vs.M(後)
流浪の作曲家は、お金に困っていた。
いくら曲を作っても、それが全て売れるわけじゃない。生きていくのにはお金がいる。副業はそれなりに儲かった。大きく出ず、ちまちま稼いでいったのが結果を出した。
――こっちの方が向いているかもしれない。
それでも作曲は続けていた。もうどちらが趣味でどちらが仕事なのかが分からなくなっていた。それでも、続けた。やっぱり好きなのだろうと思った。
そんな時、大口の仕事が入った。
副業ではなく、本業の方だ。念のため言い換えると、作曲家としての仕事だった。何でも、大会社がバックに立つ新人アイドルの作曲とプロデュースを頼みたいとのことだった。
――ついに来た。
自分が世の光に当たるときが。こんな後ろめたいことを続ける必要がない。そんな未来を無邪気に信じていた。
不穏は、顔合わせから。人格に問題があるとか、そんな次元ではない。そもそも人ですら無かった。異形の怪物が、人の声で歌うのだ。
そんなステージがあっていいのか。
そんなものに自分の曲が使い潰されるのか。
それでも、受けた仕事だ。きっちりこなす。もういい大人だった。それくらい歳を重ねてしまっていた。
――えへへ、ありがとう。私の曲を作ってくれて。
それは、人生を変える契機となった。見惚れるほど真っ直ぐなその目は、闇を抱えた人よりもずっと輝かしく、世の世知辛さを吹き飛ばすほど甘々しい。
二人で歌って。二人で歌を作った。
詞を幾度となく重ねて、言葉を幾重にも積んだ。
人生で、最も輝いていた時間だった。嘘ではない、本当の自分が笑っていた。作詞の名は、彼女に譲った。曲と詞で、分け合いたかった。
多額の報酬より、そっちの方が喜ばしいと思った。
――けれど、世の中は世知辛い。
デビューは失敗した。異形の見た目が、大バッシングを受けたらしい。
以降、彼女には会えていない。この前、亡くなったことを知った。彼女が出演していたスナップフィルムを偶然入手してしまったから。金持ちの道楽で流通しているものを、小金持ちになったが故に知ってしまったのだ。
知らなければ、この激情に掻き立てられることは無かっただろう。だが、もう何もかもが遅い。
彼女の尊厳も、名前も、命も奪われた。
――プロデュースの名も奪われた。
スナップフィルムでの彼女は、あの輝かしい時間に劣らずに輝いていた。不覚にも、興奮してしまった。言葉では表せない彼女の魅力が、凝縮されていた。
自分ではない誰かが彼女をプロデュースした。それは、大成功した。
嘘みたいな、本当の話。
「――さて。もうちょっと付き合って貰うわよ、猫ちゃん」
荒い息で、それでも溢れる笑みを止められない。血走った目がモニターの死体を見つめていた。肉片が集まり、動き出す死体を。
オカマでも詐欺師でもどうにもならない状況は、猫耳幼女がどうにかしてしまった。
じたばた暴れる猫耳幼女を盾にすると、あのポリゴンミラーはどこかに行ってしまったのだ。二体いるとは想定外だったが、最近の幼女はやたら高性能なのが救いだった。
厄介なアルファベットシリーズへの、信用のおける盾となる。
(ま、それが意味することは……何となく分かるけど)
ロープで縛って床に転がしている幼女には、まだまだ利用価値がある。
どうせ最後には破滅が待っている。でも、そうではない。この溢れる激情を止めることなど、出来はしないのだ。
詐欺師の作曲家は、歪んだ笑顔をモニターに向ける。
「コード、異世界死体。あのカンパニーの実験動物がぁ!
ぶっ殺してぶっ殺してぶっ殺してぶっ殺して、全部ぶっ壊してやる――――!!」
醜い嫉妬が爆発する。
幼女の猫目が、復讐者を映した。
◇
ところがどっこい、ゾン子は不死身だった。
「ちくしょう、こいつ意外と速いじゃねえか!」
しかも接近戦もそつなくこなすと来た。不死身だが無敵ではないゾン子では苦戦は必至。
M型が振り回すのは厚く内側にカーブした山刀、マチェットだ。その硬度と太刀筋は徒手と手刀では押され気味だった。ゾン子が下がる。必然、向けられる機関銃、モンスターマシンガン。
「やべえって!」
通路の隙間隙間から下水が溢れて、来なかった。
水が壁を、というより下水を送るパイプを通り抜けられなかった。分子単位の水を操っても抜けられない程の圧倒的密度。あの戦闘実験の会場とは比べ物にならない。
余程危険な水を流しているのだろう。それほどのパイプでなければ、下水として流せないのだ。
「どんだけトンでも技術だよ!!」
スライディングアタック。直線通路だ。下がっても蜂の巣にされるだけ。しかし、あの高火力の安全地帯が一つだけあった。
あの機体の、真下。
跳弾で滅茶苦茶なことになったが、機関銃の動きは止まった。ぺろりと掠り傷を舐めとったゾン子の両手がひくひく動く。
「湿度が高くて結構だ!」
通路内の水分をかき集めるだけでもそれなりに水量になる。莫大な水圧を叩きつける。
「――わっぷ!」
が、鏡面に触れた瞬間コントロールが途切れた。集めた水がそのままゾン子を押し潰す。
「ミラーってもう、嫌な奴思い出すなぁ!!」
似たような防御で水のタリスマンを破られたことのあるゾン子は地団駄を踏んだ。その相手が大層ムカつくポニーテールだったのであまり思い出したくない。
降り下ろされるマチェットを避ける。動き自体は単調で避けやすい。が、思わず飛び退いてしまったゾン子。機関銃を向けられて舌打ちする。
が、不発。
「――弾切れかっ」
僥倖とばかりに距離を取る。これならば逃げ切れる。後ろに走り出そうとするゾン子の視線の先。
「嘘ぉん……それは無いって! ずるいって!!」
もう一体。ポリゴンミラーに挟まれたゾン子は、不穏な音に振り返った。
弾切れを起こした方だ。発射されるミサイルランチャー。
「爆発落ちなんてサイテー――――!!」
ギャグみたいな爆風でその身が消し飛ばされた。
◇
「ん――監視装置が壊れた?」
制御装置をばしばし叩くが反応がない。今の爆風で何か不具合でも起こしたのか。
「不死身……本当にふざけているわね。ふふ、ぶっ壊しがいがありそう♪」
オカマが微笑んだ。床に転がる幼女に目を落とすと――居ない。
「え――嘘、どこ行ったの」
縛られたままで動けるはずがない。幼女バリアがあるからと、ここに何度か来たサイボーグたちも気にしなかった。アルファベットシリーズは、基本的にあの猫耳幼女を害せない。なのに、何故。
「…………マズイ」
そして、それはイコールで自らの危機を意味していた。これで自分は虐殺された住民と同じ。
余程重要な部屋なのだろうか。再び、大きな足音が近づいて来た。
(速やかに、あの猫ちゃんを奪還しないと)
詐欺師は足早に部屋を脱出する。
◇
もちろん、ギャグで済んだのはゾン子は不死身だからだ。
「肉も骨も絶たせて……何だっけ?」
怪力無双。大技の後の隙だらけを狙ってゾン子は拳を叩き込んでいた。揺れる身体のデンプシーロール。
最後の一撃が鏡面をぶち破った。
「今回はやたら肉弾戦が大活躍じゃないの!」
精霊を通じた攻撃は効果が薄い。だが、物理攻撃なら十分通じる。
モンスターマシンガンが火を噴いた。倒れた機体を盾に逃げる。走ってる間は分かりにくかったが、通路に微妙な勾配があるらしい。姿勢を低くすると、弾は頭上を飛んでいった。
「やりぃ――曲がり角!」
直線でぶつかり合うのは分が悪い。何とか背後を取れないものか。今はとにかく動き回る。
(曲がり角が多い! ツイてる……わけ無い、か)
こういうので有りがちな――袋小路。
(考えろ、だったな。あたしには運命のタリスマンが付いている。だよな、レグ兄)
袋小路、と言ってもT字路だ。
だが、急いで反対側に駆け込んでも、後ろを撃ち抜かれる。だから、ここで向かい撃つ。
T字路まで約五十メートル。足音は近く、ゾン子のいる右側か、反対の左側か。どちらを向くのか、二分の1。
(水のタリスマンは駄目。物理攻撃には距離がありすぎる……遠距離攻撃出来る物理)
M型が、見えた。T字路の左側を見た。機関銃をまず左側に向けた。ゾン子に背中を向けた。
運命のタリスマン。運命の交叉路に立つ屍神、その右手の祝福。諦めなければ、きっとその手に幸運を。
水のタリスマン。攻撃ではなく、サポートして。ゾン子の怪力でも足りない出力を、水の道が補う。
(偶然か、必然か――でも、あたしは勝ち取った)
手刀を鉈の形に。
ダン、と右足を力強く踏み込んだ。
「喰らいやがれ――――」
水のレールを支えに、放つ鎌鼬。
「――――大、斬、撃ぃぃいい!!」
その威力は、身を以て、思い知っている。威力は絶大だった。鏡面がひしゃげ、破れ、機体が大破する。
崩れていく水のレールの向こう側、化け物は歪な笑みを浮かべていた。
◇
「ちくしょう、ここはどこだっ!!」
適当に走っていたら、広い空間に出た。これも、運命の交叉路という奴なのかもしれない。真っ正面からあのオカマが現れた。
「うわっ、出くわした!?」
「さっきはよくも騙したな、ミトコンちゃん」
掴みかからんばかりのゾン子の動きが止まる。ミトコンドリア斎藤も、逃げる足を止めていた。死体もオカマも釘付けにする、圧倒的なプレッシャー。
M型よりも巨大な機体に包まって二人を見下ろしていたのは、猫耳幼女。
―――2000点の高得点対象を捕捉。
―――コード照合、異世界死体と断定。
―――データの照合を続行する。
◇
『M』ミラー――――途中スコア。
撃破対象、4。
イベント開始直後より、下水処理場の攻撃に向かった機体。そのため撃破対象数は少ないが、高ポイント対象者を撃破しており、同型種の活躍に大きく貢献した。
映像データを確認すると、ポイントの計上方法に少々謎が残る。
観光客3点×3=9点
反撃者1000点×1=1000点
合計、1009点
被害状況、下水処理場の点検用経路に損害在り。
戦闘の余波で通路の一部が損壊。また、壁面に埋め込まれていた♯機の半数が故障。点検経路の制御装置は無事なので問題はない。
次回→vs.O(オンスロート、オカマ)
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