった。

 片やニア・シーフ、探索者トレジャーハンターである。短髪で青目。髪色は白く頬に切り傷があり、チューブトップの上にケープマント。マントの裏にはダガーやロープなどの仕事道具が隠されている。

 片やリサ・エイジャ。彼女も探索者トレジャーハンターではあるが、どちらかというと泥棒紛いの手腕で生計を立てている。長くキレイな髪にキメの細かい白い肌。緑色のスカーフを巻いて、服は少々肌を見せるお色気お姉さん。

 二人は、この巨大金庫の中身を頂こうとしていた。ここまで警備や罠をすり抜けてきた手前、出来れば速やかに獲物を回収したい。しかし、謎のハンモックの少年がその道を遮っている。


「でも、いつまでもこのままじゃまずいよ?」

「そうよねぇ……ここまで来たんだから、覚悟を決めましょ」


 前に進むのはリサ。後ろから小走りでニアが追いかけてくる。主要な警備網は既に突破している。

 ハンモックに揺れている小柄な少年だか置物なんだが分からない物体は、ただ音もなく揺れている。黒ずんだ赤髪にあどけない顔立ち。身体に巻き付けている擦り切れた赤色の布切れは、ひょっとして法衣だろうか。その風貌を愛らしく感じ、思わず目を奪われてしまう。とはいえ、警戒して距離を取ることは忘れない。二人は分かれて円周上に動く。


(ふふ、プライベートで会えれば遊んであげちゃうんだけどなぁ♪)


 そんな呑気なことを考えながら横を抜けて、目を奪われて、だからそれは突然だった。

 そう、目があった。

 喉の奥がひりつくのを感じた。身体が硬直する。致命的だ。見れば反対側のニアもぎょっとしている。片目ずつ器用に目が合ってしまった。背中に鋭い熱を感じたと思ったら、彼女たちは揃ってハンモックの下に突っ伏していた。


「ああ。この金庫を守るのが僕の依頼でしてね」


 ハンター、フェレイ。

 その右手にチロリと火が泳ぐ。背中の火傷跡に怯むも一瞬、二人は下顎を掴まれて持ち上げられていた。見た目に反して怪力だ。


「なので、お引き取りください」


 非常ベルが高らかに鳴った。どこかで火の手が上がったのだろう。フェレイが澄ました顔で口角を上げる。同時、警備兵たちが津波のように雪崩れ込んだ。どいつもこいつも手つきがイヤらしい野郎共だった。

 ぐへへへへへ、の大合唱とともに彼女たちは人混みに沈んだ。







 ぐへへへへへ。

 咥え葉巻に濃い茶色のスーツに身を包んだ、脂ぎっしゅな巨体。カンパニーのスポンサーらしいオッサンは、フェレイに対してキザな敬礼をしてきた。少年は無言で同じように返す。二人の視線は横へ、捕らえた泥棒二人組だった。


「依頼の一貫で捕らえた二人です」

「ぐへ、うむうむよくやった。飴ちゃんをやろう」

「わーい」


 棒読みでフェレイが喜ぶ。梅紫蘇味だった。


「依頼は明日まで、抜かることなく用心します」

「うむうむよきよき。頼れるハンターが来てくれて大満足だ。護送手段を確保するまで頼んだゾ」


 オッサンはフェレイを撫でようとするが器用にかわされる。どこかの社長らしいが、ここからカンパニーの情報を手にするのは避けた方がいいかもしれない。代わりに何を要求されるのか分かったものではなかった。


「して、この二人は?」

「ぐへへへへへ、お子さまには知らない方がいいこともある」


 びくりと肩を震わすニア。その一方、リサは熱っぽい視線をオッサンに向けた。フェレイは空気を読んで退室する。


「おじ様。あ、た、し、捕まっちゃったわぁ~」

「うむうむそうか、捕まっちゃったかぁ~」


 二人組が逃げ出すまで、僅か一時間だったという。

 その手段は容易に想像がついた。







 翌日、大金庫前。

 目を空けたまま微動だにせずハンモックに揺られている。しかし、二度も引っ掛かるほど相手も馬鹿ではないみたいだ。投げつけられたダガーを咥えるように歯で受け止めると、仕方なしにフェレイはハンモックから降りた。


「ねえ少年、お姉さんと遊ばなぁい?」

「仕事中ですので」


 死角から飛んできたロープを右手で捕まえる。ロープの先に球体が括りつけられている。ニアの攻撃だった。


「へえ、ゴムボール。そこから壁の反射を使ったわけだ。すごいすごい」

「え、ほんと? あたしすごい?」


 冗談を交わしながら今度はリサが飛び出、そうとしてぎょっと足を止めた。


「ニア、ロープ!」


 火がロープにまとわりつく。まるで導火線のように燃え上がり、ニアの手の内で弾けた。飛び上がるニアに、フェレイの目線が移った。

 直後、フェエイを四方からワイヤーが囲う。今の目線からは完全に死角になる角度だった。しかし、フェレイは両手で四つのワイヤーをわし掴み、同じく導火線のように燃やす。


「リサ、この子よ!」


 その言葉は撤退の合図。ニアの手から煙幕玉が零れ落ちた。黒い煙が不自然に広がった。


(アレ……地面に落ちる直前、何か火花が散ったような…………?)


 その予感は最悪な形で的中した。煙幕の広がり方がおかしい。火薬の配合が明らかに弄られている。方向感覚が麻痺し、踏み出した一歩に相方と頭をごっつんこ。

 気付けば、昨日と同じように下顎を掴まれて持ち上げられていた。二人の足下で影がふらふらと揺れている。どうやって死角からの攻撃に反応したのか。その答えが分かったような気がした。


「今朝、いいことを聞いたんですよ」


 持ち上げたフェレイがにっこりと笑いながら。


「お姉さんたちを引き渡せば、追加報酬を貰えるという方がおりまして」







 あの大金庫の中身は一体なんだったのだろうか。フェレイはぼんやりと空を見上げる。


(ま、カンパニー関係だったとしても今は手が出せないか)


 星2レベルの依頼の成功報酬と追加報酬。取り敢えずの軍資金はてに入った。

 あの女泥棒二人組は雷のような髭を生やした男に彼女らを引き渡したのだが、今度は逃げ出さなかったとのことだ。彼らはどちらもカンパニーのスポンサー会社の社長だったという。何かしら黒い背景がありそうだったが、まだ触れるには準備が足りていない。


(レグパが苦戦を強いられたほどだ。こんなもんじゃないはず)


 あの二人だけではない。大金庫の中身を狙った相手はそれなりの数がいたが、どれもフェレイの敵ではなかった。というより、それなりの奴しかこの中身を狙っていないような感じがした。疑問がつきまとう。

 この狭くて広いアッシュワールドで、色んな思惑が渦巻いている。

 まずはその世界を見て回らなくてはならない。

 肌で感じなければならない。


(さあて、次はどこに行こうかな?)


 コロニー間を結ぶ鉄道。その貨物室でハンモックに揺られる少年はにやりとほくそ笑んだ。どうやら気に入って貰ってきたようだった。

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