屍兵統べる屍肉の女王

「なあなあ、アライさーん」

「誰がアライさんだ!! 全く、どうしてコイツがここにいるのだ…………」


 黒と灰色、前後で分かれた色の髪をがしがしと掻く。アライグマの獣人。この小柄な女性がまさかあのP・W・カンパニーの現社長だとはゾン子は思いもよらなかった。バレたら面倒なことになるので、スーツの女は意図的に黙っていた。


「海老ってやっぱいいよねー、蟹と違ってさ。あっちは殻を剥くのが一々面倒なんだよなー!」


 生の伊勢海老を殻ごとぼりぼり貪る死体少女を、果たしてどうするべきか。こいつは蟹でも殻ごと貪り食うだろう。アライグマも、もしかしたら。


「魚介ってこっちじゃ中々食べらんねぇからね。こんなご馳走をラッキー様々だぜ!」


 そのまま帰ってくれ、と思うがそうにもいかないだろう。右手に次の伊勢海老、左手に――青いリード。ペットとかを散歩に連れ出すための、あの紐だ。

 現社長モナリザ・アライは顔をしかめた。アレに、忌まわしい記憶しかない。人間が家畜を従える、支配の象徴。そして、目の前の光景には、吐き気すら覚える。


「ああ、フーちゃんもお腹空いたよねん! ねえねえ、ドッグフードとかキャットフードとかあるでしょー?」


 獣人、というものに縁のない世界だったらしい。彼女の中では獣人は犬猫と大差ない。そんな感覚で見られていることにはとっくに気付いていた。


「あるか。海老でも食わせてろ」


 ぶー、と頬を膨らませるゾン子。繋がれた、大人しいペットの口に、雑に伊勢海老を突っ込んだ。どうせ食べ放題なのだ。どうしてこんな無駄を、という文句は飲み込んだ。

 バリバリ、ボリボリ。

 殻ごと噛み砕かれる音。ペットの口からたらたらと血が流れた。そりゃ、刺さるだろう。痛いだろう。床を汚してしまうだろう。もー、とにたにた笑いを張り付けた死体が人差し指を立てる。


「フーちゃん、めっ」


 机用の台布巾で床の血を拭うと、ペットの口に吸い付いた。口内の傷を舌で舐め回し、血を吸い上げる。じゅるじゅるという嫌な音が無音の部屋を満たす。たっぷり一分間、口を離したゾン子の口端から赤みがかった涎が垂れた。んぅ、と嬌声を漏らしながら上機嫌のゾンビはソファに横たわった。


「あぁいいわぁ――――ペット、欲しかったんだよねぇー」


 四つん這いの、未だ口からぽたぽた血を垂らす、虚ろな目をした、整った顔立ちで、イケメンと称されそうな、ゾン子のペット。

 人間の死体。

 正確にはこの世界で『魔族』と呼ばれる人種である。だが、その違いは肌の色ぐらいしかない。ゾン子が「かわいい」と称賛している頭の王冠は、彼がそれなりの身分の人間であったことを示していた。

 死体少女はそんな事情を欠片も知らないはずだが。


(なんという……巡り合わせだ)


 カンパニーによる暴虐のスイッチを押したのは自分だ。こんな悲劇を少しでも食い止めるために、自分は社長の座を守らなければならない。カンパニーの社長の座を賭けた戦争。その一陣営に、化け物のペットと化した彼の、妹がいるのだ。

 彼が虐殺されるトリガーを引いたのは自分だ。

 彼女を戦争の舞台に引きずり出したのも自分だ。

 だが、しかし。これは、こんな因果など有りうるものか。こんな悲惨な運命を引き起こそうなどと、決して考えられないことだった。

 こんな暴虐が軽いノリで許されるのか。価値観が、全く重ならない。理解の外にいる存在。人はそれを、化け物という。


「でさー、ゴム頭ポン太郎だっけ?」


 ぶちり、とモナリザのこみかめから嫌な音が鳴った。どうして今さらこの問題まみれの生物兵器が現れたのか、その原因がはっきりした。


「けっこー私好みだったけどなぁ。どこ行っちゃったの? 前に似たような感じで連れ回された、『カンパニー』っていうクソみたいな奴らとはエライ違いだ。『コンパニー』だっけ、アンタら」

(バカだ。こいつやっぱりバカだ! ずっと思っていたけどバカ以外の何者でもない、バカだっ!!)


 頭の中の語彙力が殺されていく。この戦争は何が何でも絶対に勝たなければならない。彼女はバカだが利用すればそれなりの戦力にはなる。両手で顔をくしゃくしゃにしながら考えを巡らせる。

 だが、既に手持ちの戦力は悪くない。少なくないカードが手元にある。勝ちの目は十分にある。なら、目の前のリスクは排除してしまった方がいい。冷静にそう考える。

 しかし、そうできない理由があった。

 


「あの担当者が好き勝手やっていいっつーから、好き放題やらせてもらってるけど……これ、大丈夫?」


 化け物は、既にを起こしていたからだ。







 なぜならこれは怪奇物語、怪奇の夜。

 Cause This is thriller, thriller night !!!!


「いえいぃ!!」


 『血と毒の沼』ジェノサイド・ライン。

 大はしゃぎでゾン子が手を叩く。戦場で死体が踊っていた。ゾン子ではない。現地で気紛れに使役していた屍兵たちが一糸乱れぬダンスを踊っていた。その中心で圧倒的なカリスマを放つイカしたゾンビ。

 マイク=ジャンクソン。

 現地で大層有名なシンガーダンサーらしい。非業の死を遂げて全世界が絶望に包まれたとされる、超有名人。ゾン子が無造作に漁った死体の中には、そんな大物が含まれていた。


「いやっ、ほんとすげーわ! 俺っちの支配権もぎ取る勢いだもん」


 それほどの圧倒的カリスマ。使役する主も目をハートマークにして身体を震わせていた。左手のリードを強く引くと、イケメンペットの顔が尻に突撃する。


「やんっ」

「あーーぅ」

「もうっ、オマセちゃんなんだからっ!!」


 もじもじと身をくねらせて顔を赤らめる。にやけている。首に直接繋がれたリードを絞められた反射反応。それを別の男に目を奪われたことへの嫉妬と曲解する。

 プリンス・フークリッド。

 彼もまた、有名人であった。魔族の国を統べる支配者の一族。ゾン子は詳しいことまで知らないが、とにかく王子さまなのだ。それを、自分の王子さまなのだと曲解する。都合よく受け取る。


「ああ、楽しぃ……」


 うっとりと顔を緩ませる。ここは、彼女の王国だった。彼女にとって、全てが都合の良い楽園。社長でデュエルがブルーアイズとか言っていた気がするが、まあそこは成り行きである。そんな軽いノリで戦場を見渡す。

 反抗勢力としてカンパニーに虐殺された彼らは、死してなおその尊厳を踏みにじられ続ける。戦場には、それなりの数のデッドマンズウォーキング(※せいぜい百前後)がひしめいていた。

 雑に使役される彼らは、主が姿を消しても行動を続けるだろう。動きを止めるには、彼らを解放するためには。

 彼らの主を。

 ゾン子を。



――――屍神アイダを、戦闘不能にするしかない。






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