vs禿with白血球、大腸

「俺は止まんねぇからよ、お前らが止まんねぇかぎり、その先に俺はいるぞ!」


 悪役を鉈で斬り刻んだ禿男は、海を眺めて指を伸ばしていた。

 あちこちで悪さをしている死体少女がいる。そんな嘘偽りない話を聞いて、頼れる正義漢は悪を成敗したのだ。禿てはいたが、男の中の男だった。禿ではあったが。そんな禿の誤算はただ一つ。一つではあるが、彼の髪の毛よりは多い。

 背を向けるフサフサの男は、彼女の兄貴分だったということ。


「だからよぉ――――……」


 口上は血だまりとともにフェードアウトした。左胸を貫手が穿つ。屈強な死体を蹴り飛ばし、レグパは舌打ちした。


「…………いつまで寝ている」


 兄貴分の怒気に鋭く反応したが、その姿は異様の一言だった。

 まず、その身体は真っ白だった。

 カマンベールチーズを思わせる白い外皮がべったりと、眼球と口、鼻の穴以外に張り付いている。チーズのようにとろける脳は馬鹿になる。バカ犬のように飛びかかってきたゾン子を、レグパは膝で蹴り上げた。


(なんだ、コイツは……)


 明らかに異常。

 


「はは、洒落にならんな」


 ゾンビと化したゾン子が再びレグパに襲いかかるが、まぁ、勝てるわけがない。雑に海原に投げ捨てられた死体が、泡を浮かべて沈んでいく。

 押して返す大津波。精霊の使役まで出来るとは予想外だった。大自然の脅威に、大自然の叡智を養う仙術すら屈した。為すすべもなく飲み込まれる。







 レグパが生き残れた理由を挙げるならば、戦士としての危機感が卓越しといたのと、やはりゾン子が阿呆だったことだろう。一度海底に叩きつけられたレグパは、力強く大木の小舟を浮かべていた。


(危なかった…………詰めが甘いのはそのままか)


 あのまま海中で追撃されていたら勝ち目は薄かった。しかし、それをしてこなかったということは。操り手が賢くないか、支配がか。

 後者であれば、レグパにも覚えがある。即ち、脳に寄生して自殺を促す寄生虫の類。不死身の屍神に限れば、この上なく効果的な解決策がある。


(だから――――死ね)


 死んでも復活するのなら、全てをリセットするまで。が、勝ち筋を見出したレグパがその膝を折った。急激に力が抜ける。そういえば、この近辺だけ不自然に暗い。小舟に乗り上げたレグパは、信じられないものを見た。


「なんだ…………アレ」


 黒色の肉のヒダが積み重なって塔のようにそびえ立っている。数百メートルもあろう巨搭。仙術を操るレグパには、その不自然な生命力の流れが見えていた。吸われている。海にそびえ立つクリーチャーの周囲だけ、生命体が欠片も感じられない。


「これほどなのか……カンパニー――ッ!」


 そんな冒涜的な光景に骨の下で歯噛みする。小舟が大きく揺れた。真っ白なゾンビと化した妹分がにたりとこちらを見つめている。彼女が発する高温のエネルギーも、あのクリーチャーに吸われていた。

 それだけでなく。

 こともあろうか、小舟をあの巨搭に進ませていた。

 水を操る彼女ならば、こんな小舟一つ操るのは容易。しかも近づけば近づくほど吸収される量は増している気がする。レグパがついに片膝をついた。同時、真っ白なチーズのような妹分もひふれした。限界値を超えたのだろう。レグパは残った力を振り絞って、二人揃って海中に飛び込んだ。


(吸収量には限度がある。海中のバクテリアへの吸収に紛れてなんとかやり過ごすか……)


 具体的には、滅茶苦茶頑張る。首をへし折られたゾン子から謎のウイルス生命体がこぼれ落ちていく。逆さにした小舟を蓋のようにして、辛うじて酸素を確保する。脱力した肉体に無理矢理力を込める。

 泳いで、あのクリーチャーの吸収範囲外に。

 アレは、無理だ。肉体一つで立ち向かうにはあまりにも無謀。幸い、アレは移動出来ないらしい。一体どんな経緯であんなところにそびえ立っているのか不明だが、もうどうしようもない。


(分からん。一体どんな冒涜を犯せばあんなものが生まれるのか――…………)


 分の悪い体力勝負だったが、屍神の頼れる兄貴分はこういう時必ずやり遂げてきたのだ。

 今回も例外ではなく、ターゲットの二人はしぶとくカリカチュアどもから逃げおおた。それが果たしてこの世界にとって良いことだったのか、それは神のみぞ知ることである。







 東南アジアのどこかに、とても危険な海域がある。

 船乗りたちの間でまことしやかに囁かれる噂だ。


――曰く、その海域に踏み入った船は幽霊船みたいな有り様となって返ってくる。


 生気が抜けた大量の死体。しかもその全身はカマンベールチーズのように真っ白に蕩けている。そんなものが積み荷と混ざってごっちゃになっている。そんな目撃証言があったようななかったような。幸運にも、その海域を通ることにメリットは皆無だったため、犠牲者はほとんど出ていない。

 果たして、本当に幸運なのか。

 犠牲が少ないからと各国政府が対抗策を練るような事態には至っていない。そもそも経済水域が複雑にいりくんでいるデリケートゾーンである。ただの噂に深入りするメリットは皆無だった。だから、あのクリーチャーは現在も存在している。

 そびえ立つ巨搭は、未だ生命力を吸収し続けて成長している。

 未知のウイルス生命体は、吸収に抵抗しながら自己増殖を続けている。

 その支配圏は――じりじりと広がっていた。

 だが、それはほんの僅かな牛歩の進度だった。百年か、二百年か。それだけ時間があっても人類の生活圏に影響は及ぼさないだろう。しかし、それでも確実に脅威は成長し続けている。

 いつか。幾百年か経った頃。

 人類はそんな選択を強いられることになるだろう。


 これは、そんなお話。

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