vs.O(後)

 睨み合いなんて無い。一秒の猶予すらなく、ゾン子は突進する。


「ぶっ殺――かは」


 銃弾くらいで不死身の死体は止められない。括ったタカがそうさせる。無謀な突進は、理不尽な衝撃になぎ倒された。

 銃弾ではない。この口径はでか過ぎる。


「痛――っ、たぁ……!」


 右肩を押さえてのたうち回る。ダメージは大したことはない。骨すら折れていない、タダの打撲。今までと比べたら遥かな軽傷。


「ほれ、もう一発♪」


 甲高い悲鳴が反響した。

 痛い、痛い。痛みと痛みが痛み出して痛い。痛くて痛くて痛々しい。

 泣きながら荒い息を吐く化け物に向かって作曲家は歩き出した。ゾン子の肩がぴくりと跳ねる。


「なん、なんだ……これ…………っ」

「あら、強情ね」


 死体の横っ面を雑に蹴り飛ばして、自ら放った玉を拾い上げた。硬い、しかし弾性がある掌サイズの黄色い玉。

 殺傷力のない、暴徒鎮圧用のゴム弾だった。だが、もちろんタダのゴム弾ではない。


「着弾と同時、電磁爆発が痛覚を焼く拷問用」


 目の前で玉を装填していく。苦痛が脳神経を焼き、血液が蒸発しそうだ。肉体が鉛のように重い。


「不死身は殺せない」


 が、水のタリスマン。

 指は動かせなくとも、頭蓋は震わせられる。辛うじて紡がれた細い水の鞭が。


「けど、存分に痛ぶれる」

「きゃ――っ」


 水泡に帰した。下腹部を撃ち抜かれたゾン子がらしくない悲鳴を上げた。


「あら、かわいい声出せるじゃない♪」

「が――ぐ……っ」


 頬を朱に染め、唇を噛み締める。恥辱を燃やして立ち上がろうとした右腿にゴム弾が叩き付けられた。

 呻く死体の背を踏みつけ、作曲家はゴム弾を拾った。再装填。


「悲鳴楽曲」


 臀部に冷たい感触を押し付けられ、なぶられ死体がびくりと震えた。


「御開帳♪」


 二発。

 甲高い嬌声と啜り泣く声に、豪快な笑いが混ざる。再装填。髪の毛を掴んで立ち上がらせる。


「こんなもんじゃないでしょ――――あの子にしたことは」


 力無い手刀は拳銃に弾かれ、ゴム弾を腹部に叩き込まれる。


「殺してなんかあげない。だから止まって」


 痙攣しながら胃液を漏らす死体でなく、拳銃は後ろに向いていた。

 この場にはもう一人、猫耳幼女。どこから取り出したか、似合わないライフル銃を作曲家に向けている。数秒視線を交えて、ライフル銃を下に下ろした。



「――ふー、ふーっ、ふっー――き、ひひ……ぃ」



 その間に死体は立ち上がった。涙も、胃液も、血も、湯鞠も、愛液も、全ては水だ。

 ウォーターシールド。

 二発目のゴム弾を受け止める。爆発する痛覚に視界を歪ませながらも、ゾン子は前に。


「翼をもがないと分からないか、足を引き抜かないと分からないか」


 三発目。玉は二発という先入観。

 二丁目。股関のビックマグナムは二本あった。


「アタシのあの子を返して。金色に輝くあの時間を返して」


 下腹部に集中砲火。


「返して。返して。返して。返して。返して。返して。返して。返して――ああ」


 死体は気を失っていた。


「寝てんじゃねええっ!!!!」


 口の中に二本のマグナムをねじ込む。すぐ後ろで物音がした。後ろから左肩を撃ち貫かれる。


「て――――めぇ……!!?」


 猫耳幼女のライフル銃は単発式。急所を外したのが運の尽き。復讐鬼が拳銃を向ける。


「――――なっ」


 巨大な影が広がった。何の異常か。詐欺師は完全に虚を突かれた。

 否、ただの物理現象。

 体積を増した巨大なO型が入口付近に広がっていた。M型と違って、幼女バリアを抜けうる難敵。


「けど」


 大量の浄化剤に向けて走る。掴むと、手当たり次第に投げつけた。

 未知の金属に汚染された液体が浄化されていく。O型が煙を上げながら縮んでいく。

 思わずガッツポーズ。再び仇に目を向ける。


「死体を――」


 声は真下から。目を離した数秒。全身痣だらけで泣きじゃくる死体が、手刀を構えていた。


「検分しちゃうよん!」


 一閃。

 屈強なオカマの肉体が、血飛沫を上げながら地に沈んだ。痙攣が止まらないゾン子がその横に転がる。

 見開く幼女の猫目。







 作曲家としては三流。

 詐欺師としても二流。

 何にしても、一流に輝くことは出来なかった。


――――でも、違う。


 あの子は、一流として輝けるものを持っていた。違う。全く違う形で輝いてしまった。


――――違う、そうじゃない。


 あの子を輝かせたのが、自分ではない。目を覆いたくなる真実。


「やあやあ、君があのミトコンドリア斎藤かい?」


 あの、道化のような男は。

 掴んだ情報。掴まされた情報。自分は、復讐鬼としてすら一流から程遠かった。

 踊らされていただけ。


「……ショーを盛り上げる、引き立て役」


 半端な役者に仕立てられ、それでもいいと思った。きっともう、自分は正気ではないのだろう。

 あのスナップフィルムが、全てを崩していった。偽っていた自分を壊していった。


 果たして。

 引き立て役としては、一流になれただろうか。







 すぐ隣に、憎くて憎くて仕方がない化け物の首がある。

 殺してもすぐに復活するだろう。しかし、最期にこの手にかけるのは悪くはない。

 残された力で、両手を伸ばす。


「……………………」


 無言の圧力が重力を強めた。

 猫耳幼女の視線が、あまりにも重かった。


「なんで……動けたの」


 代わりに口を動かした。死体は、意識をはっきり持っていた。

 ゾン子の強烈無比な必殺技を、復讐鬼は知らなかった。死体の死んだふり。ある種滑稽な、しかしここまで確実に戦果を上げてきた。

 だが、不死身の化け物は言う。


「あー、あたし……ちょっとマゾ入ってる、からっ////」


 何故顔を赤らめる。


「は?」

「……いや、ちょっと良かったというか…………まぁ、な?」


 何がだ。

 一世一代の復讐劇をギャグにされ、オカマが唖然とする。うっすら顔を赤らめてもじもじするこの外道は。


「え……カナリアちゃんにも、そんな感じで…………?」

「あれ、カナリーのこと知ってんの?」


 言葉にならない。


「あ、じゃあそろそろ殺すねー?」


 ノリが軽い。

 死体にとっては、そうなのだろう。生きているのか、死んでいるのか。それは大して重要ではない。生き死には、大したことではない。

 価値観が違いすぎて受け入れられない。人はそれを、化け物と呼ぶ。


「さあ……あ?」


 パンイチの死体が猫耳幼女に髪を引っ掴まれた。ずるずる引きずられて距離を離される。


「痛い痛い痛いって!! おいおい、助ける気か?」


 しかし、そうでは無かった。

 ドロドロに溶けた液体金属。それが、とある作曲家の身体を飲みこんでいた。圧殺、若しくは窒息。流動する黒い金属に圧し潰され、細切れの悲鳴と共に、命が呑まれていった。

 助けられたのは、死体少女の方。


「よく分からんけど……愉快な奴だったなぁ」


 痣だらけのゾン子が雑に吐き捨てた。死んでしまったものは仕方がない。死体も残らなければどうしようもない。

 ゾン子がよろめきながら立ち上がる。痛みは何となく引っ込んできた代わりに、目眩と気怠さが込み上げてきた。

 その目前、ドロドロと形を崩しながらこちらを見下ろすO型の巨体。



 実は、アルファベットシリーズにはいくつかの共通規格・装備がある。

 その一つに、敵味方判別用のビーコンがあった。同じサイボーグと、それ以外の対象を見分ける手段として。

 ルールとして、サイボーグは別のサイボーグを害することは出来なかった。ポイントゲッター競技において、過度の妨害を防ぐためである。過剰なポイントの減算は、どのサイボーグも望むところではない。


 例えば、現在下水処理場にて活動しているO型サイボーグは、視界映像とともに緑に点灯する点を捉えていた。

 視界映像に写る対象は二。半裸の少女と猫耳幼女だ。その内、後者には緑色の点が被さっている。これは殺害してはいけない、というサインだ。

 つまり、そういうことだった。



 鋭い発砲音が鼓膜を突き抜けた。

 胸の真ん中を貫通した銃弾は、黒い流動体に埋まって動きを止めた。風穴からだらだらと濁った血液が流れていく。幼女のライフル銃は単発式。この距離で、一発で仕留め損ねてしまったらしい。


「お前、まさか……」


 死体の呟きに返事はない。

 代わりに純然たる暴力が浴びせられた。ピンク色のゼータライフルの銃床。数キログラムの鈍器が容赦なく頭部に振り下ろされた。


「――っ、ぐ、っ――、……っ!」


 ぐぐもった、吐血混じりの悲鳴。

 まだ生きている。幼女は鈍器を振り下ろし続けた。頭蓋が割れ、頭皮が裂け、脳が潰れた。

 馬乗りになりながら、幼さ故に加減を知らない殺人。動かなくなった死体に、幼女は壊れたゼータライフルを投げつけた。手足の輪っかが小さく光る。


「――、ぅゎょぅじょっょぃ…………」


 だが、死体は不死身だ。潰れた頭部が再生し、体面の痣が霧散していく。

 猫耳幼女は後ろに跳ねた。もう邪魔はいない、とO型がのし掛かろうとする。サイボーグでも、譲り合いの精神だ。


――――音が。


 空気を震わす重低音。ベイエリアを底支えする巨大な浄化釜。その水位が透明な壁一面を満たす程に上がっている。

 違う。

 壁にヒビが入った。

 まさに、決壊。莫大な水圧に耐えきれなかった壁が、ゾン子ごとO型を飲みこむ。水のタリスマン、その恐るべき真価が発揮されていた。しかし、物理的な圧力に強いO型は未だ稼働していた。


「………………」


 下がったが故に難を逃れた猫耳幼女は、砕け散った壁から浄化釜を見下ろした。まるで大津波だった。立ち位置が幸運だっただけで、あの大雑把な制御で幼女を避けるということは考えていなかっただろう。


「ぐふ、ぐふふふふふふ」


 浄化釜から底冷えするような声が響いた。O型の巨大な腕がどつき回す。だが、その衝撃は明らかに衰えていた。実はマゾっけもあったゾン子の顔がだらしなく緩む。

 浄化剤。この釜は、不純物を含む液体にとっては地獄釜。たとえ金属ベースの流動体であっても、問答無用の浄化力。

 株式会社異界電力。その技術の粋が一つである。

 pwカンパニーのサイボーグを、異界電力の技術が溶かしていく。


「さあて、デスマッチだ」


 最たる不純物であるゾン子は、笑った。

 O型サイボーグが溶けて砕けるまで殴り合いは続いた。










『O』オンスロート――――途中スコア。



撃破対象、1。


 イベント開始直後より、下水処理場の攻撃に向かった機体。そのため撃破対象数は少ない。

 3点×1=3点

 合計、3点



被害状況、下水処理場に深刻な被害。


 戦闘の余波で通路の一部が損壊。さらには浄化釜監視部屋の壁面も大破。釜そのものにもダメージが散見され、至急修復が望まれる。

 各種施設の廃液処理に甚大な危険性あり。












『Z』ゼロ――――途中スコア。



撃破対象、1。


 イベント開始より、どこに潜伏していたのか不明だが、土壇場で高ポイント対象者を撃破。同型種も全て稼働中であり、まさかのダークホースが台頭。

 優勝したら面白いですね。

 反撃者5000点×1=5000点

 合計、5000点




―――照合完了。

―――異世界死体の戦闘データを参照。

―――分析、対策案の構築、点数の効率化を考察。


―――勝利確率、84パーセント。




 

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