鋼鉄兵器! 陰謀と策謀の包囲網
「……どうなってやがる?」
完璧なはずの包囲網が三十分もしないうちに半壊していた。動員数、一万人である。地理も人数もこちらに完全に分があったはずだ。たかがレジスタンスと侮ったわけではない。というか、そのレジスタンスは当に壊滅しているという報告だった。
氾濫する下水。
刑務所を守護するアルファベットシリーズ。
そして、標的を連れて逃げ回る青ワンピースの謎の女。
その全てが特筆すべきイレギュラーの数々で、むしろイレギュラーしか発生していない。やはりカンパニーがまともに関わるとろくなことにならない。男は酒瓶をぐっと傾けた。酒、飲まずにはいられない。
「おい! βプランはどうだ? 確か同時平行だったろ」
「はい、それはこちらに」
「あるならさっさと出せ」
気の効かない部下に若干苛つきながら、男は目を細めた。緑の迷彩服を着た幼女が縛られて転がっていた。その小さな身体を踏みつけて、男はようやく口許を緩めた。
「ああ、なるほど。こいつもサイボーグだったか。レジスタンスの奴、スパイにまんまとやられてたんじゃねえか。あの青いお嬢ちゃんもそっちの回しもんだかな」
始末しとけ、と部下に吐き捨てる。部下の男は幼児相手に困惑してるようだった。ぐいっともう一本盛ってから、酔っぱらいの男は改造スタンガンを投げ渡す。殺人級の電圧に引き上げている。
「だ、か、ら、サイボーグだって言ってんだろ。そいつはただの殺戮兵器だよ。密偵に特化した、だからそんな見た目なんだよ」
にんまりと笑った幼女が男を見上げる。その瞳はよく見ればカメラアイなのがはっきりと分かった。不敵な笑みだ。好戦的で、何かを狙っているような。
「はてさて、今からどう修正するか……最低でも標的だけは連れ帰えんなきゃなあ」
「ずー、ぞーん」
「――――は?」
火薬の臭い。ナニに着火したのか。
フリッツ・コロンブス。この包囲網を指揮する男は、有栖摩武装探偵社の中でも「四牙」と呼ばれる幹部の一人だった。その実力は確かで、頭も切れる。そんな彼が半秒対処が遅れてしまったのだから、きっと迷彩幼女はうまくやったのだろう。
幼女が、盛大に爆散した。辺りは火の海に沈む。
◆
下水道では、ゾン子の独擅場だった。正直、カンパニーのゲテモノ兵器に比べれば武装したただの人間なんてちゃちな玩具みたいなものだ。水のタリスマン。そういえば前にも下水を氾濫させたような気がするが、あれもアルファベットシリーズ関連だったか。
(全っ然楽勝じゃなかったけどな!)
そこら中からザッケンナコラーされたりとんでも兵器がぶっこまれたり、とにかく散々だった。廃屋の一室で休憩するゾン子の頭を、銀髪少女が小さく撫でる。
「大丈夫?」
「うぅ、優しさが染みるよぅ……!」
「うん、頑張って! がんばれがんばれお姉ちゃん!」
ゾン子が勢いよく立ち上がって自分の頬を叩いた。銀髪少女には妙なカリスマがあるようだった。応援されるだけで不思議と力が湧いてくる。こうしていると、レジスタンスのみんなも彼女のために頑張ってくれてきた。とっても便利な力である。
「……レジスタンスのみんなは、どうなったの?」
今まで黙っていたことを、ついに口に出してしまう。
「ん? ほとんど死んだと思うよ? カンパニーの奴ら容赦ないもん」
「………………そっか」
今まで自分を守ってくれていた人たちがあっさりと死んだ。その事実に胸が重たくなる。しかし、そこで足を止めてしまえば彼らの犠牲は本当に無駄になってしまう。頑なに死守するマントとフードを握り締め、生き抜く覚悟を。
「じゃあ、お姉ちゃんがちゃんと私を守ってよ。うまく使われてね」
「あいよ! ……え、なんて?」
黒い笑みを浮かべながらエヴレナは立ち上がる。まずはこの11番コロニーを脱出しなければ。
直後、廃屋の天井を突き破って、重合金装甲のゴリラが降ってきた。
「き、危険手当てを~!」
武装探偵が何人か下敷きにされる。ゾン子はその間に水の刃を形成して、関節部を。
「お姉ちゃん、横!!」
はっと視線を逸らしてしまう。
ブリリアントブラインド。B型サイボーグのスペシャル。
点滅と乱反射。圧倒的な光量が視界を覆い潰す。狙いが完全に逸れた。しかし、サイボーグには関係ない。ゴリラの馬鹿力が全てを挽き肉に変えようと。
「――――仕事の横入りは……マナー違反だぜ?」
光が炎に塗り替えられる。溶けた鋼鉄を適当に蹴り飛ばして、現れたのは冴えない容貌の中年男。白髪混じりでぼざぼざの髪、ヨレヨレのレインコート、赤ら顔で酒臭い。
だが、アルファベットシリーズを二体、瞬殺した。
「ようよう、やんちゃしなさって。お陰で僕が直接出張る羽目になったじゃんか」
四牙、フリッツ・コロンブス。
思わぬ大物が出てきた。エヴレナの表情が固まる。この冴えない外見に騙されてはいけない。鬼殺しのコロンブス、その異名は確かなものなのだ。侮っていると瞬殺される。
しかし。
「ぎゃははは! おっさん昼間っから酔っぱらってんじゃねえぞ! 思わせ振りに出てきて愉快なだけだぜぃ?」
馬鹿な死体が速攻で丸焼けにされた。
◆
「……ほう。流石、僕と同様の炎耐性を持つだけはある。なあ、屍神のゾン子ちゃん?」
「……どうしてあたしのことを?」
「ちょぉっとデータベースを調べさせてもらったよ。君、カンパニー界隈では割りと有名人だったみたいだね」
コロンブスは、探偵でもある。(当たり前だ)
その捜査力はもちろん一流で、カンパニーのデータベースの一部を掠めとるほど。ついさっき存在を知った邪魔者も、こうしてプロファイルが完成している。丸焼きにされたはずの青いワンピースが復活していることも驚きはしない。しかし、エヴレナの頭には疑問符が浮かんでいた。
(炎耐性…………?)
これは絶対に秘密だけど。そんな前置きとともに、あの死体少女は自分のことをべらべらと喋っていた。
不死身であること。
水の精霊を操ること。
死体を使役できること。
そのどれもが疑わしいものではあったが、この逃避行中に何度も実例を見せられている。ちゃんと聞いている余裕などなかったが、属性への耐性なんて言ってはいなかったはずだ。今のも単に死んで復活しただけ。それなのに、どうしてあんな勘違いを。
「…………お姉ちゃん、アレが親玉だよ! とっても強いんだよ! 頑張って!」
「マジかッ!? まあお姉ちゃんに任せとけ! お姉ちゃんに、任せとけ!」
二度も言った。効果テキメンである。
「へえ、やる気か。大人しくその子を渡してくれたら、見逃してあげるけど?」
「変態。ロリコン。死ね。酔っぱらい」
「あ? 誰が酔っ払いだって? 酔っぱらってない僕を見たことがあるのかい?」
「反応するとこそこかよ」
コロンブスが酒瓶を両手に持つ。ちょっとお高いやつだ。ゾン子は不審に思いながら警戒。ぐいっと一杯引っ掛ける様子を見て。
「……え? もういい?」
「いいからいいから……やれやれ、あんたはうちのカミさんよりは強いのかね」
コロンブスが指をくいっと上げて誘ってくる。
ゾン子は真っ正面から飛び掛かる。鬼殺し。ゾン子は丸焼きにされた。
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