VS異世界回虫
カウントダウン。冷ややかな機械音に眉をひそめる。良い物を食べさせてくれるらしい、という耳寄り情報。三度目の戦闘実験。その誘い文句はどういうことだ。何だかフードファイターゾン子のキャラが定着しそうな空気があった。
昨夜の備品倉庫での研究者との出来事を思い出す。
十。
何でも銭湯実験らしい。ついにグラビアデビューか、と腐った頭で考える。胸はちゃんと盛ってきた。死体で屍神なので、そこは少し融通が効いた。尻は盛ってこなかったところがまだまだ青い証左である。いつものワンピースの下は水着である。その辺のスタッフに頼んで取り寄せて貰った。彼女の何だコイツみたいな顔に少し傷ついた。
五。
グラビアで、フードファイト。総括するとそんな意味深長な舞台となる。しかもいつもの味気ないエレベーターの中。海中だから、セーフか。いざとなれば自分で海は作れる。
三。
そういえば、この前の国産って結局どこ産なのだろうか。またお兄さんに可愛がってもらって聞き出すしかない。
二。
海か。海の家というのがあるらしい。ヤキソバが食べたい。
一。
「うふん、あたくしが死体を検分しちゃうよん♪」
故郷で象に踏み踏みされながら考えた決め台詞とともに降り立つ。
でっかい鯖の死体があった。
「ヤキサバじゃねぇかっ!!」
生である。
◇
鯖。巨大な鯖の死体がそこにはあった。それしか無かった。良い物を食べさせてくれる。皿にすら乗っていない生魚は、きっとそういうことなのだろう。
「魚……まぁ嫌いじゃないか」
歩いて近づく。地に足をつけて、僅かな振動を奏でて。
とん。とん。
それは、普通ならば感知出来ないほどの僅かな振動。それでも、目が退化して他の感覚が鋭敏になった生物にとっては。それは、確かな刺激。
――――シュ
鯖の死体から何かが飛び出した。動いた、ということは生物なのだろう。動かない、死体の鯖と違って。自分の身体を棚上げに思案したのは、最近マイブームになった鋭い手刀でソレを叩き落としてからだった。
「うお、何だコイツ。速すぎて俺じゃなかったら見逃していたね」
体長、2cmと少し。襲撃者は地面で蠢いた。
銭湯実験……戦闘実験。はっとした。コイツは敵だ。脳味噌腐った死体でも、三度目では流石に学習する。
「お前……何が出来んの?」
小さい。余りにも小さい。実はこれでも巨体なのだが、学の薄い死体少女には知らないことだ。
天井の照明が眩しいのか、足掻き苦しんでいるように見える。何となくゾン子が手でひさしを作ると、少しは大人しくなった。
「お前、何が出来んの?」
えげつないことが出来るが、小さな巨大回虫は死体が苦手だった。ツンツン指で突かれて全身が痙攣する。
ちょっとかわいい。
(とか思っちゃったりぃ?)
にこやかにツツく。楽しくなってきた。
「お前、死体嫌なんだろ? 贅沢者だなぁ」
人間様は死体ばっかり食ってるぜ。
自然な笑顔だった。人間は色々な生き物の死体を食べて食文化を築いている。
かく言うゾン子だって、死を山ほど喰らってきた。死した魂をしこたま詰め込まれた。
「んん?」
指先でくすぐるように回虫を撫でる。嫌がって身を捩る姿が、ゾン子のお眼鏡にかなったのだろうか。ひどくご機嫌だった。
「ほいほい、来なよ。このままだとお前死んじゃうだろ?」
寄生生物。死体よりは、生者の方が好ましいのだろう。しかし、先に潜んでいたのはまさに死体の中だった。
「来いよ」
差し出す指の上。尺取虫のような動きで回虫が進んでいく。同じ死体でも、彼女には魂が詰まっていた。
「愛い愛い」
それは別キャラの口癖だけれども。
肘関節から肌を突き抜けて体内に侵入された。内側からの刺激に身をヨガらせる。
「んぅー……これどうやったら終わるん?」
気だるげに天井を仰ぐ。猛烈なダルさがのし掛かった。活動に必要なエネルギーがごっそり持っていかれたかのようだった。
「そこっ」
右肩の先を押さえた。うにうに動く感覚にくすぐったそうに笑う。
「ほれほれうにうに」
潰さないように、優しく撫でた。何だろうか、この感情は。じわりと広がる何かがゾン子の胸に広がる。
「にしし、ずっといてもいいゾン」
今まで聞いたことの無い未知の語尾が口をついた。慈愛に満ちた表情は、彼女には無縁のものだった。生命を玩具のように弄び、死した戦士たちの無念をその身に宿す屍神には。
(………………おぅ、ん……?)
ふらつく足に気を取られている間に、視界が横倒しになった。力が入らない。横倒しになった身体でゴロゴロ転がる。
(やべ…………動かねー)
急激な消耗。吐き気と目眩。嫌な予感が全身から吹き出した。あるいは、悪寒。
「死ぬ、かも……」
それは、彼女にとっては軽い言葉だった。しかし、その振動は血肉を伝って回虫に届いたらしい。
「おい、何してる」
弱々しい声に応えは無く。鼻の穴からじりじり這い出てくる。ゾン子に止める術は無く、再び光に悶える虫けらを目で追っていた。
「おい」
天井の光に悶える姿。回虫は、ちらりとゾン子を見た。力無く頭をもたげる姿を見て、屍神は這ってでも前に進む。
「バカが……バカ野郎が」
ゾン子は指で回虫を撫でた。くすぐったそうに身を震わす回虫に自然と笑みが漏れた。それでも、頑として肉体の中には入らない。
「はぁ……ま、意地っ張りは嫌いじゃねぇぜ」
ゾン子は笑った。胡座をかいて座り込む。
「ま、お前さんに勝ち目は無かったからな」
死体がお嫌いなようで、とゾン子は鼻で笑った。死体を嫌い、生者を好む。動く死体はまさに天敵だっただろう。圧倒的な相性の壁があった。
だから、決して感傷的になったわけじゃない。物忘れの激しい彼女だったが、それでもこの実験について覚えていることがあった。
デスマッチ。どちらかが死ぬまで続くのだ。
「一緒に来ないか?」
懲りずにゾン子は言った。否、折れて彼女は言ったのだ。
「
鼻高々に言う。
「命を食らえば魂を内に。その想いも取り込んで、まさに死人を取り込む人の業よ」
弱々しく痙攣を続ける回虫を、ゾン子はつまみ上げた。頬まで裂ける大口を開ける。
「あたしと共に生きろ」
魂は一心同体。魂喰み。禁断の秘術が披露される。言葉は理解出来なくとも、想いは交わされた。小さな虫けらが喉に落ちて、力強く嚥下する。
一寸の虫にも五分の魂。
たとえ五分でも十二分。気高き魂を受け入れた。命のストックがまた一つ。どうせ虫けらのように使い潰すのだが、それこそ適任とも言える。
「よし、一緒に行くぞ」
実験終了のブザーが鳴る。ゾン子はちらりと鯖の死体を見遣る。宿主が消えたからか、急激に腐り始めた気がした。
◇
『お疲れさまです。実験への御協力感謝致します』
ゾン子は無表情で頷いた。機嫌が悪い時は、余裕が無くて表情を作れない。死体だから、本当は無表情なのだ。迎えに来た白装束の男をスルーする。
「はて、どうされました?」
「黙れ」
実験の報酬。そんなものが何だったかすっかり頭から抜け落ちていたが、そんなことは気にしない。物足りない。乾き、飢える。両手の人差し指をくるくる回しながら、ゾン子はにたりと形だけ昏い笑みを浮かべた。
「足りねぇ、何か食べたい」
「在庫がダブついていた七面「魚がいい」
遠い目をしながら、ゾン子は言った。
「鯖。サバヤキがいい」
若干生め、と最後に零した。
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