vs.B

 4番エリア。ひしゃげたフェンスがあちらこちらに散乱している。コンクリートの建物がいくつか倒壊している。瓦礫の山と、大量の死体。


「……あらま、大変だわこれ」


 巨大卵といい、ゴリラといい。何かしらの大事件がベイエリアで引き起こされているのは確かなようだ。パンイチ毛布の歩く死体は猫耳幼女を連れて進んだ。何かのコンサート会場のようだった。不思議と会場自体に損壊は少ない。

 妙にくらくら眩暈がした。猫耳幼女が双眼鏡を手渡す。


「うっわ何か赤いぞ! なにこれ、毒ってか……?」


 だとしたら尋常ではない。これだけの死体の数、ふらつくゾン子が地に伏せる。


「……アウシュビッツかよ、悪趣味だな…………」


 毒に対して特に耐性がないゾン子は血の混じった泡を吐きながら、顔を上げた。

 コシュー、コシュー、と。怪しげなガスマスクが目の前にあった。







「生存者がまだいるなんてん!」


 目を覚ましたゾン子は、悪夢の真ん前にいた。筋骨隆々の髭面の大男がしなを作って甲高い矯声を上げていた。今までに見たことのないタイプである。心は乙女のタンクトップは、注射器を丁寧にポーチにしまう。


「毒が回りきる前で助かったわん♪ そこの子猫ちゃんに感謝しなさいよね?」


 毛布を失ってただのパンイチになったゾン子には、だぼだぼのジャケットが被せられていた。奥の壁では、寄りかかるような体育座りの猫耳幼女。パンツが見えそうで、ゾン子は血眼で首を動かした。心は乙女の紳士が視線を遮る。

 ゾン子は舌打ちした。


「なんだってんだ……ここは?」

「シェルターから閉め出されちゃってねー、下水処理場の避難経路ってことよん♪」


 非常用の電灯で照らされた薄暗い部屋。下水といいつつ汚い感じはしなかった。下水処理経路そのものではなく、施設の内部といったところか。


「浄化システムは正常に作動してるから大丈夫。役所の地下シェルターに閉じ籠った奴等は危ないかも……この毒、空気より重いわ」


 空気も清浄するのか、と。よく考えたら汚水を危険ないように処理するのだ。清潔でないはずがない。

 行きずりの幼女が静かに立ち上がった。


「行く宛無しんこならじっとしてようぜー?」


 不満げな声を上げるゾン子の脇腹を蹴り飛ばす。咳き込みながらのたうち回るパンイチジャケットに、オカマはあらまあと声を上げた。


「乱暴はだ~め」


 幼女が小首を傾げた。とたとた駆けてゾン子の頭を撫でる。かわいいは正義である。即ち、無罪放免だ。


「あ、そういやアンタは誰なんだ……」


 インパクトが強すぎて忘れていたが、この死体の山の生き残りなのだ。何か知っているかもしれない。


「アタシはミトコンドリア斎藤。ミートとコーンとドリアが好きな、流浪の作曲家よん♪」


 きゃぴ、とポーズを作る。げんなりとした顔でそれを眺めるゾン子。


「貴女は?」

「教えなーい」

「んもう、イケず!」


 ミトコンドリア斎藤は猫耳幼女に視線を移して、すぐに視線を戻した。

 ネコちゃんは尻尾を前にゆらゆらさせて一人でじゃれている。


「で、ここにいれば本当に安全なのか?」

「んや。なんかおかしくなったお巡りさんが暴れてるのん。そんなカッコで捕まったら犯されるわよ」

「うはー」


 それは御免被りたい。死体で不死身だが、流れ弾一発で死の危険があるのは変わらないのだ。


「アタシ一人ならうまくやり過ごす自信があったんだけど……女の子二人連れるならちょっと安全度を高めたいわ」

「どうすんの?」

「奥に潜る」

「うひー」


 ぶかぶかジャケットの袖がひらひら揺れた。清涼剤のような幼女が走り寄って、ぺしぺし猫パンチを見舞ってくる。


「救助に見つからなかったら意味ないんじゃない?」

「救助……来ると思う?」

「うふへー」


 幼女の頭をぺしぺし叩きながらゾン子は歩き出した。


「あら、そっちだってよく分かったわね」

「水の流れる方が奥だろ」


 ドヤ顔でゾン子が答える。


「……いや、そっち逆」

「うほー」








 薄暗い。猫耳幼女の両目から発せられるライトが道を照らす。最近の幼女は随分高性能なのだとゾン子は感心した。


「ミトコンちゃんはさあ、どうしてベイエリアに来たんだ?」


 沈黙に耐えかねてゾン子が口を開いた。


「んー? ま、昔付き合いがあったアイドルの追悼コンサートよ」

「追悼? ああ、なんかたくさん集まってたっけか」

「アンチも多かったけど、根強いファンもたくさんいたのよ? 本人が良い子だったから余計に、ね……」


 オカマはらしくもなく暗い顔をする。作曲家、だったか。ゾン子が目の前の猫耳をわしゃわしゃしながら相槌を打った。


「なんか、残念だったな。俺もアイドルと握手したことあるから分かるぞ……いい奴だった」

「そうね。これも因果、か」

「あん?」


 ミトコンドリアは足を止めた。ゾン子も足を止める。一人で先に行こうとした猫耳幼女の尻尾を引っ掴んで止めた。脛を蹴られて転がり回る。


「……ま、その子の死んだ原因と今回の騒動がドンピシャっぽいって話」

「――――p・wカンパニー、か」

「やっぱり知ってたのね。あのエリアでまともに生存している時点で只者ではないと思ってたわ」


 幼女が発光を止めた。小さな非常灯が作動しているのか、ほんのりと周囲が見える程度。ゾン子は少し悩んで口を開いた。


「なんか、難儀してんな……お互い様か」

「出来ることなら――――アタシは復讐したい」


 斎藤は言った。


「あの子を汚し、アタシの歌を血で染めた奴らが憎い」


 人間の憎しみ。強い感情に当てられて、死体はたじろいだ。生きている者にしか発せない、強い意志の波動。貫くように真っ直ぐな目をしていた。


「やめとけって。奴らは化け物だ」


 関わり合いになりたくない。接点を持ちたくない。ゾン子はたったと小走りで分かれ道まで進んだ。作曲家は静かに微笑んでいた。同じ痛みを持つ者同士、どこか安らぐところがあったのだろう。

 光が満ちた。

 しかし、ゾン子の目に写る幼女は、暗い瞳を向けたまま。



「――――っ」



 ミトコンドリア斎藤。流浪のオカマ作曲家。その叫びは野太く響いていた。ゾン子は横倒しになる視界でそれを見た。

 上半身が下半身から落ちてべしゃりと音を上げた。遅れて、鮮血の噴水が噴き上がる。

 両断された死体は最期の視界にその姿を見た。

 白い装甲、光を跳ね返す鏡面、どっしりとした脚部。そして、刃渡り一メートルを越える血濡れのバスタードソード。







「お願い、大人しくして!」


 暴れる幼女を抱えてミトコンドリア斎藤は走る。

 あのパンイチ少女は突如現れたサイボーグに両断された。猫耳を震わせながら、尻尾を立てて幼女はそれを見ていた。食い入るように大剣を構えたサイボーグを見つめ、同時にただの死体と化した少女を見下ろしていた。

 その表情は読めないが、どこか驚いているように見えた。


「一本道じゃ追いつかれる!」


 思ったより動きが遅いが、このまま脱出してしまうわけにも行かない。外の毒が薄れている保証はないのだ。


(そうね。この子は毒が効かないみたいだけど……アタシはここで死んでやるつもりはない。どこかで逆転の手を打たないと)


 ズボンのジッパーを慣れた手つきで下げながら振り返る。

 表情が凍った。バズーカを構えたサイボーグが、引き金に指を掛けていた。



「南無三――――っ!!」

「仏じゃなくて神に祈んな!」



 砲弾が真っ二つに割れた。もちろん自然現象などではなく、であれば何らかの作為が働いていた。例えば、鋭い手刀に高水圧カッターを纏った一撃とか。


「速すぎる手刀、俺じゃなきゃ見逃してたね」


 パンツ一丁で死体が格好付けていた。オカマと幼女の目が見開かれる。

 ゾン子が改めてを見た。戦わない、と悠長なことはもう言えない。



 右手の水を散らせて前へ。バスタードソードの射程の内側に飛び込む。コード、ブリーチ。その胸部が鋭く発光する。ブリリアントブラインド。


「乙女の嗜みよっ!」


 アンダースローでえらい的確に、しかも勢いよく投げられた。作曲家が気取って使うサングラス。この圧倒的な光量には気休めにしかならないかもしれない。


「サンキュ!」


 それでも、その数秒があれば。ゾン子の怪力がバスタードソードをへし折っていた。拳を強く握り、放つ。ボディに抉りこむような一撃。

 一発だけじゃない。身体を揺らすように、何度も何度も拳を打ち抜く。その度に機体が揺れ、コーティングが剥がれ落ちていく。右へ、左へ。揺れて揺らいで衝撃を積み重ねていく。


「雷を」


 最近のマイブーム。力押しのデンプシーロール。


「握り潰すようにぃぃいいいい!!!!」


 明日のチャンプがトドメの右ストレートを放った。ばごん、と機体が大きく凹む音がして、それでも動きは止まらない。

 ゾン子の左手がぐわしと開く。湿気た空間の水分を槍のように展開。


「喰らっとけぇ!」


 鈍い音がサイボーグを喰い破った。バラバラに砕け散った躯体を見て、死体少女がしたり顔を浮かべる。パンツ一丁で。



「よう、ミトコンちゃん!」

「――貴女、何者なの……?」


 猫耳幼女も見開いた目でゾン子を見つめている。にへらとむかつく笑みを浮かべると、不死身の怪物は言い放った。


「私さ――――死体なんだよねー」







『B』ブリーチ――――途中スコア。



撃破対象、13。


 先のG型の活躍の生き残りの大多数が地下シェルターに隠れ残った。

 辛うじて生き残った11人のイベント参加者が消毒機能のある下水処理場に逃げ延びたが、追ってきた警察官とのどたごたの間にB型サイボーグに共々駆除された。

 下水処理場で反撃者を撃破する快挙を見せるが、その後別の反撃者に撃破される。同型型のポイントに大きく貢献したもの。

 イベント参加者3点×11=33点

 狂った警察官10点×1=10点

 反撃者1000点×1=1000点

 合計、1043点



被害状況、変化なし。


 先のG型襲来の際に既に甚大な被害を受けていたもの。

 下水処理場の入口近くがやや損壊。








 変態と変態と変態のおもちゃ。

 三人は毒から逃れるため下水処理場の奥へ。



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