ve.I(後)

「ひゅーひゅー、やるねえー」


 双眼鏡片手にゾン子が喝采を上げた。プロのゴリラハンターは迫力が違う。何故こんなところにゴリラの集団が現れたのか全く分からないが、彼らの活躍があれば心配はいらないだろう。

 戦わない。観察Obser"ve"である。さすが悪名高きカンパニー、動物園では得られない現実感だ。VRなんて目じゃないや。


「嬢ちゃんも見なよ。あっちの幼女もきゃわいい目でこっち見てるぜ。ゾンビは見慣れない感じかな?」


 げらげら笑うゾン子は同じ毛布にくるまった猫耳幼女に双眼鏡を押しつける。やたら高性能で熱感知や空気中の成分表示まで出るハイテク機器は、この猫ちゃんのスカートから出てきたものだ。


「んぅっふ、こりゃこっちには気づかれてんね。要救助対象として振る舞えば助けてくれるかな。それとも嬢ちゃん、実は狙われてたりする?」


 猫耳をぴくぴくさせて幼女が小首を傾げた。ゾン子はご満悦で頬をつんつんしている。ぷにぷにして柔らかい。けど、イマイチ表情が読めない。さっきから言葉も一言も発しないのだ。


「うっわ、あっちもやべえじゃん。焼け野原ってやつだ。何か黒いし、あっちに助け求めるのはヤバそうかな……ああ、行っちゃった」


 右も左も大激戦。

 地味にどちらも男なのがゾン子を気後れさせていた。パンイチ毛布の痴女ルックで、見知らぬ男に助けを求めるのは中々の高難易度。しかも猫耳幼女を連れて。それだけで通報ランクが跳ね上がる。


「どうしよ、今から嘘泣きで取り入ってみるかね」


 背には腹は代えられない。戦闘終了を見計らって、静かに立ち上がる。が、毛布を押さえつけられた。伝説の猫耳幼女が毛布を手放そうとしない。そこから動こうとしない。

 取り敢えず、無視しよう。前回の戦闘実験のように見張られてのデスマッチではないのだ、と彼女は思い込んでいる。心底祈っている。

 実力者に寄生して何とか隙を見て脱出しよう。そして、にへらと笑うあの虫をぶん殴るのだ。


(幼女を連れている奴はだいたい良い奴ってオグンも言ってたしな……)


 毛布を諦めて手を挙げようとするゾン子の背後。

 猫尻尾をぴんと立てた幼女がそのパンツをずり下ろしていた。


「なんなのバカなのおいたが過ぎるのっ!?」


 慌てて毛布の中に潜り込む。全裸の死体が助けを求めてくるなんて、ただのホラーだ。死体でも、変態でも、同じことである。

 と、件のゴリラプロ(幼女を添えて)が何かを叫んだ。ここにいない誰かに対する苦言のようだった。ゾン子も同じように叫びたいが、パンツを履くのが先だ。


(いや、待て……同じようなことが前にもなかったか?)


 どこか、少し遠く、そう、今ぐらいの距離感で同じような嘆きを耳にした気がする。あまり交遊関係が広くないゾン子には、可能性はだいぶ限られてくる。

 例えば、先般の戦闘実験とか。


(ゴリラハンターじゃねえ、あの戦闘実験の他の参加者かっ!? ……あれ、てことは今この状況はその延長なわけ……?)



 と、いうことは。


「俺様をハメやがったなぁぁああああの害虫めぇぇえええ――――!!!!」



 実際、あの虫人にそのような意図は無かった。僅かな悪戯心があったと言われるとテヘペロだが、それはちょっとした彼女の茶目っ気だった。

 卓越した頭脳を持ち、カンパニーに寵愛されるまで至った優等生ちゃんには分からなかった。小難しい説明がよく分からないからと、とか思っちゃう劣等生の内心など。

 脳味噌腐敗で鳥頭、色々足りていないのだ。


「ああ……いつの間にいねえし…………」


 パンイチで頭を抱える。猫耳幼女はその頭を無表情のまま撫でた。この状況は彼女のせいでもあるが、ゾン子は責めるでもなく泣き崩れた。可愛いは正義である。

 訂正、自業自得だった。







 あの白いワンピースの一団は、ほぼ全滅していた。服ごと。引き裂かれたり、焼き尽くされたり。


「非道いことするなぁ……」


 幼女連れで死体の群れを見回るゾン子。人っ子一人いない不毛の地で、毛布は猫耳の上に乗せていた。

 パンイチの死体がゆったりと躍る。


「こういう光景には覚えがある。魂に刻み込まれている」


 戦争、ではなく蹂躙だった。

 列強諸国に虫けらのように踏み荒らされる魂たちの叫びを、彼女には刻み込まれている。

 舞踏は、古来より祈りと同一視されていた。トランスし、精霊と同化する研きの端。



「信ずる者は掬われる――我が神名の元へと」



 猫耳幼女は唯一の生き証人となった。正真正銘の神秘が目の前に展開している。

 死体たちが、起き上がっていた。

 ゆったりと、屍神に同調するように踊り始める。呪詛と祈りは同種だった。何も出来ずに蹂躙された魂たちは、叫びを上げている。


「虐げられし魂に、叛逆の機を」


 コード、インパルス。

 異形のゴリラが一体突っ立っていた。片腕しかないが、辛うじて起動していた。破壊し損ねた最後の一体、といったところか。


「さあ」


 死体の群れが群がっていく。力無き亡者たちが、叩く、蹴る、剥がす。何度も何度も、何度も蹴散らされても。

 死んでいるのだ。もう失うものもない。肉体は動かなくとも、身体はいくらでも動く。

 行きずりの幼女は、その光景をじっと見つめていた。


「にっしゃっしゃ! しばらくこの一帯は大変だぞ~?」


 猫耳を押し潰す毛布を回収する。パンイチ毛布のスタイリッシュ痴女ルックでゾン子は幼女を連れて歩き出した。

 旅は道連れ、猫耳の幼女である。

 背後でゴリラが倒れる音を聞きながら、ゾン子は真っ直ぐ進み出した。あの聳え立つビルがある方向、あれは危険な匂いがする。ゾン子は始めからそんな地雷は見ていない。


 あの戦闘実験を生き残った猛者が猛威を奮っているのだ。彼らの獅子奮迅、大健闘を期待したい。

 見えている危険は、是非にとも腕っ節の強い輩に任せよう。







『I』インパルス――――途中スコア。



撃破対象、たくさん。


 上陸後、3番エリアの住民を半数以上殺害する。具体的な点数は映像照会を待つ。その後、反逆者二名によりエリア内の機体は全滅。残り少ない同型機の活躍に期待したい。



被害状況、甚大。


 $の目撃情報によると、「住民の七割が死傷」し、隠れ残った住民たちが安堵の息を吐いている。

 だが、「3番エリアの死者が徘徊し、行動不能になるまで半日が見込まれる」。また、「建造物は半分近くが倒壊」。その他被害状況なし。







 パンイチ死体と猫耳幼女。

 二人は服を求めて、4番エリアへと。

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