水酔衝突! 銀の竜は終末の夢を見るか

「っっばあ! メチャクチャだなこのアル中!」

「これでも死なない君の方がメチャクチャさ。やっぱり火ぃ噴いて倒すのは諦めようか」


 ドランク。霧吹きのように口からアルコールを噴き出すコロンブスは、まるでプロレスのヒールみたいだった。派手な演出にゾン子が勇んで前に出る。鋭い手刀がふらつく酔っぱらいすれすれを通り抜ける。


「にゃろ、飛んだラッキーパンチだな!」


 酩酊状態で踏ん張りが効かないようだった。返す裏拳をまともに食らってコロンブスがぶっ飛ぶ。


「うわー、お嬢ちゃんあんまり虐めないで~」

「んじゃ、瞬殺してやるよ」


 無駄に五メートルは飛び上がった死体少女が飛び蹴りを放つ。狙いは中年一直線。しかし、酔い潰れるようにこてんと上体を倒したコロンブスには当たらない。ゾン子の視界がぐるんと回る。足首を掴まれた。そう認識した時にはもう地面に叩きつけられている。


「足元お留守でごめんよ~」


 起き上がろうとしたゾン子の腹部にちょうどよろめいたコロンブスの足がクリーンヒットする。派手にむせながら転がるゾン子は取り敢えず距離を取った。


「あの野郎、ラッキーマンか! クッキーか! 歯茎なのか!」

「お姉ちゃん!」


 駆け寄る銀髪少女に助け起こされる。ふと周りを見ると武装探偵に完全包囲されていた。完全にアウェーなはずだが、彼らはある一定の範囲から一向に近付いてこない。


「大丈夫! 頑張って! 死んじゃダメ! だって!」


 フードに包まれた顔が少し赤い。エヴレナも逃走続きで体力が持たないのかもしれない。若干ふらついていた。


「よぅし……お姉ちゃん、頑張っちゃうぞー」


 ボコボコにされながらもゾン子は立ち上がる。ダメージで足元がふらついているが、問題ない。両手の指をわきわきと這わせるように。踏み出した一歩が空いた酒瓶を踏んづけてすっ転んだ。


「おぶ……ッ」

「まーじーごーめーんー」


 上げた顔面に千鳥足が直撃する。跳ね上がった肉体にボディブローが三発。どれも踏ん張りが効かないはずだったが、あまりにも重たい。確実に狙ってやっている。たっぷり詰まった酒瓶でゾン子を殴り倒すと、コロンブスは栓を開けてラッパ飲みを始める。


「ぐぅ……ちっくしょ、う…………」

「頑張って頑張って! 負けるな立って! ほらさっさと立って!」


 健気な声援が死体の胸を打つ。というか鞭を打つ。


「お姉ちゃん! ほら、立って頑張って! なんでそこで諦めちゃうの!」

「……君、さりげなく鬼畜だよね?」


 酔っ払いの言葉なんてガン無視して、エヴレナは応援を投げつける。呻きながら立ち上がるゾン子だが、その足はやはりふらついている。エヴレナは自分もうまく歩けていないことにようやく気付いた。


「なに……にゃんで、こんにゃうみゃく……?」

「――――これ、酒か?」


 ゾン子が呟くように。

 敵を酔わして酩酊に落とす。誰が呼んだか「有情破願拳」。


「あぁれ、未成年に見えたけどもしかして飲んべえさんだったり?」

「肉体は成人してるってえの! クソ、僕ちんそんな強くないんだよな……オグンあの野郎、今こそ出番だろぉに…………」


 視界がぐるぐる、目もぐるぐる。こうなってしまえば、人はまともに戦えない。コロンブスは空いた酒瓶を地面に叩きつけてにやりと笑う。破片が飛び散り、少女たちの柔肌を傷つける。そして、その鋭利な断面は喉を引き裂くには十分だろう。


「はっは! 僕が邪魔者を始末するから、お前らは標的を確保しろよ~!」


 コロンブスが上機嫌で手を上げる。アルコールの霧、酒精霧夢。だから部下の武装探偵たちは近付いてこなかったのだ。真っ赤な顔でぶっ倒れるゾン子に酔っ払いが覆い被さる。エヴレナは這ってでも距離を取ろうとするが、その先に待っているのは武装探偵たちだ。

 その牛歩が、途中で止まる。

 凄惨な悲鳴とともに、ゾン子の喉が引き裂かれたのだ。

 エヴレナはゆっくりと振り返る。その表情を見て、コロンブスがぴたりと止まった。全てを諦めた、絶望に染まった顔ではなかった。むしろ、活路を見出だしたかのような、そんな決定的な希望。


「んん? どうする気かい?」


 エヴレナが手に持っていたのは、倒れた武装探偵が持っていたライター。震える手で火を点けて、全力でぶん投げる。コロンブスは手を伸ばすが、もう遅い。


「アルコールはね、燃えやすいんだよ――ッ!」







 あれだけばら蒔いたアルコールは、いとも簡単に引火した。小規模な爆発のように炎上する。立ち上がる炎と煙、死体少女ごとコロンブスの身体は焼きつくされる。

 そのはず、だった。


「――それさあ、そう、爆発オチ。さっきやったんだよねえ……天丼ってやつ?」


 高い炎耐性。コロンブスは平気な顔で生存していた。むしろ少し酔いが覚めてしまったくらいだ。落ち着いてアルコールを摂取する。


「それにまぁ、僕を倒したところでそうするの? この包囲網を君一人の力で抜けられるとは思わないけど」


 エヴレナは大きく息を吸い込んだ。その動きでフードが脱げる。あらわになった頭頂部には、銀色の角が二本生えていた。竜であることの証。自分が狙われる所以。

 ドラゴンの代表的な攻撃、ブレスだ。

 しかし、その動きが途中で止まる。ゲボゲボとえずくように顔を下ろした彼女の口からは胃液がだらだら垂れていた。アルコールの摂取し過ぎで身体がおかしくなっている。


「もちろん、僕の計画通りだけどね。そのブレスは脅威だから封じさせてもらったよ」


 立ち回りで。

 だからコロンブスはゾン子を少し泳がせていたのだ。希望を煽って、時間を稼いで、泥酔状態に陥るまで。水っぽい呼吸を続けるエヴレナは、それでもきっとコロンブスを睨み付けた。竜化でもするのかと警戒するコロンブスだが、もっと直接的な化け物が後ろにいる。


「――にゃろ、一度死んでようやくアルコールが抜けた。ぶっ殺してやる」

「――――――は?」


 ごろん、と酒瓶が転がる。死んだ奴が当たり前のように立ち上がってる。そんな嘘のような光景。不死身の死体。そんな可能性は考慮するには荒唐無稽が過ぎる。

 理解の外にいるもの、人はそれを化け物と呼ぶのだ。


「あっはっはっはぐぅぼ、げぼ、おろろろろろぉぉぉ」


 勝ち誇った声を上げようとしたエヴレナが胃液を吐き戻す。彼女の泥酔は当然ながら回復していない。


「……だから、なんだというんだ。君じゃ、僕に勝てないことに変わりはない」

「え、そんなわけないじゃん。タネさえ割れればおっさんなんてカモだよ、カモ」


 強がりだ。コロンブスは新たに酒瓶を取り出す。ゾン子は今度こそ、正常な思考で、その両指を這わす。踊るような足取りは、精霊に一斉蜂起を促した。

 瓶を満たすのは酒で、即ち水だ。

 秒殺だった。酒瓶が破裂して水の蛇が幾重にもコロンブスに食らいつく。どこに隠し持っていたのか、大量の液体アルコールが破裂してコロンブスを引き裂いていく。最後に、噴き出した鮮血がくるくると集まって炎上を消化する。


「……プロファイルがね、間違っていたんだよ」


 水を操る死体。そんなものの予測なんて不可能だ。あの有栖摩武装探偵社の捜査力を出し抜ける技術力が、カンパニーにはあったのかもしれない。それも、即時対応可能な。


「さ! これでもみゃだ私をにぇらおろろろろろろ」


 とても見ていられない光景である。

 ゾン子の肩を借りて立ち上がるエヴレナは、しかし信じられないものを見た。周囲に武装探偵が一人もいない。呆れるほど鮮やかな撤退。そして、間抜けは自分達だった。


 赤いフルヘル軽合金が対物ライフルを向けていた。

 白色カーボンが対戦車バズーカを向けていた。

 黒い鎖帷子が大量のチェーンソーを向けていた。

 十メートルを越える巨体がミサイルを向けていた。

 巨大な卵型がぷるぷる震えていた。

 薄緑色の軽合金装甲がファングガンを向けていた。

 全身金ぴかがグレネードランチャーを向けていた。

 謎の六角柱がカメラを向けていた。

 ゴリラがドラミングしていた。

 水色の細身がワイヤーを張っていた。

 なんかすげーでかいのがいた。

 紺色のキグルミがリボルバー銃を向けていた。

 頭部骸骨が爆薬をばら蒔いていた。

 鋭角ポリゴンがモンスターマシンガンを向けていた。

 巨大な球体が黒いドロドロを吐き出していた。

 赤褐色の人型がパイルバンカーを向けていた。

 大きなカメラアイがシルバーガンを向けていた。

 ピンクの魔法少女がライトライフルを向けている。

 中性的な美形が両手で専用ソードを向けていた。

 奥でトーテムポールが竜巻を起こしていた。

 角持ちが時間を止めていた。

 黒いアーマーが超低周波を発していた。

 エメラルドグリーンの昆虫がワープホールを作っていた。

 灰色の重合金装甲が放射線を照射していた。

 黄色いスポンジが大きなハンドガンを向けていた。

 そして、スク水幼女がしたり顔でゼータライフルを向けていた。


 動けない。一歩でも動けば挽き肉だった。そもそも時間が止められていた。

 カンパニー製の殺戮兵器、アルファベットシリーズ。鋼鉄の殺意に囲まれながら、少女二人は顔を見合わせる。

 いざ、豚箱への道は開かれん。



「もう、ここでゴールしてもいいかな?」


「諦めたら、そこで試合終了だよ」


「いや、ボスはやっつけたんだぜ? 俺様の大勝利だろ!」


「失敗条件『私が捕まること』ってあるよ?」



 依頼を失敗することもあるよ。


 だって、死体だもの。


         ゾン子







 ユーモア。

 H型のアルファベットシリーズ。六角柱の電柱のような機体がうねうねと揺れている。というか根元を猫耳幼女が揺らしていた。ご褒美のなでなでが届かないのだ。


「標的のしんりゅー確保、お邪魔なぶそーたんてーもやっつけた。えらいえらい」


 ハッキングホリック、それがこの戦いの肝だった。

 H型はサイボーグの素体となった人間の脳とコンピューターを直結し、ダイレクトにネットワークにアクセスできるように改造してある。そのハッキング能力は現行最高レベルであり、目の前の人物に関していきなり情報を集め、経歴の書き換えを行うなんて朝飯前。まさに情報戦特化の性能が探偵コロンブスを陥れたのだ。

 もし、水を操る不死身だと分かっていれば。彼は最初の一撃で昏睡状態に堕として、縛って捨てていただろう。 


「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」「しんりゅー」


 連行される標的を映像が写し、歓声が上がる。幼気な少年少女たち。彼ら彼女らは皆殺戮さいぼーぐだった。そして、裏でこの刑務所を牛耳る悪鬼の群れ。

 そんな歓声の中、ただ一人猫耳幼女だけは違うものを見ていた。


(『異世界死体』――――……)







 依頼はひとまず失敗した。しかし、それで全てが終わったわけではない。しぶとくもしぶとい死体少女は、必ず豚箱から這い出てくるだろう。やがて、この依頼をきちんと果たすことも出来るかもしれない。

 そして、神龍と称される銀髪少女は。

 その小さな身に果たして何が秘められているか。


 異世界死体と銀髪神龍の脱獄編に続く!(予定)

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