vs異世界螻蛄(後)
不死身を殺す。
それは人類が欲して止まない不老不死の裏の命題として存在している。死なず老いない。そんな存在をどうやって終わらせられるか。仮説はいくらか立てられた。しかし、その実験データは極めて稀少だ。
何せ、不死身が稀少だ。それを確認し、そして確保するのは並大抵のことではない。極めつけに、誰もが気づくのだ。不死身の存在を完全に制御することなど出来ない。手に余る、と。
不死身を殺す。不死性を破壊する。その成果は求めて止まない不老不死に至る道を遠ざけるもの。しかし、それでも追い求められずにはいられない。検体が目の前にあるのなら、試さずにはいられない。
それが、人間の暴力的理性だ。
◇
「ほいなっ」
ゾン子の方が速い。大水流が真っ正面から虫人を押し潰し、轟音を上げて会場を水浸しにする。必要な水分は予め撒いておけば操作はワンテンポ速くなる。腐った脳味噌でも学習するのだ。
「ほれほれ」
水の槍が次々と浮かんでいく。
不死身でも、あっさり死んでやるつもりは無い。海中にあるこの会場は元々ゾン子に有利なもの。その利を十二分に使いきる。
一斉掃射。
「データイジョウ、カクニン」
「データじゃなくてデートしようぜぇ!?」
調子に乗って来た。防がれてもその水分は辺りに散らばるだけ。鞭に槍。打撃と斬撃の限りを尽くす。
だが、虫人は最初の水流で薙ぎ倒されたままの格好で健在していた。高密度外骨格。これだけの猛攻を前に、ほとんどダメージを受けていない。それどころか、ゆっくりと立ち上がった。
「おいおい、マジか」
「モクヒョウ、ホソク」
頼みのウォーターカッターが鉈のような手に両断される。ゾン子の攻撃でこれ以上の威力のものは、無い。接近を狙う虫人を止められない。
「なら、ひっぺがしてやるっての!!」
怪力。水刃纏う手刀が外骨格に弾かれた。返す刀で左腕が撥ね飛ばされた。噴き出す鮮血を外骨格に叩き付けるが、やはりびくともしない。防御も回避も必要としない。攻撃が全く通らない。
(今、心臓を斬れた。なのに、腕――――?)
疑問。しかし、それどころではない。白衣を翻して、飛ばした腕に群がる姿は。肉を抉って、血を抜いているように見える。死体の本能が危険信号を発した。
「何、して……?」
「ホカク、カンリョウ」
ゾン子が自らの首を撥ねた。即死、肉体が再構成を始める。無傷の肉体が水流を繰る。虫人は手に持つゾン子の左腕を庇うように水流を切り裂いた。大斬撃。
左腕が、復活しない。
「セイカ、カクニン。フジミ、カイタイカイシ」
その音は。発せられる音声は。白衣の虫人が何かをしたことは明白だった。屍神の不死性が覆される、何かを。ゾン子の背筋にぞくりと悪寒が走った。
戦場でよそ見していたら首を飛ばされた。
無謀な相手に挑んで細切れにされて燃やされた。
格下相手に油断してバラバラに解体された。
死体の巨人相手にふざけたようになぶり殺された。
七面鳥を無理矢理飲み込んだ。
寄生虫をあえて飲み込んだ。
海老ボクサーとボクサー対決なんてやった。
対魔師相手に駆け引きの真似事なんかした。
これまで、不死性があったからこそ好き勝手やれたのだ。その前提が崩れ去る。その感覚が、本当の死が近づく足音が少女を震えさせた。
「ちくしょう返せ!」
片腕のゾン子が走る。水の槍が外骨格に弾かれ、怪力任せの格闘が軽くあしらわれる。
(何なんだ、何なんだコイツらっ!?)
こんな、化け物たちがいたのか。不死身は無敵だと思っていた。何でも出来ると勘違いしていた。けど、そうじゃない。不死身だって絶対ではないし、自分はこんなにも弱い。
(それで、屍神としての役割を果たせるのか……?)
左足が綺麗に刈り取られた。白衣の怪物が貪る。こんな怪物を飼うつもりだったのか、と薄れる意識の中で思う。処置は終わったらしい。心臓を貫かれることで蘇生される。
次は右足。痛みが脳をすり抜けてどこかにいった。貪る虫人に、何か既視感みたいなものを感じた。屍肉を貪る姿に、何かが重なるような。再び心臓を貫かれる。
「待て。何でイチイチ蘇生した?」
◇
右腕が器用に翻った。高水圧の水流がゾン子を攫い、虫人を押しのける。最初の一撃。確かにダメージは無かった。だが、莫大な質量に踏ん張り切れずに薙ぎ倒されたのも事実。完全に無駄だったわけではない。
弱者という立場に騙されるな。弱者は狩られるだけではない。反撃の手を模索し、捕食者を噛むのだ。
(そうやって、何度も噛まれてきたのは)
他ならぬ、自分ではないか。
腹から下を切り落として投げつける。迎撃された。肉を失い過ぎたゾン子の肉体が死亡する。左腕、両脚が無いだけの完全体が蘇る。
「不死身が死んだわけじゃねぇ」
焦るな。踊らさられるな。
死の舞踏は自ら踊る。
「支配権が移ったのかっ!?」
「セイカイ」
自らの研究成果をアピールするように。白衣の虫人は雄弁に翅を震わせた。
ゾン子だって、この実験の中で魂を喰らって自らの一部にしてきた。象徴する意味は同じだ。
「シシン、セイレイニカンショウ。プラーナ、シニクヤドル」
「ちくしょう、知らない単語が混ざった!」
もう少しで分かりそうだったのに。難しい単語を混ぜるのは止めて欲しい。不死身でも、脳味噌は腐っているのだ。
そう、不死性を失ったわけでは無かった。失ったのは、肉体の支配権。血を抜き、肉を抜き、宿る魂すら抜き取って。研究者は込めたのだ。己の血肉を。自らの肉体の一部として定義するために。
塗り替えるまでに死なれたら、肉体の制御権を獲得出来ない。だからこそ、強制的に蘇生を繰り返しながら、少しずつ奪っていった。少しずつ、殺していった。
「フジミ、ニクタイヒツヨウ」
魂だけの霊魂は、不死身とは呼ばない。ゾン子は右手を繰った。水流が氾濫する。まるで龍のような水柱が暴れ狂った。
奪われたのならば、取り返せるはずだ。
それでも外骨格を砕けない。あの手足のどれかを取り返せたら、精霊越しに魂を伝えられたら、それこそが反撃の一手。接近困難と判断した虫人は大斬撃を放つ。
「自分で言うのも何だが……お荷物三つも背負って動きにくくないかい?」
死体が右の五指を開く。大水流と大斬撃が相殺された。踏み込みが不十分だ。ゾン子の手足が邪魔になっている。
大波がゾン子を覆う。大斬撃。波が切り裂かれ、しかしそこにゾン子の姿は無い。
「ハイゴ」
「ぴんぽん」
至近距離からのウォーターカッター。それでも外骨格は砕けない。ついに右腕が鉈に飛ばされた。虫人の強靭な脚力がそれを追う。ゾン子は強かに笑った。
(ああ、知らなかったなぁ)
不死身だから、分からなかった。このギリギリの綱渡りは。戦士の魂ががなりたてる。不死性を脅かされて、だからこそもっと強く。
(これが――生死を分ける戦いってやつか)
集まる大水泡がゾン子の口から発せられた。虫人の表情が驚愕に染まる。この戦いで、初めて見せる表情。
「そいつは囮だぁよ」
「ウデナシ、デ!?」
指を這わせるのは、ただの癖だ。
タリスマンとは、動物の骨や他者の肉体の一部分を神々の象徴とするお守りである。ゾン子の場合は、とある勇猛な女戦士の頭蓋。それを震わせられれば、精霊との交信は達せられる。
虫人の肉体が薙ぎ倒され、反動でゾン子の肉体が砕けた。再構成。屍神は右腕を掲げて不敵な笑みを浮かべた。
「オモシロイ」
意外にも白衣の虫人は乗ってきた。好戦的な性格でもあるらしい。会場のあちらこちらから水流が巻き上がる。スプリンクラーのような噴出に乗って、ゾン子が躍るように水泡を撒き散らす。
「ッ」
やがて、虫人が膝を着いた。ゾン子の歪な踊りは、死を深める呪い。神格としての、虹蛇の権能。
「死の臭いがぷんぷんするぜ? それに、それだけ死を引き連れればなぁ!!」
「コンナ、データハ!?」
肉体が重い。純粋戦闘で僅か五分程、こんなに速く活動限界が来るはずは無い。屍神は踊る。死に接し、死を食らい、死を纏う者の死を深める呪術。まともな生者に施すのならば、四十八時間ぶっ続けで瞬きさせずに見て頂いて、最終的に同意を得られてようやく即死の呪いに発展する代物。
だが。
「お前、いくら殺した?」
「タクサン、タベタ。スキキライ、ダメ」
死体の手足を躊躇いなく貪る程の雑食。さらにはゾン子の手足を、死体の一部分を三つも身に着けているのだ。死が深まっていく。それでも、白衣の戦士は止まらない。
「マケラレナイ。ステラレタク、ナイ」
「それが本音か。だから捨てられたらウチに来いって」
踏み込み、が滑った。床を濡らし回った結果。大斬撃が不発に終わる。鮮血が轟いた。手足の止血を解除、ゾン子の血液が槍の雨の様に降り注ぐ。
「死体花火、なんつって」
即死、復活。虫人は苦悶の声を上げて蹲った。あれだけの量の攻撃、どこかしらの弱点を穿てたか。化け物も、生き物である。であれば、何かしらの弱点があるはずなのだ。不死身の死体にすら、弱点はあったのだから。
高密度外骨格の弱点、それは関節部だった。
ゾン子が飛ぶ。同時に、凄まじい轟音が会場に響いた。それは力強い踏み込み。今度はゾン子が目を見開いた。無理矢理撃つ気だ。ゾン子は右腕を伸ばす。先に水流で圧し潰す。
大斬撃。間に合わない。
「――――っくしょお!!!!」
破壊の旋風では無く、研ぎ澄まされた斬撃だった。右腕の付け根からスッパリと持っていかれる。強靭な脚力。着地すら考えずに血肉を貪る。魂を注ぎ込む。遅れて斬撃の余波でゾン子の肉体が砕けた。
四肢の無い、死体が転がっていた。
「まだぁ!!」
止血はしなかった。四肢から鮮血が溢れ、無数の赤槍が外骨格の関節部位を狙う。対する虫人は、ゾン子の手足を遠くに投げ捨てていた。身軽になった身体で、攻撃を避け切る。
失血死、復活。そして、終焉。
――――虫人の手鉈が頭蓋骨を引き抜いていた。
ばしゃり、と。遅れて四肢が落ちた。死体は白目を剥いて動かない。だが、虫人もその体勢から横倒しになっていた。薄くなっていく呼吸で、その身を震わせていた。
「カンパニー、スキ。カッタ、パパ――――」
活動限界。何でも食べ、多くを食する虫人は、その分消費エネルギーも桁違いだった。消耗し切って、最早餓死寸前だった。まるで戦利品のように頭抱き締めた頭蓋骨を取りこぼす。意識が落ちた。
と、白衣の男たちが焦った表情で雪崩れ込んだ。彼らにとってもこの虫人はちゃんと家族だったらしい。緊急治療が行われるとの声が響いた。
死体は、ついに動かなかった。
実験終了の、ブザーが鳴った。
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