vs.M(前)

 死体。

 ここに至るまでに山ほど見てきたはずだ。だが、走ってはしゃいで踊れる死体なんて見たことがない。一目置かれていい気分なゾン子は、幼女ライトを抱えて颯爽と進む。


「ミトコンちゃん、地図とかないのー?」

「あっはっは、あっても現在地が分かんなーい」

「うっふっふ、やべー」


 どうやら下水路の点検用の通路らしかった。それにしては無闇やたらに入り組んでいる。

 そして、宛もなく進みすぎて訳が分からなくなった。襲撃の危険は減っただろうが、このまま生き埋めとか洒落にもならない。猫耳幼女を高い高いしながら、ゾン子は一度足を止めた。


「ねえねえゾンビちゃん……パンツちゃん?」

「ゾンビの方にして! ゾン子ちゃんでいいから!!」


 必死である。ちなみにあのジャケットはさっきのサイボーグにずたずたに引き裂かれていた。なんて惨いことを。


「てか、アレなんだったの?」


 卵、ゴリラ、ロボ剣士。


「なにって……カンパニーの新兵器とかでしょ」


 ミトコンも心なしかげんなりとしている。抱えあげられた幼女の尻尾がゾン子の顔面を叩いた。死体に喜色が浮かぶ。気色悪い。


「なんなの、化け物作ることに青春捧げすぎでしょ。野球チーム作れよ」


 ゾン子がぷんすか抗議を上げる。それだけで済まないレベルまで来ていることに自覚はない。


「……仕方ないわね。お互いピンチなら情報共有しときましょうか」


 ミトコンがどっしりと腰を下ろした。ゾン子も首を傾げながらちょこんと座る。膝に幼女を乗せて。


「アルファベットサイボーグシリーズ、アタシが掴んだ情報よ。何の目的かは知らないけど、各種能力特化の26種で一セット。今回はその試用実験らしいわ」

「うげえ、まじで俺ら関係ないじゃん」


 ゾン子が唇を尖らせた。


「まあ、何も知らない一般人の虐殺ショーって建前だからね。金持ちは……悪趣味だわ」

(んんー? でもそれじゃあオッちゃんがあんなに焦る必要ないんじゃ……?)


 疑問の答えが出せるほど新鮮な頭脳をしていない。鮮度は低く、腐っている。


「悪趣味ついでに、ルールはポイントを振り分けられたベイエリア中の人間を狩って競うポイントゲッター制。もう完全に見境無しね」

「うげー、巻き込まれゾンじゃん」


 ゾン子だけに損をする。しかも大損では済まされない。


「ミトコンちゃんも何でそんなとこにいたの?」

「……いや、居たくて居たわけじゃないんだけど……ゾン子ちゃんは?」

「左のチビクロさんのために」

「は?」


 ゾン子は思い出したように胸を隠しながら、悲しげな顔をした。人には話せない事情というものあるものだ。


「でも、大丈夫じゃね? なんか前の戦闘実験の参加者たちが何人か戦ってたからさ。めっさ強かったし、僕たちも助けてくれるっしょ」


 腕組み死体は力強く頷いた。他力本願ゾンビに幼女猫パンチが炸裂する。効果音は、ぽこん。


「……戦闘実験? 異世界の生物を研究対象にした、あの?」

「多分それ。伊勢海老がどうとか言ってた。海老ボクサーってシャコなんだぜ?」


 オカマが顔を覆った。目の前の死体がバリバリ関係者であることに愕然とする。幼女の猫耳がぴんっと立った。


――――ガシン


 大きな物音だった。不穏な機械音。三者の動きが固まった。嫌な予感、というか確信があった。ここまできたらもうお約束。


「っ――なんでよ! 発信機か監視装置でも仕込まれてるわけっ!?」

(発信機…………あ、やべ、あたしのチビクロちゃん)


 ゾン子は一瞬だけ呆けて。


「ちくしょう! 何でこんなところにも……おのれカンパニーぃ!!」

「ゾン子ちゃん、あの戦闘実験を生き抜いたんなら戦えるでしょ!?」

「生き抜いてねえよ! 何度も死んだわ!!」


 曲がり角から姿を現した二メートル半の巨体。平面の鏡をいくつも組み合わせた、まるでポリゴンのようなフォルム。コード、ミラー。

 ミトコンが幼女を抱え上げて駆け出した。速い。ゾン子はその後ろを必死に追う。


「待って待って、誰かが足止めしなきゃでしょ!?」

「無理無理ざけんなお前が行けっ!!」


 でかい奴は動きが鈍いと相場が決まっている。だが、同時に後ろを振り返って目ん玉が飛び出した。

 構えるのは、大型の機関銃。そして、この通路はしばらく直線だ。


「実はお前も戦えんだろ! オカマは強キャラなんだよ!」


 ゾン子が足を掛けてミトコンドリア斎藤を転ばせた。幼女を庇うようにごろごろと転がるオカマの上をゾン子は軽やかに飛び越えた。

 2秒間、機関銃が火を噴いた。

 ちょうど飛び上がった死体が蜂の巣にされていた。が、微妙に下勾配になっていたらしい。強キャラと名高いオカマが、身を伏せながら幼女を抱き締めて匍匐する。


(別れ道っ)


 ボロ雑巾のようにされた死体が手前に転がっていた。火事場のなんとやらでパンイチ死体を回収し、右手に伸びた通路に飛び込んだ。荒い息を必死に整えるオカマを尻目に、幼女が死体蹴りを敢行する。

 完全復活したゾン子がぱちりと目を開ける。


「……パンツの耐久力に驚きだぜ」

「アンタの不死身っぷりに驚きよ」


 ガシン、ガシン。猶予はない。


「ほら、猫ちゃん抱っこ!」

「ゾン子ちゃんもだ~っこ!」

「てめえは走れや!!」


 怒られた。しょんぼりしながらゾン子は追いかける。


「でも、いつまで逃げられるかね」

「……発信機があるとしたらキリがないわ……いや、待てよ」


 ミトコンちゃん!、とゾン子が顔を輝かせた。何か策でもあるのだろうか。


「カンパニー製の浄化剤。これだけ未知の施設だもの、似たようなものがあるはず。どんな未知の物質が溶解した水も、全部ドロドロに漂白しちゃうやつが!」


 祈るような声に、ゾン子の目が鋭く光った。


「なあなあ、それって液体金属ってやつも漂白出来るの?」

「また難しい言葉覚えてきたわね……完全に機能停止はちょろいはず。そうか、その可能性もあった。気付かず肉体に同化させられてたらどうしようもないじゃない!」

「機能停止、出来んだろ!?」

「ああ、そうだったわ。とにかく頭からぶっかければいいのよん!」

「よしきた!」


 謎のハイテンションで二人の拳が合わさる。猫耳幼女の耳がぴくりと跳ねる。足音が反響して、心臓に嫌な鼓動を伝えてくる。脇の通路に転がり込む。


「で、どこあんだ?」

「奥、しかない! そんなキーアイテムがぽんと入り口付近に置かれてるはずないもの! 多分!」

「乗った!」


 頼れるミトコンが唇を噛んだ。何かを逡巡している様子。そして、覚悟を決めたように口火を切った。


「これを!」

「あん?」


 ポーチから何かを取り出し、手元でごそごそ動かして投げ渡す。渡されたのは、折り畳まれた小さな便箋だった。この場面で出てきて、何とも言えない雰囲気を放っている。


「秘密兵器かっ」

「ピンポン」


 謎のオカマ、ミトコンドリア斎藤が言う。


「以前の潜入でパクってきた、頼れる最高の仲間を口寄せ出来るカンパニーの虎の子。カンパニーの実験動物を使役出来るわ……それもとびっきりのやつ! それを使ってアイツを破壊して」


 その間に浄化剤を探す、と締める。あるかどうかも分からないが、希望が無ければ先に進めない。ゾン子は少し悩んだが、相棒の力強い視線に背中を押された。にかっと笑う。

 オカマもにやりと笑う。


「任せろ、百人力だ」

「任せた!」

「でもな、頼れる最高の仲間ってのはミトコンちゃんのことだぜ!! 信じてるぞ!!」


 立ち止まるゾン子を背に、流浪の作曲家が走る。ここで歌は作れない。けれど、別のナニカが作れた気がした。

 一分も経たなかった。ゾン子の前に巨大なポリゴンミラーが立ち塞がる。構えるのは、大型機関銃。


「はっ、さてさて何が出てくるかなぁ!!」


 役者ぶって便箋を広げる。カンパニーの実験動物の強さ・厄介さはその身に染みている。それが味方となるのだから、心強い。

 一陣の風が吹く。希望が舞い降りる音だ。




「………………あれ、何も起きないぞ? てか、何て書いてるの?」



――――信じる心、それが頼れる最高の仲間よん♪



「騙しやがったなああああぁぁぁぁぁ――――――…………」



 機関銃が火を噴く音が、狭い通路に木霊した。







 売れない作曲家は、それだけでは生活出来なかった。好きなことだけやっても、生きては行けない。だから、副業をする必要があった。世知辛い世の中である。

 副業、詐欺師。

 バカを食い物にして食い扶持を稼ぐ。本当に世知辛い世の中だ。自分を偽り、人を騙す。息を吐くのと嘘を吐くのは同義になっていた。


「ふふん……撒いたようねん♪」


 じたばた暴れる幼女を肩に担ぎ、詐欺師は地図を取り出した。ここに潜入する際に調達したものだった。


「ほら、暴れないの。用事が済んだらちゃんと逃がしてあげるから」


 右手を壁に着いて、耳を済ませる。下水の流れを感じる。整備用にパイプに沿って作られた通路は、考え無しの設計だったのだろう。意味不明な地下迷宮と化していた。


「ま、侵入者を防ぐためでもあるんでしょうけど」


 少し走ると、大部屋に辿り着いた。一面全てが複雑な操作盤と化していた。

 詐欺師は達成感に満ちて笑っていただろう。部屋のど真ん中に二メートル半のポリゴンミラーがいなければ。



(――――oh my God、終わった……)



 詐欺師は万能ではなく、オカマにもどうにも出来ないことがある。世の中は世知辛い。

 機関銃が向けられた。



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