vs異世界螻蛄(前)
前回までのあらすじ
アイドルデビューを夢見てpwコーポレーションの戦闘実験に参加することになったゾン子。嬉し恥ずかし家族旅行を夢見て死闘を繰り広げる。その後もフードファイターゾン子は七面鳥、寄生虫、海老、金糸雀を食するが、食べ過ぎて実験動物としてカンパニーに捕らわれてしまう。
◇
「オマエ、カンパニーノテキ」
白衣の女性がゾン子を睨む。その格好は、カンパニーの関係者か。真っ黒な外骨格に包まれた肉体は二メートルを越えようか。立っている足は二対四本で、腕に見える前足と共に胸の辺りから生えている。また手はスコップのようで、指のような爪があるが曲げることは出来なさそうだ。
人間では決して無かった。
「へぇ、お前喋れんのな」
愛嬌ある真ん丸な黒目がくりりと震える。白衣の虫人はお辞儀をするように背中の短い翅を見せた。こすり合わせて音声を発する。
「オマエ、コロス。カンパニー、ヨロコブ」
ダン、と踏み込み。
驚異の高密度外骨格がうねりを上げた。大斬撃。離れていたはずの距離が、鎌鼬に切り裂かれる。破壊の旋風。侵入者の全身はミンチに落ちた。
「だから無理だって。不死身だもん」
細切れの屍肉が組み上がる。死体少女が不敵な笑みを浮かべた。虫人がにこりと笑った。
「データドオリ」
「あんなロクでもない連中に付き従うとか……酔狂ちゃんなのね」
小首を傾げる虫人に、ちょっと可愛いとか思っちゃうゾン子。目の前の白衣の女は、彼女の考える怪人の姿そのもの。まさに屍神の手先に相応しい。
「ねぇね、お姉ちゃんと一緒に来ない? 可愛がってあげるよん♪」
アメちゃんあるよ、とワンピースのポケットを揺らす。無いぞ。
「カンパニー、スキ。カンパニー、カゾク」
だから、戦う。同じく死体の家族と戦うゾン子が表情を抜いた。死体同士ではなく、同じ信念を持つもの同士のシンパシー。向こうもそれを少なからず感じ取ったのかもしれない。
「ほら、もっと攻めていいんだぜ?」
だ、のタイミングで踏み込み。さっきの一撃と同じ、大斬撃。だが、これは。
(どこ狙ってる……?)
真横を破壊が通り抜けた。丸い黒目をくりくりさせる虫人に目を向ける。微笑んでいた。ゾン子はもう一度鎌鼬の跡を見る。
「――――――――っ!?」
砕けたガラスの破片と、決して少なくない量の液体がぶちまけられていた。中身の想像は難しくなかった。薬で無力化する手が有効なのは散々証明されてきた。そんな横槍は同じカンパニーの虫人に呆気なく叩き潰された。
「フジミ、コロス。ソノタメノセントウジッケン」
「……にしし、おも屍れぇじゃねえか」
不気味なまでに友好的な表情に戦慄が走る。さっきまでは癒されていたその表情は、今では底知れない深淵に写る。
不死身を殺す実験。本気でそう言っているのだ。
「ああ……そうだ」
思い出す。そういえば、戦闘実験だった。ゾン子はそれに協力している立場だったはずなのだ。腐った脳みそをシェイクして記憶を繋げる。ゾン子は親指を折り畳んだ四本指をぴんと立てた。両手分。
「七回だ」
虫人は小首を傾げた。
「あたくし様が実験で戦った数だよ。勝利した数だよ。それだけ報酬が貰えるんだろ? 寄越せよ、旅行券。アタシにも家族がいる、孝行とかもしちゃうんだぜ!」
「ハチホン、ミエマスガ」
視力に少し自信の無い虫人は、躊躇いがちに言った。この戦いに勝ったものと想定していても一本多い。死体が首を傾けた。
「足りない分は……お前だ。こっちに来いよ。マジで歓迎するぜ。私も個人的に気に入ってる」
「ケイサン、アワナイ」
オケラの困り顔がカメラに向いた。この実験では贔屓は無しだ。頼れるパパたちの助言は貰えない。
「うるせえ、行こう!!」
腕組み仁王立ちの少女が気迫を込めて言う。白衣の虫人はオロオロと辺りを見回すが、助けてくれる者はいない。今までに相手をしたことがないタイプの相手だった。
「うるせえ、行こう!!」
「ワ、ワカッタ……!」
催促されて虫人が押しきられる。
「ケド」
だが、譲るラインはそこまでだ。
「オマエ、カテタラ、ダ」
「あたぼーよ」
踏み込み。今度は大斬撃ではなく、前に進むために。ゾン子は応じた。両手の指をこねくり回すように動かす。大質量の水を会場にばら蒔いてゾン子は犬歯を剥いた。
「こちとら国をいくつも潰そうってんだ! 世界勢力覆すってのに、こんなとこでたらたらしてらんねぇよぉ――――!!」
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