vs.E

 海に橋を掛ける、というのは自然を征服しているようであまり好まない。だが、実際に通ってみると、中々どうして馬鹿には出来ないものだった。


「これも、人類の底力ってやつかねえ」


 白い清楚なワンピースに、淡いピンクのブーツ。膝丈ちょっと上くらいでカワイイコちゃんスタイルの少女は、何を隠そう死体である。

 いつもの一張羅、青いワンピースは置いてきた。

 赤いアンダーリムのサングラスで腐った目元を隠し、風になびく麦わら帽子を押さえる姿は、ともすれば深窓の令嬢のように見えた。

 その実、深層の、霊嬢だったが。


「レグ兄からお小遣い貰ったし、オケラっちゃんからはパンフも貰ったし」


 ぐにゃりと嗤う口元の品の無さは誤魔化せない。


「――――パーっと遊ぶかぁ!!」


 何たってリゾート地である。あみゅーずめんととかしょっぴんぐとか言われたらお洒落して色めき立ったりもする。

 腐っても女の子である。


(オケっちゃんも報酬前払いなんて気前いいぜ! 何たって何にもしないで遊びたい放題だかんな!)


 性根はとことん腐っているけれども。

 大橋の欄干にもたれながら、カモメさんたちに手を振っている。めかしこんで買った懐中時計を覗き込む。そろそろ正午だ。


「水着買って海水浴してーなぁ……」


 とたとたと歩き始める。日差しが少しキツいか。パンピーゾンビと違って、仮にも神の名を関しているゾン子は日光も平気へっちゃらである。


「でもま、日傘とか買ってみてー」


 ちょっとファンシーなかわいいやつとか。にしし、と笑みを零すと、嫌な電子音が耳を突き抜けた。

 爆破。

 弾ける火薬が肌を焼き、瓦礫の破片が衣服を裂いた。飛ばされる麦わら帽子を掴もうとした腕がコンクリートの大質量にへし折られる。


「聞いてねーよ、オっちゃん!?」


 だが、ここは海上。水ならば腐るほどある。が、呆気なく撃ち負ける。


「聞いてねえ……っ」


 極めつけに、大口を開けるサメ。着水よりも先に補食されるゾン子。


「何をするだぁーっ! 許さん!!」


 グラサンのグラスがぱりんと割れる。

 下半身からガブガブと食われ始める。とても痛い。


「おのれカンパニーぃぃぃいい!!!! 許さねえ、絶対にっっ!!!! この怨み晴らさずにぃぃぃいいいいい――――!!!!」


 真っ赤に染まる視界の中、あの虫人のにへらとした笑みが思い浮かんだ。あいつこそカンパニーの尖兵だ。絶対にぶん殴ろう、とゾン子は心に決めた。







 どっこい、ゾン子は生きていた。正確には死んでいるが。

 彼女は不死身で死体なのだ。



「なんだよ……なんなんだよ、もう」


 貰った地図は海の藻屑と化した。書き込みまくったパンフレットも、奮発した衣装も、胸に宿るわくわくも、全てがパーだ。ご破算だ。

 パーっと逝ってしまった。


「あたしが何か悪いことしたってのか……」


 ※しました。


「しかも、えっちなサメさんかよ……あんなかっちょいい見かけで陰キャすけべっちとか幻滅だわ…………」


 麦わら帽子にパンイチというアバンギャルドが過ぎる格好。あのサメに身包みほとんど剥がされてしまった。皮膚ごとだったが、そちらは復活している。


「んだよ……風邪引くじゃんか……死体だから引かねえか」


 太陽が眩しい。盛り土の上で大の字で横たわる。もう完全にやる気をなくしてしまった。ただの荒れ地かと思ったらプラスチックの破片で背中を切った。小さい悲鳴がくぐもる。

 異界電力ベイエリア、の8番エリア。であることは彼女は知らない。そもそも目的地に辿り着いたことすら知らないのだ。

 物音がして身体を隠す。身を隠せる場所は無かった。


「お、こんなとこに逃げこんだ奴がいたのか」

「てか、なんで半裸?」

「痴女か? 変態なのか?」

「何だか知らんがとにかくよし!」


 揃いも揃って黒一色の痩せ型の男たち。フルヘルとライダースーツ着用で怪しいことこの上ない。銃器で武装しているのが見えた。まず一般人とは呼べないだろう。


「きゃーえっちーやめてー見ないでー助けてーぇぇえええいぃ写真は止めろっっ!! 揃いも揃って撮るんじゃねえ――――っ!!」


 割と必死でカメラのフラッシュに抵抗するゾン子。これは青少年の教育上よろしくない展開だ。若干涙目で両指をわきわき動かす。波打ち際で水のタリスマンと真っ向勝負というのはいい度胸だった。兎にも角にもぶち飛ばそうとするゾン子の目が止まる。


(あいつ、なに……?)


 怪しげな男たちに混ざって、でっかい化け物がいる。

 白色の強化ビニールの外装、全体として卵型の流線形。二メートルを超える巨体から黒い二つの目が見降ろしていた。尋常ではない。ゾン子はあの戦闘実験を思い出していた。


(カンパニー…………っ!?)


 まず、間違いない。あんな珍妙な生き物は見たことが無い。ぷるぷる震えるその巨躯に、ゾン子は機械という発想に至れなかった。彼女の中のロボとは、ロケットパンチとか加速装置とかそんな感じだった。

 コード、エッグ。ゾン子の判断は素早かった。地形が断然有利だったこともある。何となく胸を隠していた両手を万歳して、奇声を発した。男たちが歓声を上げるが気にしない。

 練り上げる。積み上げる。高まる。



「先手必殺」


 莫大な水の質量が天から雪崩落ちた。全力全壊の大津波。


「墜ちて潰えろぉぉおおお!!!!」



 両手を振り下ろした。

 音が消えた。次に、光が消えた。自分を巻き込む覚悟でゾン子は最大出力を未知の敵に叩き込んだ。大洪水の振動をその身に感じたゾン子は、目を見開いた。

 一瞬で掃討されたライダースーツたちとは一線を画していた。その身をぷるぷる震わせて何十トンもの大質量を受け止める異形の塊に。


(ぶち、斬れろ……っ!)


 肉体がひしゃげていくのを感じながら、ゾン子はウォーターカッターを放った。油断が無かったからこそ成せた、隙を生ぜぬ二段構え。

 柔らかいものが弾けた感触がした。莫大な電圧がゾン子の脳神経を焼き尽くしたのと、エッグの巨体が潰れたのは同時だった。エリア丸々一つ巻き込む大惨事が終息する。


 まともに原型を残している物体は、何一つ残っていない。







『E』エッグ――――途中スコア。



撃破対象、ゼロ。


 上陸とはぼ同時刻に謎の大津波に襲われてサポート役共々大破。当該機体の復帰は不可能と判断される。同型機の活躍に期待したい。



被害状況、甚大。


 大津波により8番エリアはほぼ全壊だが、元々更地のため問題はない。同エリアの@及び♯も全滅したため、詳細な状況は不明。「5番エリアに繋がる橋だけは奇跡的に無事」だが、「5番エリアの外側が壊滅的被害」。「5番エリア内側もやや被害が散見」される。その他被害状況なし。







 半裸の死体は、3番エリアに流れ着いたという。







 

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