vs異世界金糸雀(前振り)

 歌。それは古代より祈りの象徴として広まっていた。神に捧げる供物としてはこの上なく、人の心をより動かしてきた。それは古今東西変わることはなく、歌はあらゆる時代、あらゆる文化圏で人の繋がりを育んでいった。

 歌で人は繋がれる。そう信じて止まない少女がいた。どれだけ虐げられても、きっと全ての生き物は繋がれる。そのために少女は歌い続ける。健気に、真っ直ぐ。種族が違っても、心は同じと。


「歌って踊って空を飛ぶアイドル、カナリアです。よろしくね!」






『イエローラブ☆ラブポップ』

    作詞・カナリア

    作曲・ミトコンドリア斎藤

    歌・カナリア



燦々太陽イエローシャイン!


ぽかぽか陽気が 髪を揺らしていく


ためいき一つこぼした一人の帰り道


私の夢が 指差す空模様が


大丈夫だよ、囁く 心塞ぎ道


聞いて 聞いて おひさまの


涙を飲んで見上げる


滲む日々の果ての果て


夢は 歌に なる



ひらり羽根舞い散る歌姫


世界に 響きあえ


無邪気に舞うこの想いが呼んだ奇跡


差し出された手の幾千 夢の標


願い重ねる世界 拓け 拓け


響け 愛の歌 イエローラブポップ♪







「いえーい、いいねいいねぇ!!」


 全ての生き物を歌で動かす前に、死体を動かしてしまった。グラサンにキャップ帽、ちょび髭のプロデューサーは拍手喝采だ。両手両足でサイリウムを振り回しながら意味不明なダンスと合いの手で乗ってくれた彼女は、死体を自称していた。


「あ、ありがとうございます!」


 止まり木のようなマイクスタンドの上でアイドル、カナリアがはにかんだ。こうして上から見ていると、自分より小さな少女(?)が一層小さく見える。それでも妙に風格を漂わせているのだから只者ではない。大物オーラが彼女を包んでいた。


「うんうん、まさか私も今さらアイドル勝負を回収されるなんて思わなかったよ」

「はい?」

「こっちの話」


 土台のスピーカーをにやにやしながら眺める。当の彼女は真っ当に歌を評価されるのが本当に久しぶりなので、それだけで嬉しかった。口元を綻ばせながらぐっと小さなガッツポーズを取る。


「リハーサルも、これでバッチリですね!」

「へ? ああうんそうだね」


 謎の敏腕(自称)プロデューサーは天井の監視カメラを見上げた。







 ゾン子Pは語る。


「あの子が持つ魅力ってのは、歌とかダンスとかの才能じゃないんすわ」


 技術ではなく、能力ではなく。


「人と繋がりたい。色んな種族で手を取り合いたい。何ていうかな……その、祈り? とにかく、そんな純真な想いこそが彼女の魅力なんだ」


 ここで一口水を飲んで間を作る。


「魅了させる奴は多いと思うよ? あとはアレだね。がっつき具合は足りないかも。ま、そこは私の腕次第ってことかな」


 ゾン子Pは続ける。


「夢よ羽ばたけ、心に翼を配るカナリアちゃん。ファンの皆様一人一人に翼を住まわせるんだよ」


 両手の人差し指をくるくると回す。カメラ切り替えの合図だ。スタッフがテキパキと切り替えると、満足げにゾン子Pは笑った。にたりと笑いながら。


「あとアレ。鳥人間でも可愛いっしょ、あの子。もうすんごいの。そんな子が肩出してしかも、あの短いスカートでステージだよ?」


 声のボリュームを落としてマイクに近づいた。


「近くで見てると分かるけどさ、見えそうなんだよ。てかちょっと見えるんだよ。いいだろパンチラ! お前らも好きだろ!? オイラも柄になく興奮しちゃってさ! 鳥足が気持ち悪い? ばっか付け根の辺りがエロいんだよ。僕は分かっちゃったもんね、この子の良さ。この路線でいくっきゃないっしょ!」


 舌をべろりと垂らしながらカメラに向かって中指を立てる。


「所詮ヤれりゃ関係ねぇんだよ。焼き鳥だって好きだろあいつら。鳥人間コンテストとかやってるしさ。

 ほらほら素直になっちゃいな! CD買っちゃいな! ライブ来ちゃいな! イエローポップとか言いながらライムグリーンのパンおおっと、これから先は金払いがいいお兄さんだけよん♪」


 貧乏人は母ちゃんの下着でも漁ってなぁ、とゲラゲラ笑う。人を煽らせたら一級品のゾン子P。そんな彼女の毒舌にも一定の需要があるらしいのだから世の中は分からない。

 映像が途切れる。



「おう、こんなんでいいか?」


「故郷でもそうだったけど、茶番と言えばあたしっていう風潮なんなんだよ」


「え……ちょ、こんなとこでやめろって。おい、ばか……ちゃんとカメラ切ってんだよなぁ――――!?」







 昨夜の出来事を思い出し、全身にかっと熱が走った。


「どうしたの?」

「気にすんな」


 ガチトーン。閑話休題。

 止まり木で仲良く体育座りする少女二人。片方は翼に鳥足、もう片方はグラサンちょび髭の死体少女。並んで黄昏ている。

 シュールだ。


「プロデューサーは、これまでどんなアイドルをプロデュースしてきたの?」

「いきなり馴れ馴れしいな。舐めんな」

「私、同年代の女の子と仲良く出来るのが久しぶりで!」

「あたしゃあ初めてだよ。歳もイマイチ同年代かわかんねぇよ。てか聞けよ」

「ベテランさん?」

「……初仕事だけどよぉ」


 ぺかー、と鳥少女が眩しい笑顔を浮かべる。


「てか、お前大丈夫なの? 色々散々な目に会ってるけど」

「……うん、正直つらいよ」


 ゾン子Pも、アイドルカナリアの悲劇は聞いていた。電撃デビューを飾るも、その見た目から不興を買ったと。

 心無い誹謗中傷の数々。暴言暴行の数は両手で足りない。ストーカーに追い回されるのも日常茶飯事だ。


「ほら……私、こんなんだからさ」


 弱った笑みで翼を広げる。彼女は気づいていないが、ゾン子Pの頭に羽毛が被さっていた。自称死体は苛立ちを込めて唾を吐くが、カナリアは気づかない。


「……そうだな、おっぱい小さいからな」

「そこ……? 私の種族ってみんなこうだけど……」

「そんなんだからこんなんなんだよ。大事だぞ」

「そっかぁ……」


 二人して白い天井を見上げる。羽毛が被ったままで、ゾン子Pの呼吸が遮られ続ける。


「でもでも、私だって頑張ったんだよ!」

「そっか」


 もう一回唾を吐く。


「その手で握手会ってどうやんの? アイドルの定番じゃん」


 鳥少女は両翼を前に出した。


「こう……こうやって羽で包むように。一回しかやったこと無いけど」

「だろうな」


 口元が解放され、深呼吸。


「そもそも何でこんなとこに? 故郷でご当地アイドルやってりゃいいじゃん」

「大舞台のライブデビューとか憧れない?」

「えー、んな安直な理由でこんなとこまで――――……」


 腐った記憶の五ページ前を読み返す。


「あー、わかるわー……そんな奴いたわー」

「でしょでしょ!」


 カナリアは天真爛漫に翼を広げた。にこやかに左右に揺れる。

 その隣には、再び顔面が羽毛に飲まれるゾン子P。自分で吐いた唾に顔が濡れた。


「あ、ごめんなさい。くすぐったかったよね」

「んや」


 今度は気づいたようで、鳥少女は翼を仕舞う。また、二人で白い天井を見上げた。


「しっかしまぁ、よく続けるよな。死体のあたしから見ても結構えげつないぜ」

「夢、だったからさ」


 はっきりとアイドル見習いは言う。迷いなく、真っ直ぐに。



「私の歌でみんなを幸せにしたい。全ての種族が繋がりあえるように」



 あんまりにも真っ直ぐで、純真な生き様。死に様しか示せない少女は、無表情でじぃと見つめる。

 表情を作るよりも、目に焼き付けることを優先した。


「りょ。まぁ頑張れや」

「えー、プロデューサーがプロデュースしてくれるんでしょう?」


 口元を隠してにこにこ笑う。一緒にゾン子Pも笑った。


「そうだったそうだった……人間どもにその魅力思い知らせてやろうぜ」

「んもう、そんな乱暴な言い方しないの!」


 ぷくぅと頬を膨らませながら抗議する鳥少女。こうして唇を尖らせると、鳥の嘴のように見えた。実際は、八重歯がチャーミングな愛らしい口。

 ゾン子Pは高らかに笑う。


「悪い悪い! でもお前さん、本当にルックスは悪くない。歌とダンスもそれなりだ。何か間違えなければ売れんだろ」

「やったぁ!」


 勢い良く翼が広がり、ゾン子Pの顔面を叩いた。すぐに翼は仕舞われ、彼女も気づいていないようだった。


「何か間違えなければ、な」

「プロデューサーが一緒だもん。大丈夫だよっ」


 大丈夫、が口癖の憎たらしいポニーテール少女の顔が思い浮かんだ。速攻で記憶からデリートする。アイツはいつか本当にデリートするから。 


「それに、人間もハーピーもきっと同じだよ。歌で私たちは繋がれる」

「俺、人間でも死体だけどな」

「……それって、本当なの?」

「ホントホント。地元じゃ有名だぜ?」


 なんたって神の名を冠している。


「……つらいこと聞いちゃうかもだけど、周りと違うからって……ヒドいことされない?」


 笑顔が引っ込み、顔が少し青ざめた。思い出したくないことが山ほどあるのだろう。


「あるある、しょっちゅう! しこたま殴られたし、首チョンパもされたし、挙げ句に燃やされるし……いやぁ、ヒドかったわ」

「えぇ!?」


 想像の十倍はヒドかった。


「ここに来てからも大変よ? 糞の塊に取り込まれるわ、七面鳥食わさせられるわ、寄生虫に犯されるわ、やっぱりしこたま殴られるわ」

「えぇ!? 鳥さん食べさせられちゃったのぉ!?」


 やはり、そこは重要みたいだ。確かに思い返すとあれが一番の死闘っぽかったかもしれない。


「お互い、大変だったんだねぇ……」

「死体でも、痛いもんな……遺体だけに」


 二人して白い天井を見上げる。沈黙も痛い。


「でも、あたしは屍神だから。この肉体に意義を持って死んでるの。死人の魂詰め込んで、戦ってんの」

「戦うって?」

「戦争なくす、とか」


 雑に、でも無表情に言った。


「すごいすごい!」

「お前も理不尽の中戦ってんじゃん」

「えへへぇーそうかなー?」


 褒められて嬉しいのかにやにやしている。天真爛漫な鳥少女にペースを乱されて、ゾン子Pは頭をかいた。


「あーやりずれぇ!」

「あはは! よく言われる!」


 朗らかに笑う少女二人は顔を見合わせた。白い天井、白い壁、白い床が無機質に光った。


「私、こっちの世界で友達って初めて出来た」

「こっちってどっちだ? ………あーいいや、まぁそうか」


 未だに異世界の概念を理解出来てないゾン子Pが、グラサンとちょび髭を外した。纏っていた大物オーラが霧散した。そういう装置だと事前に説明されていた。明らかになる素顔。

 ゾン子Pの正体は――――なんと、ゾン子だった。


「意外、割と可愛いっ! お顔青白いけど」

「意外と死体だからな。あと、プロデューサーって騙していて悪かった。実は割と神なんだ」


 アイドル見習いが目をぱちくりさせた。死体少女が何を言っているのかよく分からない。


「でも立派にプロデュースしてやるよ。友達だからな」


 にっかりと笑うゾン子に、きっと難しいことは無いのだろうと思う。鳥頭に脳味噌腐敗、ノータリン同士お似合いなのだ。


「ありがとう………ええっと、プロデューサーじゃないんだっけ」


 ゾン子が左手を差し出した。



「アイダ、だ。一蓮托生永い付き合いを頼むぜ」


「○○○○○○○だよ、よろしくね」



 聞き慣れない発音で、聞き取れなかった。それでも屍神は聞き返すことをしなかった。神名を明かしたのだ。死体少女が金糸雀少女の名を呼ぶことは、無い。


「にしし、やってみるといいもんだな」


 握手。アイドルの握手会。両翼でゾン子の手を包み込むように。チクチクしたけど、ふわふわする。


「うん………うんっ!」


 目元に涙を浮かべながらアイドル見習いは満面の笑みを浮かべた。そろそろ本番の時間だ。ゾン子の手が、ボブカットの金髪に乗せられる。



――――そのまま髪を引っ掴んで、下に叩き落とした。



「………………………え?」


 痛みに思考が麻痺する。思い通りに動かない表情筋がぴくぴくと震えていた。死体少女が軽やかに着地し、金髪の頭を床に押さえつける。


「ちょぉぉおっと仲の宜しいダチ公に頼まれてよう? ほら、しっかりプロデュースしてやるからさぁ!」


 指差す向こう。何かが光った。あれは、カメラのレンズだ。真っ白のカメラがカメレオンのように姿を隠していた。今までどうして気付かなかったのか。一度気付いてしまえば、もう見逃さないくらいなのに。

 ゾン子がカメラにピースサインを向けた。さっきまで会話をしていた時とテンションが変わっていない。彼女にとっては、あの止まり木での語らいの延長線上でしかない。


「ほら、本番だぜ?」

「本番って………何の?」


 こんな状態でどうやって歌うのだ。どうやって踊るのだ。どうやって飛ぶのだ。

 どうやって、繋がり合うのだ。


「あん、聞いてないの? ドッキリってやつ?」


 化け物、と小鳥は思った。何度も何度も何度も何度も言われた言葉。価値観が全く揃わない。受け入れられない。そんな拒絶の言葉。この世界の人間から、こんなふうに見られていたのか。絶望が小さな胸に広がる。



「これさ、スナップフィルムってやつさ」


「エロいやつじゃなくてグロいやつの、な?」



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