vs異世界金糸雀

※グロ注意





 カウントダウン、はとっくにもう済んでいる。食べちゃいたいくらい可愛らしい獲物。五度目の戦闘実験。事実、ゾン子は捕食者の立場だった。

 昨晩は夜明けまでお楽しみだった。死体愛好家ネクロフィリアのお兄さんに存分に可愛がられた。彼の核融合したての新鮮な太陽のような笑みを思い出す。

 徹夜なのでちょっとハイだ。


 ご褒美に、次の実験相手の情報を教えてもらった。

 薄幸のアイドル。売れ行きを無くした彼女に最期の仕事を。とある動画制作。さっきの茶番もその一環だったのか。

 兎にも角にも、ゾン子にぴったりな役回り。二つ返事で快諾した。これで報酬も手に入るのだから楽な仕事だ。

 その時、二人で考えた決め台詞を解き放つ。



「ゾン子ちゃんが死体を検分しちゃうよん♪」







「な、なんで…………?」

「んぅうん♪」


 怯えた声に、死体は甲高い嬌声を上げた。堪らない。幼気な鳥少女に息を荒くして覆い被さる。


「スナップ、フィルム、だって。上がるだろぉっ!?」

「あが、え……っ?」


 ゾン子が衣装の上から全身のラインを撫でるように指を這わせる。カナリアは頬を染めながら身じろぎするが、がっちりと凄まじい力で掴まれて動けない。売れないアイドルがそんな目に遭うらしいことは聞いたことがある。

 やっぱりえっちぃ方なんだ。そんな仄かな安堵が少女を包んだ。右翼の付け根に指を這われてそれどころではなくなっているけれど。だらしない顔を真っ赤にしている姿をカメラから遠ざけようと抵抗する。アイドルが見せられる表情では、絶対にない。

 ずっしりと、翼の付け根を掴まれた感触。ぞっとするほど冷たい感覚は。


「待って、そこ、私、弱い、てか」

「もっと刺激的だよん?」


 怪力。死体として脳のリミッターを解除。膨張した筋肉が、鳥少女の右翼を勢いよく引っこ抜いた。


「ぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛――――っ!!!!」

「上に逃げられると厄介だかんな」


 あまりの激痛にカナリアが暴れる。弾き飛ばされたゾン子が、床を転がりながら爆笑した。水のタリスマン。それは止血に用いられた。痛みと絶望感だけが少女を苛む。死体少女は散った翼に頬ずりした。


「あ、悪くない。枕にしたいかも」


 枕にするにはまだまだボリュームが足りない。腐った目がどろんと蠢く。そのねっとりとした視線に少女は反応した。鉤爪のある足で滅茶苦茶に抵抗する。


「あた、痛、あ、ちょ、やめ、やめないで…………っ」


 顔面に切り傷を増やす襲撃者は嬉しそうだ。単純に気持ち悪くなって這いながら距離を取る。飛びかかるゾン子の方が早い。がっちりと細い鳥足が掴まれる。


「やだ、いや――――来ないでっ!」


 暴れるカナリア。


「暴れんな! パンツが脱がせづらいだろうがっ!!」


 ふざけるゾン子。

 人が見たらやたらと気持ち悪がる鳥足を臆せず手繰り寄せる。手つきがいやらしい。


「触りたくないでしょこんな足っ!!」


 いつしかコンプレックスの塊になってしまったこの足を。そんな激情を吐き出しても死体は怯みはしない。足の付け根を舐め回す。


「ばっか、視聴者サービスだよ。女の子二人でいちゃついときゃとりあえず数字取れんだろうが」


 泣きながら抵抗する小鳥に、死体が小声で囁く。何を言っているんだろうかコイツは。痛みに感覚が麻痺してきたか、真顔で死体もとい変態を蹴り飛ばした。


「バカなの……?」

「鳥頭に言われたくねぇよ!」


 一方的に虐殺されると思い込んでいたが、この死体少女は撮影の延長上の気分なのだ。それはそれで恐ろしい。まともじゃない、狂気だ。


「何? 脱げばいいの? 脱げば逃がしてくれるの?」


 ヤケクソになってきた。カナリアが絶叫する。片翼を失って今さらなことだが。それでも、命が助かるのならば。

 彼女も既に正気を失っていた。



「いや、生きてはここから出られないよ? 少なくとも、どっちかが死なないと」



 聞いた言葉が頭に入って来ない。現実が受け入れられなかった。こんな、こんなことがあるだろうか。ゾン子は表情豊かに戦闘実験の説明をした。聞いていると、彼女も騙されただけの被害者のような気がするけど。でも、それ以上に。


(そっか…………私、カンパニーに捨てられたんだ)


 自分の境遇は理解出来た。生き残るためには目の前の死体を打倒するしかない。でも、勝てるわけがない。ここで無惨に死ぬしかない。よしんば、万が一勝てたとしてもまた同じ状況に陥るだけだ。

 スナップフィルムってなんだ。悪趣味極まりない。


「聞いてんの?」


 左の鳥足。細い、しかしそれなりの強度を持つ部位を握り潰された。下半分がぶらりと揺れる。悲鳴が、悲鳴が。死体が両手の指先をくるくる回す。痛みだけが少女を苛み、鮮血は傷口に縫い止められる。

 苦痛は倍増しだ。救いがない。


「なん、で……友達……って――――っ!」


 あの時間はなんだったのか。会場について即殺しでもよかったはずだ。

 あの会話は。

 あの一時は。

 あの握手は。

 何のために。何故そんなことを。友達だなんて、そんな惨い茶番を。


「うん、そだよ。お友達だもん」


 価値観が重ならず、受け入れがたい。人はそれを化け物と呼ぶ。


「カナリーとあたいはお友達~」

(名前違うけど)


 それでも、嬉しそうに。貼り付けられた表情ではなく、弾んだ声からそう感じた。


「……そっか」


 なのだ。課されたもの以上に。傷つけて、いたぶって、殺してしまうこと。それらと友情は死体少女の中で何ら矛盾しない。

 痛みで思考が麻痺していく。頭の中が真っ赤に染まっていく。沈んでいく。余計なものがぼとぼとと削ぎ落ちていく感覚。カナリアは、小さく笑った。


「友達?」

「友達!」


 なら、いいや。

 ぐったりと横たわる鳥少女を見て、ゾン子は指を鳴らした。そろそろフィナーレだ。精霊に語りかけ、戒めをほどく。鮮血がどくどくと溢れ出て、カナリアとゾン子が血の海に沈んだ。捕食者は獲物に馬乗りになる。


(自分達と違う。それだけでこんな目にあった。確かに、こんなの気持ち悪いよ。意味分かんないよ)


 でも、と。


(違っても、受け入れることは出来る。そうやって理解し合えることは、出来るんだ)


 最期まで少女は信じていた。残った力を振り絞って片翼で死体を抱き締めた。


「私たち、友達だよ、アイダ」

「この動画、大ヒット間違いないぜ?」


 朗らかに笑う少女は目を閉じた。ゾン子が首筋に牙を立てる。牙なんてないけど、死体だからイメージ的に。



「我々屍神は、死者の魂を取り込んで一部にする」


「その真っ直ぐな瞳は強靭な戦士の魂だ」


「我々は強く真っ直ぐな魂を歓迎する」


「死体の中で共に生きよう」


「一緒に行くぞ」



 生きたまま肉を貪られながら、少女の表情は穏やかだった。死んでも一人ぼっちにはならない。憂いはなくなった。食命俗カニバリズム。その込められた意味を理解する。

 やがて、命が尽きる。実験終了のブザーが虚しく響いたが、何も終わらなかった。一心不乱に、食べ残しないようにゾン子は喰らう。


 屍神の捕食は丸々一時間かかった。







『お疲れさまです。実験への御協力感謝致します』


 ゾン子は満足げで頷いた。いつもの白装束の男ではない。そう言えば殺してしまったのだった。


「ねんねん、どうだった?」

「はい、素晴らしく」


 両手の人差し指をくるくる回しながら、ゾン子は跳ね回った。男は今回の仕掛人とも言える研究者。ゾン子と無邪気にハイタッチして若干息を荒くする。


「いやぁ、最高だった。俺様としたことがついついマジになっちまったよ」

「それは良かった。仲が良すぎて僕、嫉妬しちゃうところでしたよ」

「いやぁよもうっ」


 心底嬉しそうに研究者をぽかぽか殴る。甘噛みならぬ甘叩き。


「ああ、そうだ。うっかり神名言っちゃったけど、編集で消しといてね。私の意に沿わずに聞くと呪いで死んじゃうから」

「あれ、僕死んじゃうんですか?」

「それもいいけど、お前は死なせないよ? もっともっと悦しませてもらうからさっ」


 真っ赤な顔を覆ってゾン子が俯く。意に沿わぬ形で、と彼女は言った。男は赦されたのだろう、神に。

 実験をリアルタイムで観察していた連中は助からなさそうだ、と淡白に思う。彼らに音声データの編集を頼めば犠牲は減るかもしれない。色々と考えて、男は何かを決めたように頷いた。



「んま、全部嘘だけ――――ど、っ………………?」



 視界がぐるりと反転して膝をつく。全身に力が入らない。ゾン子にとって、未知の感覚だった。思い当たる原因は何か。例えば、首筋に刺さる注射器とか。


「てめえ……何、したっ」

「筋肉弛緩剤です」


 涼しい顔で男は言った。次の瞬間、死体愛好家ネクロフィリアの研究者はにたりと顔を緩ませる。崩れ落ちて、横倒しになるゾン子。その肉体を恭しくお姫様抱っこする。

 青いワンピースが際どく捲れ上がるように。より、肉が露出するように。


「死んだら復活するのならば、死なさずに無力化すればいい。気付きませんでしたか?」


 鼻息荒く男は肉を撫でる。冷たい死人の肉を。

 動かない。力が入らない。呪詛を踊れない。タリスマンまで意識が回らない。たった一手で完全に詰んでいた。ゾン子は動かない肉体を、口元を動かすことに集中する。


「何、で……っ?」

「おや、言っておりませんでしたっけ?」


 男は、口の端から涎をこぼしながら。




「僕、死体に興奮するタチなんですよ」


 そう言うと、暗い暗い廊下の奥に消えていった。

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