vs.O(前)

 黒光りする装甲が威圧感を発していた。

 短い足、巨大な上半身、腕は丸々とした頭部から生えている。胸の辺りか飛び出た頭部のカメラは、目のつもりなのだろうか。

 理解に苦しむフォームだ。

 そして、その天辺に猫耳幼女がちょこんと顔を出している。何故か陰影の深い顔で。


(ゴル○みたいな顔してんじゃねえよ…………)

(害せない……けど、鹵獲はいいのねん)


 音もなく幼女を攫っていったのはコイツの仕業だろう。コード、オンスロート。警官が出てこないからといって幼女を攫いたい放題なのは……ちょっと。


「――てやってる場合じゃないかもねん」

「……おう、ミトコンちゃん。人質……いや、猫質取られてるけどどうすんの?」

「そりゃあ、助けなきゃ。共闘よ(嘘だけど)」

「合点。外道でも猫耳幼女は見逃せねえ」


 猫耳幼女目当てに再び結託する変態とオカマ。状況は目まぐるしく変わって読めない。


「じゃ、よろしく」

「だからざけんなオカマ!!」


 背中を鋭いミドルキックで蹴り出されるゾン子。いいキックだった。流石オカマ、出来る。

 懲りずに引っかかった間抜けはO型の前によろめく。右のパンチ。ゾン子は自分の足を蹴って転んだ。その上を大質量が通り抜ける。


(アブね!?)


 その間にも斉藤さんは姿をくらませていた。最初と比べて扱いが色々と雑になっている気がするが、仲間内でもこんなもんだったのでさして気にしない。不死身も楽ではないのだ。


「今日のラッキーウエポンは物理一択なんよ!!」


 久しぶりの正拳突き。デカブツに深々と突き刺さる。水のタリスマンによる広範囲攻撃は幼女を巻き込む危険がある。が、あまりの手応えなさにゾン子が固まった。

 その機体はどろどろとしていて、流動的で、物理エネルギーを散らして。つまり。

 裏拳のような一撃にゾン子が殴り飛ばされた。柔らかい感触の奥に、硬いフレームのようなものを感じた。背中から壁に叩き付けられたゾン子が激しく咳き込む。

 つまり、物理攻撃は効果が薄い。


「げほっ、がふ、嘘だって……マジなんなの」

――――あれって、金属繊維に液体金属?

「んあ?」


 オカマの呟きが聞こえた気がした。ゾン子イヤーは何とやらだ。


「……幼女ごとやっちまうか」


 数秒前の発言を忘却する。三歩以上歩いたからには仕様がない。両の指をわきわきさせて幾つもの水玉が浮かぶ。


「殴って駄目ならぶった切る」


 高水圧、ウォーターカッター。ゾン子は距離を取りながら何度か投げつける。猫耳幼女が無事なのは割と幸運だった。際どいところを通り抜けた。流動体が切り裂かれ、O型の動きが鈍る。

 いける。ゾン子の口元がにやりと歪んだ。

 と、その時。形の崩れた流動体から幼女が這い出てきた。意外な力強さで飛び降りる。


「あらま、ラッキー」


 腕を広げるゾン子。その横合いから。


「オカマ忍法、隠れ蓑」


 猫耳幼女がオカマに掻っ攫われる。壁面の同色の布を被って床に潜伏していた。M型のような火力兵器のないO型だからこそ有効な手段。


「渡るだけの価値のある吊橋だったわ♪」

「てめえ一体全体何なんだよぉ!!」


 吠えるゾン子の顔面に拳が叩き込まれた。不意を付かれたゾン子がのた打ち回る。オカマが今度こそ大部屋から逃げていく。嵌められたとようやく気づいてゾン子が追う。

 通路に入る直前、上を見たオカマの顔に驚愕が浮かんだ。


(んだ、何だ?)


 ゾン子も上を見上げる。


「ほら、そこ!!」


 オカマが指差す先。広い天井に写るものは何もない。ゾン子の頭に疑問符が浮かぶ。死体には見えない何かか。目線を下に戻すと、詐欺師の姿はもう無かった。


「また騙したなぁぁあああ!!!!」


 走り出そうとするゾン子だが、足を引っ張られて転んだ。何かが絡み付いている。

 黒い、どろどろした金属が。


「逃げ――っ」


 間に合わない。流動する金属がゾン子に覆いかぶさった。咄嗟に水のタリスマンを展開する。

 アウトオブオキシジェン。

 圧倒的な質量がゾン子を丸呑みにした。圧縮、そして窒息へ。







「まさか本当にあったなんてね……」


 浄化剤のボトルを眺めながら詐欺師はほくそ笑んでいた。ここに来るまでに何度かサイボーグに出くわしたが、幼女バリアはやはり有効だった。こうもうまくいくと、笑いが止まらなくなる。


「さっきのサイボーグにこれを振りかけたらどうなるのかしらん?」


 じたばた暴れる幼女を片手で押さえつけて、ちらりと視線を飛ばす。下水処理場の中心地。巨大な浄化釜が透明な壁越しに見えた。

 ベイエリアの様々な下水が最終的にここに流れ込む。ここで浄化された水が海にそのまま放水されるのだ。そのためには大量の浄化剤が必要になる。在庫は充分すぎるほどあった。


「こら、暴れないで」


 こちらに機関銃を向けるM型に幼女を見せ付ける。そのまま撃てば猫耳幼女諸共の位置取り。そのままM型はどこかに行った。

 がぶり、と幼女がオカマに噛み付いた。小さな悲鳴の後、その髪を引っ掴んで床に叩きつける。


「……悪い子ね」


 幼女が両の指を奇妙に動かし始めた。さっきのゾン子の真似だろうか。

 オカマがズボンのジッパーを下ろす。


「大人しくしないと――――アタシの股間のビックマグナぁムが火を噴くわ」







「ばぁ」


 化け物が這い出でた。液体金属に金属繊維、流動体の巨体は内側から吹き飛ばされる。フレームだけの機体がうろうろしていた。

 寸前で自身を水球に閉じ込めたゾン子は、圧力に耐え切っていた。拘束が緩んだ隙を突いて反撃。無表情の死体が、パンツ一丁で立ちはだかる。


「ちょっと、怒ったゾ」


 ゾン子を包んでいた水球が解ける。超高水圧、ウォーターカッター。フレームを輪切りにしたゾン子は通路に目を向けた。


「んにゃあー?」


 表情を変えず、口元だけ歪に曲がる。猫の手型が続いていた。まるで誘導しているような。

 足元が覚束ない。ふらふらした不安定な足取りで、それでも一歩一歩踏み出していく。口の端から涎がぽたぽた垂れた。涎は、水だ。

 少し進んだ曲がり角の先。M型の機関銃が反撃者に向けられた。







 だが、幼女はオカマを見ていない。小さな物音にオカマは振り返った。機関銃の残骸が投げつけられた。視界が遮られる。一歩横にずれた。ズボンの股間に手を突っ込み、取り出したのは――小型の拳銃に見える。


「道案内ご苦労さぁん!」

「いいわ、化け物潰しよ」


 この幼女が何かしたのだろう。前も後ろも油断ならない。

 ミトコンドリア斉藤が拳銃を構える。ゾン子ももう敵意しか向けてきていない。化け物退治の狂奏曲もそろそろ佳境、復讐の仕上げだ。

 作曲家は小さく笑った。







 飛び散った金属がもぞもぞ動き出した。だが、フレームは既に輪切りにされている。集まる先は無い。

 もぞもぞと動く流動体。仕方なく、球体として集まることに落ち着いた。しかし、フレームが無ければまともに活動出来ない。


 黒い塊を、拾い上げるサイボーグがあった。


 もう一体のO型が自身の機体に取り込んでいく。一回りも二回りも膨らんだO型がふるふると震える。

 壁に浮かびあがるのは、無数の猫の手型。巨体をずるずると引きずりながら、うねうねと形を変えて、トコロテンのように通路に潜り込んでいく。猫の手型が示す方向へ。



――――果たして、猫耳幼女が呼び込もうとしたのはどちらだったか。

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