vs異世界螻蛄(番外)
オセアニア某所。
「スゴイ、ギジュツ……」
専用の設備もなしに、虫人の傷はほぼ完治していた。魔法の効きにくいよう改良されている肉体に、それでもしっかりと効果を及ぼした。骨を被った男は、仙術と言っていた。
「ああ、君の話に聞く魔法とやらとは系統が違う。使った薬草はこの辺りに自生しているものだし、血の巡りや気功も少し弄っている。あとは風水も気休めに」
それらを統合して仙術、と屍神の男は言った。
研究者畑の彼女にはあまり馴染みのない発想だった。そこにある自然を、あるがままに最大限活用する。それこそが人が生きる知恵だ。
「もちろん、君自身の自己回復力によるところも大きかった。よく頑張ったな」
ぽん、と頭に武骨な手が置かれた。オケラは伏し目がちに頭を傾けた。心が震える。頑張った自分へのご褒美みたいなもの。
「君からの情報も有効に活用させてもらう。頂機関に、まんまロシア政府。俺がロシアで見たアレは、カンパニーが関与していた目があるな……」
他にも気になる名前を見つけたのだが、ビッグネームはその二つだ。骨の下から覗く口元が満足そうに笑う。
異世界螻蛄。彼女はくりくりした妙に愛嬌のある目を潤ませながら、短い触覚をぴこぴこ動かした。男が首元を擦ってあげる。蕩けるような表情で翅をぶんぶん振った。
こうすると、喜ぶのだった。
「さて、施術は終わった――本題に入る」
男の手が離れる。名残惜しそうにしゅんと肩を落とす虫人。微笑ましい様子に、しかし今度は、男の口角は上がらなかった。
「君はカンパニーを裏切ってなどいない。オルガノ・ハナダ氏の救出ではなく、奪還が目的だ。そうだね?」
◇
カンパニーの異形の研究者。彼女の話を聞いて、屍神の兄貴分たる彼には思うことがいくつかあった。
(アイダ……苦戦を強いられたが、一つも魂を無駄にしなかったと嘯いていたな)
嘘である。
不死身を生かした特攻でいくつもの魂を潰していた。しかも、目の前の虫人にはあろうことか敗北すらしていた。そこに心境の変化でもあったのだろうか、今はやや真面目に修行に勤しんでいるので不問としよう。
(発信器を仕込まれていた時点で気付くべきだったか……屍神の機密は漏らしていないと豪語していたが)
嘘である。
それどころか捕獲されて解剖までされている。カンパニーの研究者はそれはもう未知の間抜けに大喜びだったという。あろうことか、この虫人もそのメンバーの一人だったらしい。
「がっつり知られていた、ということか」
隠密行動を命じて、まさかここまで事が大きくなっているとは思わなかった。自分の不甲斐なさに落ち込む彼は、真面目な兄貴である。
「だから――――狙われた」
不死身の命を獲りに来た、のではなく。
まんまと利用されていたのだ。虐殺ゲームを盛り上げ、ひっちゃかめっちゃかにするために、あの死体少女が選ばれたのだった。オケラは悪びれる様子もなく口を開いた。
「ウン。ホカニモナンニンカイルハズダヨ、オニイチャン」
屍神レグパは戦士だった。
強く、強靭に在る。屍神として『王』に仕えるために、その技術の粋を極める。その彼が、悪意や敵意を全く感じなかった理由は。
「パパ、ヨロコンデクレル」
無邪気。悪意無き、黒。
(洗脳、というより……教育か)
正しいことをやったから誉めて欲しい。そんな無邪気な子どものような。無法図で法螺吹き見栄っ張りな妹分と比べると良い子なのかもしれない。
「シシン、スゴイ。オニイチャンハ、キットモットスゴイ。カンパニーノタメニナル」
屍神アイダを破った異形の研究者が小首を傾げて上品に笑う。出会った当初のあのにへらとした笑いは人を小馬鹿にする意図があったらしい。愚かで、抜けている不死身の少女を。
完全に死体少女の自業自得だった。あれでも不死身の端くれ、終わることなどないとしても。キカン坊で悪い子でどうしようもない奴だとしても。
「ああ、仕方がない。
でも――妹をコケにされて、黙っていると思うなよ」
男は手近に刺してあった半月刀を抜いた。被った骨を脱ぎ捨てる。上半分が火傷で覆われた彫りの濃い顔。戦士としての矜持か、彼は必ず手の届くところに武器を用意していた。
「分かっていると思うが、俺も不死身の死体だ」
「フジミヲコロス、オニイチャンヲカイタイシタイ」
ちょっと危ない表情だ。気に入られてしまったのは自覚していたが、少々方向性が歪んでいる。
無造作に振った半月刀。異世界螻蛄は一歩下がって射程から逃れた。
否。二歩、三歩四歩五歩六歩七歩八歩九歩、十歩。
(距離を取った……?)
だん、と力強い踏み込み。彼女の治療を行っていたし不死身の男は理解していた。強靭な高密度外骨格。あれを破る攻撃力は男は持っていない。
た、と軽い踏み込み。数歩で屍神が最高速に乗る。死体としての怪力、ゾン子と同じものだ。
(大、斬、ゲ、キ――――っ!?)
「俺の危機感がソレを撃たせるなと言っている」
じゅわ、と緑の蒸気が関節部から噴出した。化学兵器、アシッドミスト。外骨格の弱点である関節部に仕込まれたカウンタートラップ、新技だ。
この男は、虫人の肉体を確認している。関節部の弱点には気付いているはずだ。だが。
「し――っ!」
振るわれる半月刀。思わず防御してしまったが、高密度外骨格の前では無力。鉈のような手で反撃をしようと。
(ア、レ……?)
「関節部を攻められるのが君の負け筋だ。だが俺がその土俵に乗ってやる義理はない」
大柄な身体を丸めて懐に潜り込まれた。毒の霧はすぐに気化してしまう。でなければ、オケラ自身にもダメージになるから。この密着体勢、手が振り下ろせない。
「水月を狙う。だから腕を上げさせた」
そのための半月刀。毒の霧の気化速度は、風に乗った微量の霧から予測できた。野生には、毒を持った生物は少なくない。これも経験則で対応した。
(フジミノ、ハズ)
だから油断する。死んでも次があるから。だが、目の前の男は違った。
不死身だとか、タリスマンとか、そんなものは戦士の付属品に過ぎない。
「これが戦いの駆け引きだ。次の研究テーマにでもするといい」
決め手は、掌底。
もちろん外骨格は砕けない。しかし、その衝撃が、何故か鎧のような外骨格を抜いて、生身の肉体に、伝播していく。鎧通し。達人が放つ打撃は、インパクトの地点をずらすことが出来る。
外骨格に内側が、沸騰するようだった。視界がぐわんぐわんと揺れ、地面に突っ伏す。不思議と身体が動かなかった。活動限界までまだまだ時間はあるのに。
「ナゼ、コンナコトガ」
「君は、俺たちを馬鹿にしていないか? ゾンビだから脳味噌も腐っているなんて失礼なことを考えていそうだ」
考えてました。
虫人の触覚がしゅんとなる。屍神は不機嫌そうに口を開く。
「……我ら屍神は戦士の身。戦略戦術に頭を巡らせ、数多の魂を一つたりとも零さずに戦い抜く。妹を見て、学ばなかったのか?」
(ナットク、イカナイ……!)
穿った物の見方の出来る男だが、身内には甘いらしい。
「まぁ、いい。洗いざらい吐いてもらう。必要あらば俺自ら出向く」
虫人は、ぺっと舌を出した。何の意図か図りかねたが、その裏側に小型の機械が張り付いていた。
「……機械は疎い。が、整体には少々心得がある。応用すれば君の肉体にも有効な拷問が行えるだろう」
「ツナガラナイ」
「――――ん?」
虫人がよろよろと立ち上がる。立てる状態ではないはずだが、何が彼女を駆り立てるのか。
「パパ! パパトレンラクガ! ナンダコレハ! パパ! パパガ!!」
「落ち着け」
錯乱する虫人を男が抱き止める。大きな骨を再び被ると、虫人の耳元で、ゆっくりと、安心するように話しかける。
「君の傷は本物だった。ここに来るまで誰かに攻撃されたのは事実だ。そうだね?」
オケラが頷く。
「心当たりは?」
首を振る。その動きに僅かな淀みがあることを見逃す男ではなかった。
「嘘をつくな」
「ダッテ、アリエナイ――」
「カンパニーが君を攻撃したことが、か?」
小さく頷く。
「やはり、奴らも一枚岩ではないらしいな。君を躍らせた奴が、きっと他の人間も躍らせてたのだろう」
まるで道化のような奴だ、と呟く。
「行くぞ。君には二つの目が付いている。その目で確認しなければならない。それが君の運命だ。交叉路を歩め」
運命のタリスマンを操る屍神の命を受け、虫人は顔を上げた。背丈は彼女の方が高いはずだが、包み込まれているような安心感があった。
時はいつだったか。
とにかく、あの異様なオーロラが出現した直後だった。
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