vs.Z(遊戯)

 顔の火照りが収まりつつある頃、忍者刀の閃きがゾン子を襲った。


「にゃろめっ!」


 若干の自己嫌悪と共に我に返ったゾン子は、すんでのところで凶刃を防いでいた。

 深追いはしない。コンマ数秒の判断は速かった。ゾン子の反撃は追い付かない。見事な立ち振る舞いだった。


「な――――――っ」


 自らの頭部が胴体から離れる。その感触に慣れてしまっているのは不死身の死体故か。

 ゾン子はまず周囲を見回した。鉄帽を被った迷彩服を着た少年。分かりやすい記号だった。意識が飛ぶ寸前、ウォーターカッターを放つ。


(はっ、チビのくせにやりやがる――!)


 細い鋼鉄の糸。完全にゾン子の身長に合わせた仕掛けだ。もしかしたら発電所内の他の場所にも仕掛けているかもしれないが。

 だが、潜伏場所は甘かった。ゾン子の攻撃がZ型を両断し、直後に意識が途絶える。死んで、生き返った。

 忍者幼女はもういない。


「なんか、順調に動かされてる気がするな……」


 Z型を一体倒したが、手を返した気が全くしない。誘導されているような、そんな不吉な予感があった。

 が、ゾン子はそんな小さなささくれなど気にしない。







『Z』ゼロ――――途中スコア。



追加撃破対象、1。


 反撃者1000点×1=1000点

 合計、12000点







 潜伏を徹底され、ゾン子は完全に手詰まりだった。背後からの奇襲に警戒しながら、裸足の足でとたとた歩く。


「……いや、付き合ってやる義理はないけどなぁ」


 ポイントゲッターバトルは、向こうの事情だ。ゾン子にはゾン子の目的が……特に無かったかもしれない。


(親戚の子どもと遊んでやるってこんな感じ何だろうなー……経験ないけど)


 騒がしい。

 建物ごと揺れてゾン子がよろめいた。耳鳴りがキンキン響く。何かが起こっている。巻き込まれる前におさらばしたいゾン子は、勘の赴くままに足を進める。

 P・E・S、とは何の略語だったか。


「パンツ・エッチ・スケベ……だから好きでこんな格好してねえって」


 整然と並べられているのは、妙な液体が詰まった巨大なカプセル。人間が丸々一人入ってしまうものがいくつも。

 ゾン子は右手を振った。


(――あれ、反応しない……水じゃないのか?)


 どのカプセルにも太いパイプが繋がっている。中に人間が入っているカプセルがあった。死体に造詣が深いゾン子には、それがまだギリギリ生きていると分かったが、もう虫の息だった。

 このパイプは、カプセル内に栄養を与えているのか。ゾン子はそんな風に考えていた。


「こんなんじゃ、うまくいってねえんだろうな……」


 が、事実は逆。このパイプはエネルギーを吸い上げるものだった。

 最奥、妙に躍動しているカプセルの前でゾン子が立ち止まる。



――――止まるんじゃねえぞ……



 その声に、ゾン子ははっとした。覚えている。カンパニーを脱走した際に、助けてくれたあのお兄さんの声。確か、元社長だとか。

 そのカプセルを中心に、七色の光が広がった。激しい耳なりにゾン子は膝を折った。喉の奥、腹の奥底から悲鳴が溢れた。魂まで揺すられる光の鳴動は、10秒間続いた。


「………………なんだ、これ」


 ふわふわする頭で、考えようとする。自分が複数いるような、妙な錯覚を抱いた。死体でも未知の感覚だ。ゾン子は直感で理解した。

 パラドックス・シフト。

 虹色のオーロラを間近で浴びてしまったゾン子はその影響を濃く受けてしまった。選択の分岐点。有り得たかもしれないイフの自分。魂を複数持つからこその、平行顕現。

 別の自分が、別の場所で、別の何かをしている。


(しかもちゃんと服を着て、あったかいものでも飲んでるような気がする……っ!)


 妙な敗北感だ。こんなことなら幼女からしっかりバスローブを剥ぎ取っておけばよかった。頭を抱えて踞ると、あの短パンマッチョボーイの姿が目に入った。気配は完全に絶たれていた。


――――最高ポイントの標的を発見


 嫌な予感がした。ゾン子が手を伸ばすより先に、強烈な拳がカプセルに叩き込まれた。

 単純なパンチ力だけではない。赤いパンチグローブの、不気味な振動。それがカプセルの防護を食い破り、全てを破壊した。


「あちゃー…………」


 無防備なZ型の首を、背後から手刀ではねる。この機体はZ型の中で一際厄介そうだった。遊ばせると色々と危ない。

 しかし、止めるには遅すぎた。カプセルは中身ごと粉々になっていた。ヤバイことをしてしまった自覚はあった。ゾン子は素知らぬ様子で逃げようとする。


――――止まるんじゃねえぞ……


 ゾン子は力強く頷いた。止まらない、逃げるんだよ。

 だが、悲壮感漂う音楽がどこからともかく流れ出し、ゾン子は足を止めた。



「……俺は、戻るんだ。


不老不死とか異世界何とかとか、カンパニーとか、知ったこっちゃねぇ。


あいつらが待ってるんだ。あいつらを守ってやるんだ。


俺は、団ちうぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」



 黒いスーツの大男の背中に、どこかの流れ弾が通気孔を伝って跳弾を繰り返して意味不明な曲線を描いて直撃した。血飛沫とともに肉体が溶け落ちていく。

 砕けたカプセルの隣、さっきまで静かだったカプセルが妙に躍動し始めた。悲壮感溢れる音楽が再び響く。


「僕、何も見なかった――――っ!!」


 無理だ。理解不能で意味不明だった。どうしようもない。ただ巻き込まれるのが恐ろしくてゾン子は全速力で逃げる。

 しかし、回り込まれてしまった。


「てめ――――あれ」


 水のギロチンがゾン子の首に迫った。両手を振るう。ギロチンが霧散し、蒸気が舞い上がった。

 Z型サイボーグ。それも水を操るタイプ。青いワンピースの死相浮かぶ幼女がにんまり笑っていた。どこか自分よりも愛らしいような気がしてもやもやした。カンパニーには死体趣味の研究者でもいるのだろうか。

 そういえば、いた。







コード、ゾンビゼロ


・ハード


130cm 30kg

人の肌に似せたシリコンは柔らかいが、ひんやりしている。

その他、顔、体、手足、性器に至るまでモデルそっくりに造られている。幼女型。衣装は青いワンピース。

データ提供者の趣味を全面に押したもので、オーダーメイドの世界でただ一機のものとなっている。

『サイボーグの技術で少女型死体をどこまで再現できるか?』をコンセプトの隠れ蓑にしたセクサロイド。モデルより献身的に作られている。

スピードは平均的、パワーは怪力、水属性の攻撃が行えるよう、改良されている。

結果、それなりの戦闘力を得た。



・ウェポン


水のタリスマンZ、空気中の水分を体内に吸引し、操作して放出する。水芸が得意。

不死身、再現不可。セクサロイドには不要な機能なので削除した。


・スペシャル


ズーゾーン、手足の赤い輪で、外からは見えないが脳とせき髄のつなぎ目にも小型化したものが一つ、内蔵されている。自力では外すことはできない。

中には火薬が内向きに詰まっており、着火すれば爆発の威力が内側に圧縮され、その部分が吹き飛ぶ。

あらかじめ設定されたゾーン(当個体は発電所内のみ)から一定距離離れると警告が脳内に流れ、その状態が10秒を超えるか、さらに離れることで着火される。また遠隔操作での着火も可能で、つまりは逃げたり逆らったりすると着火して四肢が飛ぶ。

その時の痛みはそのまま再現されるものの、傷口から見えるのは灰色の人工筋肉に白色の人工血液、セラミックの骨に神経代わりのワイヤーと明らかにロボットのもの、そもそもモデルが死体なので楽しくはない。 







 水のタリスマンZ。

 両手の人差し指をくるくる回すメカゾン子。耳の穴から勢いよく飛び出した水流が圧力を強める。ウォーターカッター。

 水のタリスマン。

 水刃が水玉に姿を変え、メカゾン子を飲み込んだ。水圧で押し潰す。水の中からでも断末魔が響いた。バラバラに砕けた機体を、ゾン子は無表情に見下ろしている。


「甦らねえし……」


 再現が微妙に雑である。

 ちなみにゾン子はセクサロイドの意味を知らない。Z型は全て戦闘型だと思い込んでいる。自分がモデルのセクサロイドがどんなお取り扱いを受けていたのかは、知らない方がいいだろう。

 世界は、広い。


「ごめんよ、オケちゃん……アタシじゃどうしようもない、わっ!?」


 灯りが消えた。すぐに非常灯の薄暗い光が部屋を灯す。停電。いや、そんな悠長なものではなかった。

 カプセルの躍動が、止まっていた。

 それがどんな意味を持つのかゾン子には理解できなかった。別の反撃者が事件の根幹足る「パラダイス・エンジン・システム」をどうこうしてしまったことまで思考は至らない。


「……くわばらくわばら」


 だが、これ以上長居するのが危険なのは分かっていた。脱兎の如く飛び出していく。

 とにかく、脱出したい。想像以上に事態は進展していた。巻き添えを食わないように一刻も早く逃げ出した。


「やっぱりカンパニーはもうこりごりだって!」


 薄暗い中、走り抜けた先。大部屋に出た。

 ごちゃごちゃした機器が、雑然と並んでいる。非常灯でぼんやり暗い中、物陰から現れた影にゾン子は足を止める。


「まだやんのか…………」


 半ば呆れたように。

 特徴のない幼女が、ゾン子と対峙する。今までのZ型はどれも個性に富んでいた。記号性に溢れていた。その幼女が、頭に何かを乗せる。


「それは、猫耳っ」


 即ち、猫耳幼女。

 ゾン子が大袈裟に反応する。ベイエリアに着てから最も長く接していたZ型である。別の機体なのは確かだが、それでも別物には思えなかった。猫耳で、幼女。その記号がかの幼女を結び付ける。

 虹色のゼータライフルの銃口がゾン子に向けられる。身構えるゾン子。


「けど、一発だけなんだろ? それじゃああたしは倒せないぜ」


 気障っぽくゾン子が言う。


「……そうでもない」

「うおっ、喋れたのかよ!?」


 単なる無口キャラだったらしい。幼女は難しい。悲鳴が上げられるのだから、話せて不思議ではないのだが。


「作戦コード、死体蹴り」


 物陰から他のZ型が姿を見せる。

 忍者幼女。テンガロンハットのガンマン風の少年。おさげのミニスカ幼女。妙に艶かしい女装少年。

 一様に青いゼータライフルをゾン子に向けている。籠の中のなんたらというやつで。


「このゲーム、Zチームが勝つ」

「面白れえ、遊んでやるよ」


 銃声は五発。

 決戦の合図だ。




◇ 




『Z』ゼロ――――途中スコア


合計、12000点

戦闘可能機体数、5体。



反撃者、異世界死体


保有ポイント――2000点。


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