vsヒキタテ=ヤーク

※戦闘方法の参考までに





 二日目、のいつか。

 『エルフ保護区』ディープ・グリーン。


「いやあ、本当にファンタジー世界に来られるとはすごいもんだぜ!」


 どす黒い魔法服を纏って少女はにっかりと笑った。謎の美少女を追いかけるままに来てしまったが、本物のエルフに会えるとは思わなかった。背後に浮かぶ六つの巨大な眼球が円周上に巡る。

 これまで、何度かエルフに襲われた。最初は物珍しくて遊んでいたが、あんまり強くないと分かると適当に


「えへへ、エルフちゃんはやっぱり可愛いなあ! 俺様はこういうのに憧れてたんだよ!」


 はしゃぐ少女の名前は、高月あやか。彼女に降り注ぐ視線は様々だ。怯える視線。とろんと熱い視線。虚ろな視線。後ろから順に、喰われた奴、性的に食われた奴、その現場を目撃してしまった奴である。

 終わりのあやか。

 エルフの皮を被った化け物たちは、虚ろな視線のまま変わらぬ日常を過ごしている。生を謳歌し、業を清算する。


「っても流石にそろそろ飽きてきたなぁ」


 大蛇の丸焼きをボリボリかじる。あやかは豪快な飯が好きだったが、同時に家庭的な手料理も得意としていた。エルフたちにも満遍なく振る舞っている。お腹が空いていたようで、それはそれは感謝された。


「ごめんな、喰っちゃうのは俺様もどうしようもないんだ」


 また一人。エルフが黒い沼に飲まれた。じたばた喚くが、黒い腕が何本も生えて引きずり下ろす。新たな終わりのあやかがその皮を被る。


「来世は幸せにな」


 それでも、あやかはエルフの輪の真ん中にいた。何故ならば、彼女はどこだって人を惹き付けるヒーローだからだ。とん、と軽い音とともに跳躍する。エルフの輪を飛び越して着地。その脇腹に大槍が突き刺さった。







 デュエル成立の合図は、遅れて聞こえた。そういえば、代理戦争だと聞かされていた。


「――♠陣営の代理と見受ける。我が名はヒキタテ=ヤーク。その命貰い受けた」

「おい――こいつらに当たるところだったぞ」


 若干イラついた顔であやかは敵を見た。二メートルはありそうな長身に、武骨な鎧。背には大剣が二本。見ただけで強そうな強面。

 あやかは血の塊を吐いた。見るまでもなく、致命傷。大槍を強引に引き抜いて、その肉体が横倒しとなる。


増幅リロード――リペア」


 自然回復力が増幅される。骨がメキメキと唸り、肉が膨張して傷を塞ぐ。全快まで一秒もかからない。あやかはにっかりと笑う。


「俺様は、あやかだ」

「なんだ……この小娘」


 今ので決まったと思っていたヒキタテは、ややたじろぐ。だが、彼とて歴戦の鎧武者。背中の大剣を引き抜き、あやかへと向ける。


「くらえぃ!!」


 黒い稲妻が走った。瞬足の蹴りが形のない雷を弾き飛ばす。


「うわぉ、ファンタジー!!」

「斬殺落とし!」


 大剣が巨大化、分裂して少女に降り注ぐ。あやかは拳を握って凄惨に笑った。


「リロードリロード」


 そして、放つ。


「インパクト――!!」

「な、にっ」


 打ち砕かれる鋼の群れ。


「だが、距離さえ詰められなければ」

「リロード」


 一歩、一歩。そんな小さな積み重ねすら増幅される。灰色の道が延びた。


「ロード!」


 一息で懐に。笑って踏破するヒーロー少女に、鎧武者が固まった。大鎧に拳が叩き込まれる。内部に打ち込まれたエネルギーが。


「リロード、クラッシュ!!」


 弾け飛ぶ鎧と肉体。割れた風船のように色々飛び散らせながら、鎧の内側に隠していたベルも粉微塵に吹き飛んでいた。


「くっ――我が、こんな小娘に負けた」

「ただの小娘じゃねえ、俺様あやかだ!!」


 血濡れのまま膝を落とすヒキタテ。文句なしの完敗だった。その姿を、じっとりと六眼が見下ろす。


「その目は、ざわめく」


 心が、蠢く。どうしようもない焦燥感に駆られ、沸き上がる不安がその身を押し潰した。黒い沼が、足元に。


「じゃ、いただきます」


 黒い、腕が。腕が。腕が。腕が。腕が。黒い腕が。

 絶叫を上げてもがくヒキタテを沼に引きずり込んだ。いずれ、その皮を被った終わりのあやかが湧いてくるだろう。


「来世でもう一回戦えるぜ?」


 皮肉のつもりであやかは言った。彼がエルフを奴隷にしていたのは知っていた。さっきもエルフをわざと巻き添えにするつもりだった。

 悪は滅する。それがヒーローだ。







『おや、移動なさるのですか?』

「ああ、いつまでもここにいちゃあこいつらに悪い」

『せっかく有利な布陣を張れましたのに』

「悪いね、リンドちゃん」


 ここのエルフたちはもう大丈夫だ。あやかは自分をここに連れてきた美少女ににやにやしながら返答した。ご飯の作り方も教えてあげたし、これからは自分達で何とかするだろう。


「ヒーローは強くなくちゃな。俺様は最強だから一番正しい」


 見送られる視線。

 惜しむ視線。感謝の視線。友好の視線。怯える視線。熱っぽい視線。そして、虚ろな視線。



「さあて、どこ行こうかな! 俺様楽しみだぜ!」


 あやかはにっかりと笑った。憧れのファンタジー世界だ。色々見て回って、強い奴としのぎを削れたら最高である。

 人生は、楽しい。

 背後に六つの巨大な眼球を引き連れながら、完全無欠の正義は世界に笑う。虚空に滲み出た三つ目の球体が、その姿を見つめていた。

 

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