vs異世界螻蛄(前)

前回までのあらすじ


 アイドルデビューを夢見てpwコーポレーションの戦闘実験に参加することになったゾン子。嬉し恥ずかし家族旅行を夢見て死闘を繰り広げる。その後もフードファイターゾン子は七面鳥、寄生虫、海老、金糸雀を食するが、食べ過ぎて実験動物としてカンパニーに捕らわれてしまう。死体愛好家ネクロフィリアの研究者においしく頂かれて薬漬けの実験動物となったが、同研究者の献身的犠牲により解放。再び戦闘実験に投入される。そこで殺処分される予定だったが、想定外の健闘の末に勝利、処分部隊を全滅させて逃走する。目的不明の死体少女は次々とカンパニーへの破壊工作を敢行。職員のボールペンを手当たり次第シャーペンに入れ換えたり、タイムカードを軒並み退勤にしたり、領収書を一枚だけ破棄したり、トイレットペーパーをキッチンペーパーに取り替えたり、受話器の子機を少しずらして通話中にしたり、目立たない倉庫の電気をあえて点けっぱなしにしたり等々残虐非道の逆襲を尽くす。そしてついには社長室への潜入に成功。社長のオルガノ・ハナダを暗殺してカンパニーを離脱する。しかし、オルガノ・ハナダ隊長率いる警備部門の激しい追撃に徐々に追い込まれることになる。途中捕らえたオルガノ・ハナダ課長を人質にするが、特殊部隊所属のオルガノ・ハナダ隊員の強攻策により人質を放棄。途方にくれたゾン子はオルガノ・ハナダを名乗るエージェントの案内で裏口に案内される。だが、これこそが罠だった。オルガノ・ハナダ社長自らが強襲、死闘の末に再び捕らえられる。そこに割り込んだのは、ゾン子を懇意にしていたあの変態研究者。オルガノ・ハナダと名乗る彼の奇策により、辛うじて危機を脱する。互いに離れ離れに脱出を図る二人。追い詰められたゾン子にオルガノ・ハナダ社長の魔の手が伸びる。さらには偶然出くわした千の腕、千の足、千の頭を持つモンスターによって事態は混迷を極める。三つ巴の大戦争の末に死体とモンスターの間に奇縁極まる友情が築かれた。彼(?)の案内によりエレベーターに逃れたゾン子。そのエレベーターはあの実験会場に向かうものだった。待ち受けるのはカンパニーが誇る最優の戦士。ゾン子は覚悟を決める。向き合う二人の戦士。オルガノ・ハナダを名乗る、社長と書かれたプレートを胸に付けた灰色の人型は、実験開始の合図を下す。







「オマエ、カンパニーノテキ」


 白衣の女性がゾン子を睨む。その格好は、カンパニーの関係者か。真っ黒な外骨格に包まれた肉体は二メートルを越えようか。立っている足は二対四本で、腕に見える前足と共に胸の辺りから生えている。また手はスコップのようで、指のような爪があるが曲げることは出来なさそうだ。

 人間では決して無かった。


「へぇ、お前喋れんのな」


 愛嬌ある真ん丸な黒目がくりりと震える。白衣の虫人はお辞儀をするように背中の短い翅を見せた。こすり合わせて音声を発する。


「オマエ、コロス。カンパニー、ヨロコブ」


 ダン、と踏み込み。

 驚異の高密度外骨格がうねりを上げた。大斬撃。離れていたはずの距離が、鎌鼬に切り裂かれる。破壊の旋風。侵入者の全身はミンチに落ちた。


「だから無理だって。不死身だもん」


 細切れの屍肉が組み上がる。死体少女が不敵な笑みを浮かべた。虫人がにこりと笑った。


「データドオリ」

「あんなロクでもない連中に付き従うとか……酔狂ちゃんなのね」


 小首を傾げる虫人に、ちょっと可愛いとか思っちゃうゾン子。目の前の白衣の女は、彼女の考える怪人の姿そのもの。まさに屍神の手先に相応しい。


「ねぇね、お姉ちゃんと一緒に来ない? 可愛がってあげるよん♪」


 アメちゃんあるよ、とワンピースのポケットを揺らす。無いぞ。


「カンパニー、スキ。カンパニー、カゾク」


 だから、戦う。同じく死体の家族と戦うゾン子が表情を抜いた。死体同士ではなく、同じ信念を持つもの同士のシンパシー。向こうもそれを少なからず感じ取ったのかもしれない。


「ほら、もっと攻めていいんだぜ?」


 だ、のタイミングで踏み込み。さっきの一撃と同じ、大斬撃。だが、これは。


(どこ狙ってる……?)


 真横を破壊が通り抜けた。丸い黒目をくりくりさせる虫人に目を向ける。微笑んでいた。ゾン子はもう一度鎌鼬の跡を見る。


「――――――――っ!?」


 砕けたガラスの破片と、決して少なくない量の液体がぶちまけられていた。中身の想像は難しくなかった。薬で無力化する手が有効なのは散々証明されてきた。そんな横槍は同じカンパニーの虫人に呆気なく叩き潰された。


「フジミ、コロス。ソノタメノセントウジッケン」

「……にしし、おも屍れぇじゃねえか」


 不気味なまでに友好的な表情に戦慄が走る。さっきまでは癒されていたその表情は、今では底知れない深淵に写る。

 不死身を殺す実験。本気でそう言っているのだ。


「ああ……そうだ」


 思い出す。そういえば、戦闘実験だった。ゾン子はそれに協力している立場だったはずなのだ。腐った脳みそをシェイクして記憶を繋げる。ゾン子は親指を折り畳んだ四本指をぴんと立てた。両手分。


「七回だ」


 虫人は小首を傾げた。


「あたくし様が実験で戦った数だよ。勝利した数だよ。それだけ報酬が貰えるんだろ? 寄越せよ、旅行券。アタシにも家族がいる、孝行とかもしちゃうんだぜ!」

「ハチホン、ミエマスガ」


 視力に少し自信の無い虫人は、躊躇いがちに言った。この戦いに勝ったものと想定していても一本多い。死体が首を傾けた。


「足りない分は……お前だ。こっちに来いよ。マジで歓迎するぜ。私も個人的に気に入ってる」

「ケイサン、アワナイ」


 オケラの困り顔がカメラに向いた。この実験では贔屓は無しだ。頼れるの助言は貰えない。


「うるせえ、行こう!!」


 腕組み仁王立ちの少女が気迫を込めて言う。白衣の虫人はオロオロと辺りを見回すが、助けてくれる者はいない。今までに相手をしたことがないタイプの相手だった。


「うるせえ、行こう!!」

「ワ、ワカッタ……!」


 催促されて虫人が押しきられる。


「ケド」


 だが、譲るラインはそこまでだ。


「オマエ、カテタラ、ダ」

「あたぼーよ」


 踏み込み。今度は大斬撃ではなく、前に進むために。ゾン子は応じた。両手の指をこねくり回すように動かす。大質量の水を会場にばら蒔いてゾン子は犬歯を剥いた。



「こちとら国をいくつも潰そうってんだ! 世界勢力覆すってのに、こんなとこでたらたらしてらんねぇよぉ――――!!」

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