異界電力ベイエリア

「色んな死に方したけど、溺死だけは経験したこと無いなぁ」


 浄化剤であろうが、危険薬品が含まれた廃液だろうが、結局は水だった。水の精霊に干渉できるゾン子の脅威にはならない。


「とはいえ、ま」


 どろりと粘液のある液体を裸の胸に塗りたくる。皮膚を焼くような刺激にびくりと身体を震わせ、それでも口角が上がった。あの戦闘実験から感じていた左胸のしこりが無くなった気がする。


「これで目的達成。あとはトンズラこくだけかね」


 随分でかい口を叩いてここまで来てしまったが、そもそもあの螻蛄を助けてやる義理などない。いや、あるにはあるが、ゾン子はそんなものを気にしない。社長にも、虫人にも、命を救われているが、死体少女にとっては些細なことだ。

 命は、軽い。不死身だから。

 水に浮いてしまう程軽いものを掬われたからといって、何だというのだ。屍神としての本筋から外れる戦いに真面目に乗る必要などない。


「……へるぷみー!」


 だが、そもそも満足に脱出が出来ない。目的は果たしたが、戦いは終わっていない。頭上に見える無数のパイプのどれかに飛び込むのはちょっとリスキーだ。


「へるぷみー」


 助けは来ない。

 あの戦闘実験の他の参加者も何人か来ているはずだ。なんかご都合主義で現れるのが主人公補正というものだが、そうそううまくはいかなかった。そもそも彼女は主人公どころか敵キャラだった。


「へりぷみー………………やっぱアメリカンはダメだな」


 両手の人差し指をくるくる回す。

 大量の水が浮かび上がった。その水圧に押し上げられるゾン子は、パイプの群れの中で、いくつか太いものを見つけた。さらにその中の一つ。

 見覚えのある猫尻尾があった。







 ベイエリアが謎のオーロラで隔絶された。

 体内無線機で傍受した情報は、データにない現象だった。一体何が起きているのか。ここまで来て、異界電力が反撃らしい反撃を行わないのも何かありそうだ。

 コード、ゼロ。Z型と称される猫耳幼女型サイボーグは、トリモチ棒で浄化釜上の太いパイプを登っていた。背中のジェットパックと合わせて、スムースな移動である。


―――合流、状況把握の必要あり。


 他のZ型は全員0番エリアに潜伏していた。諜報活動も視野に入れた設計は、この大乱闘騒ぎでその成果を大いに上げていた。

 最重要拠点、パラダイス・エンジン・システムのある発電所。

 彼女を除く全機体がそこに集結していた。そして、このパイプの向こうは発電所に通じている。


「楽しいな、楽しいな」


 不吉な声。


「嫌がらせってのは、最っ高に楽しいなああぁぁぁ!!!!」


 氾濫。水を操る死体が下水を所構わず逆流させていた。滅茶苦茶だ。だが、予測の範囲内ではある。

 どうせ異界電力の破壊活動という密命が下されていた。ちょうどいい。


「おいおい、置いてくなよ――――猫耳幼女ちゃああん!!」


 ゼータライフルは下水処理場に全て置いてきた。ジェットパックを全開に動かすが、濁流にすぐに追いつかれた。鉈のように構えられた両手が機体を食い千切る。



「ぎぃ、にゃやあああやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――!!!!!!!!!!」


「おおう、びっくり桃ノ木喋れたんか」



 悲鳴を上げながら粉砕される幼女型サイボーグと共に、ゾン子は薄暗い部屋に辿り着いていた。

 音が至る所から溢れてくる。近くで激しい戦闘が続いている。

 ゾン子は幼女の死体を、否。


 灰色の筋肉。

 白色の血液。

 セラミックの骨とワイヤー。



「死体を検分しちゃ――――っってロボじゃねえかっ!!?」



 銃声が、十五発。

 どれも単発式のゼータライフルだった。鉛玉で内蔵をぐしゃぐしゃにされたゾン子は不意打ちで死亡し、復活する。

 死体が、にやりと笑った。乗ってやる、という意思表示。今までのサイボーグよりも圧倒的に弱そうだった。パンイチの死体が両手をパンっと叩く。

 決戦の合図だった。


――――vs.Z、十五機。






『Z』ゼロ――――途中スコア。



追加撃破対象、1。


 反撃者1000点×1=1000点

 合計、6000点




被害状況、深刻。

 下水が氾濫。どんな影響があるかは未知数。


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