vs異世界胡狼人
カウントダウン。冷ややかな機械音に眉をひそめる。
昨夜の研究者との出来事を思い出す。黒装束の、小太りの研究者だ。彼の不埒な視線はかんに障る。
五。
実験とやらの説明。悪趣味だ、と思いながらも続く話は聞き捨てならなかった。
四。
犠牲者は解放しなければならない。強い使命感を胸に身を正す。
三。
無機質なエレベーターの中で強く足を振り下ろした。緊張しているのだろうか。
二。
カンパニーのやり方は気に食わない。彼らはいつも横暴で、欲深い。
一。
「縛られし魂よ、これで自由だ」
◇
異世界死体
・顔
青白い顔の少女。造形は悪くない。
・体格
156cm 58kg
痩躯の少女の姿。死体らしく所々腐っている。
宿す魂の分だけ重いとのことだが、真偽は不明。言い訳にも聞こえる。
・服装
青いワンピース。擦り切れている。
・職業
死体。神(自称)。
証言にイマイチ要領を得ない。
・経歴
アイドルデビューを夢見て実験に参加したと嘯いている。
戦闘実験の参加者だったが暴走、カンパニーに対して危険性ありと判断され拘束される。
殺処分予定だがどうやっても殺しきれず、薬漬けにして無力化しながら実験に投入。
一部、カンパニー内に絶大な人気があり、緊密な関係を築いているという噂あり。当該研究者は見せしめに処分された。
・性格
奔放かつ滅茶苦茶。やりたい放題であり、ちょくちょく性格が変わる。
また、神であることを自称する。脳細胞の腐敗が確認されており、少々足りないところがある。
虚言癖が目立ち、前述の証言には疑いがある。所詮死体だ。
・能力
不死身、魂のストックを幾千にも持っているらしい。死んでも復活すること
が確認されている。
水のタリスマン、周囲の水分を操る。しかし、生物の体液には支配権を持たず、体外に出て支配権を失った時点で主導権を持つ。
怪力、肉体のリミッターを外して常人以上の身体能力を発揮する。
・装備
素手。頭蓋がどうとか言っているが、正気を疑う。
・口癖
死体を検分しちゃうよん♪
大変危険
◇
ぐったりと地面に横たわっている死体がひくひく震えていた。薬物中毒による禁断症状。いくら殺しても死なない死体。周囲の水分を操るという性質上、監禁は難しかった。
なので、科学の力で思考能力を奪った。こうすれば、化け物もただの動く死体である。
「むごい……」
青紫色の短い体毛に覆われた女は呟いた。獣人。アヌビス族の巫女である彼女は、対アンデッドに特化した対魔師である。
「ぃ、ひひ……」
死体の口から声が漏れた。口の端からだらだらと涎を溢しながら、リビングデッドは立ち上がった。全身の筋肉は小刻みに震え、瞳孔は開ききって焦点があっていない。震えながらこちらを見つめている。
対魔師は唇を噛んだ。
「今、解放してやる」
構えるのは銀一色の聖剣、その銘は『上月』。魔に対して無類の強さを誇るそのアーティファクトは、動く死体にも存分にその効力を発するだろう。
踏み込みは一瞬。歩行すら危ういゾンビには回避など不可能。その決意を秘めた目に、一瞬の揺らぎが篭る。しかし、巫女は『上月』を振り抜いた。下段から斜めに振り上げ一閃。対魔の刃が心臓を切り裂いた。どろりと粘っこい鮮血が噴き出した。
「切り捨て――――御免」
どうか安らかな眠りを。実体を持たない霊魂をも貫く一撃。死者の魂を解放することこそが彼女の戦い。
戦士は、哀れみを込めて崩れる死体を
が。
「痛っっっつてえええぇぇぇえええ――――!!!!」
死体が悶絶してのたうち回る。巫女は唖然とした。
「痛い痛い痛い痛いなんだこれめっちゃ痛いなにこれふざけんな痛い痛い痛いよぉぉおおおっ!!」
「天誅」
もう一閃。死体が両断される。が、再生。
「痛い痛いやまじなんなのっ!? それめっちゃ痛いんすけどぉぉおおお!!」
そして号泣。あまりの痛みに悶絶して泣き叫ぶ死体に、対魔師は眉をひそめた。こんな状況は初めてだった。
「……お前、会話が通じるのか?」
「当たり前だろ! 争い反対話し合おうぜ!? ラブアンドピースだって!!」
錯乱している。対魔師が聖剣を再度構えると、死体は怯えたように身を震わせた。その様子が不憫で構えを解く。
「聞いていた話が違う」
「え、なに? アンタもカンパニーに嵌められた系? ここは……あの実験場か」
死体が舌打ちする。中々にレアな光景だ。
「まあ……荒治療だけど助かった。一度死んで変な薬も抜けたみたいだし」
「何だ、お前アンデッドでは無かったのか」
「死体だよ? アンデッドじゃなくてリビングデッドだ」
ふんすと胸を張って死体は答えた。首を傾げる巫女が豊かな胸を揺らす。死体少女は絶望と驚愕の混ざった表情でそれを見つめてた。
「それは私の払うべき魔なのか?」
「神ダゾ。崇めろ」
イマイチ会話に要領が得ない。それは事前情報のとおりだった。
すっ、と。
巫女は聖剣を背後に回した。鋭い金属音が実験会場に響く。
「あれま」
「貴様の敵意を感知した。不意打ちは無駄だったようだな」
「どっちか死なないと脱出出来ないだろ? 僕はちょっとカンパニーの奴等にお礼回りしに行かないとだからさ」
「……貴様、何があったんだ?」
「うるせえ、さっさと潰えろおっぱいちゃん!!」
水のタリスマン、再び。だが、水矢は一刀の下で切り伏せられた。
「その魂の色は何だ? その形は何だ? 何を束ねればそんな風になるんだ?」
対魔師の問いに、死体は不敵に笑った。聖剣を構えて巫女戦士は地を蹴る。
縛られた魂は解放しなければ。それが彼女の戦いだ。
◇
投げられた問いに、ゾン子は答えが分からなかった。だから取り敢えず笑って誤魔化した。切りかかられた。やっぱりジャパニーズはダメだな、と思う。
(……っくしょう、記憶が曖昧だ。何がどうなってやがる?)
軽やかな剣術で翻弄する巨乳獣人が今回の敵ということか。戦闘実験。水のタリスマンで斬撃を逸らし続けるが、いずれ打ち破られそうだ。操作が間に合わない。
(それに、あの剣はなんかヤバい)
痛み。弾けるような。焼けるような。
普通の負傷ではない。言うならば、魂を焼かれたととでも表現すべきか。肉体だけではなく、霊魂すら貫く斬撃。ゾン子との相性は最悪だ。
「……いいや、そう悲観するほどじゃないか」
振り上げに合わせて前に出る。足元に水分を集中させてスケートのように滑る。攻撃ではなく、回避。背後を取り、距離を取る。
(目が肥えたって奴か。糞巨人や海老ボクサーにしこたま殴られたのが効いてるな)
死体でも、痛みは感じる。苦痛を回避しようとする肉体の本能。この短期間での強敵との死闘の数々。ゾン子の動きは戦士のそれへと近づいてきていた。彼女にしては珍しいガチモード。曖昧な記憶の中で、何かがあったのだろう。
不死身を盾に暴れまわる化け物ではなく、相手の動きを読んで反撃を繰り出す戦士へと。
対魔師が聖剣を構えて距離を測る。ゾン子は両手の人差し指をくるくる回した。水の精霊への語りかけに意識を向ければ、その隙に切り捨てられるだろう。漠然と水分を近くに集めながら、敵の接近を待った。
(あたしがこんな、駆け引き紛いなことをやるなんてね)
自虐的な笑みを張り付ける。どこか、思い知らされた気がした。死んでも生き返る。そんな不死身の屍神。
だが、その特性が無ければ。果たして、ゾン子は何度死んでいたのか。
過ぎたるものは、扱いきれない。扱いきれずに自滅する。無数の魂が全滅する前に自滅する。こうして窮地に陥っている結果があるのだ。
金属音が弾けた。剣士が放ったのは銀色のコイン。ゾン子は最小限の動きでそれを弾く。気を逸らせるのが狙いか。一瞬、がくっと身体が沈んだ。
「……………………?」
今、何が起きた?
「いや、今――――死んだのか?」
「不死身、というのは本当らしいな」
聖剣の突きに反応出来ない。痛覚が脳細胞を焼いた。思考が麻痺する。復活。だが、聖剣は心臓に突き刺さったままだ。
「不死身を殺し尽くす」
死刑宣告。
(ヤベえっ!?)
不死身は、死にすぎるとその不死性を保てない。どこかの誰かが言った戦士の鉄則だった。ゾン子もその例に漏れない。彼女も、魂が尽きれば朽ちていく。
(痛――――――っっ)
聖剣が魂を焼く。
耐え難い苦痛が頭蓋を焼き、タリスマンが暴走した。全身から血液が噴出する。
「むっ」
牙を剥く血反吐に、剣士は下がった。死体少女は水を操る。血液は、水だ。その判断は素早かった。
干からびた死体が白眼を剥いていた。ぶちまけられた血液が蒸発する。赤い蒸気に一瞬、視界が覆われ――――……
「運が良かった」
それは、勝利宣言。
血液と一緒に、大量の臓器も破裂していた。どす黒い赤に紛れていたのは、やぶれた心臓。純粋に、位置が良かった。
首だけ先に復活したゾン子が心臓に残った水分を飛ばした。水刃。距離、覚悟ともに完璧だった。運良く、そんな位置に落ちた。
巫女の両手が、手首から先が無くなっていた。
「悪ぃ――な。あたしはにはやるべきことがある」
海水が流れ込み、どこか柔らかそうな首だけ死体を攫って対魔師へと突撃する。僅か一秒にも満たない。復活したゾン子が手に持つものを投げ捨てて、手刀を構える。
「舐めるなぁ!!」
戦士は止まらなかった。真上に跳ね上がった聖剣を見向きもせず、鋭い牙を剥く。
ガクン、とゾン子が下に落ちる。水を引かせた。牙では届かない下位置に。最後の一歩を踏み込んで手刀を振り上げた。
「ぁ――――っ!」
心臓を巻き込んだ斬撃。銀のコインを撒き散らせ、巫女服ごと縦に裂けた。
死体と違って、対魔師は蘇らない。実験終了のブザーが鳴った。
直後。
ゾン子の脳天に聖剣が突き刺さった。死体が膝折りになり、そのまま動かなくなる。
今度は、単純な不運。
戦士も、狙って聖剣を放ったわけではない。たまたま落下地点に死体があっただけのこと。
戦場に朽ちる二人の女戦士。勝負を決しながら、立ち上がる者はいない。
そんな光景に、乾いた拍手が加わった。
◇
「いやいや、ブラボーブラボー!」
黒装束の、小太りの研究者が会場入りする。上裸の獣人にねっとりとした視線を這わせて、ゲスな笑みを浮かべる。
「流石は対アンデッドのスペシャリスト! まさかの相討ちとは、素晴らしい!!」
危険物である死体を処分するためには、対アンデッド能力が高い彼女が適任だった。ここまで粘られるとは予想外だったが、こうして成果は出た。
「いやはやしかし、中々素晴らしい眺め」
獣人に対して並々ならぬ執着を持つ研究者には、あの気の強い獣人がこうして屈している状況が堪らない。指を這わせる。
血溜まりに沈んだ上裸の肉体、落ちる手首、不自然な頭蓋骨。
(頭蓋? 何故だ?)
そう言えば。
(頭蓋がどうこうって――――……)
巨大な血柱が小太りの研究者を串刺しにする。頭蓋骨がカタカタと震えた。
「――リビングデッドだってぇの」
全身串刺しのゾン子が、聖剣から逃れて復活していた。無表情で頭蓋骨を回収する。その頭上に赤く濁った水泡が浮かんでいた。
出口へ。
「目標確認」
(やっぱり来たか)
武装した集団が立ちふさがる。水泡から鞭が伸びて反撃するが、首筋に注射針を打ち込まれて動きが止まった。
「殺さず無力化しろ」
「自害もさせるな」
「完全に肉体の自由を奪え」
「頭蓋を奪え」
「アレが能力の核だ」
次々と注射針がゾン子に打ち込まれて、肉体が前倒しになる。水泡が割れ、鮮血を被った。
「標的の沈黙を確認」
「拘束して頭蓋を抜き取れ」
「対魔師のコインを確認」
「戦利品のつもりか?」
「ピンポーン」
◇
水泡の中に隠し持っていたのは、退魔のメダル。上から落ちてきたそれに触れて、ゾン子は即死した。
復活。薬の抜けた屍神は不意を打って無双した。
「その厄介な薬が無けりゃこんなもんだ」
部隊は全滅。ゾン子はがむしゃらに廊下を走り始める。
「首を洗って待ってろよ――ぴーだぶりゅーコーポレーション!」
その名は覚えた。
死相浮き出る少女が口元を歪める。
「死体を検分しちゃうよん♪」
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