VS異世界回虫

 カウントダウン。冷ややかな機械音に眉をひそめる。良い物を食べさせてくれるらしい、という耳寄り情報。三度目の戦闘実験。その誘い文句はどういうことだ。何だかフードファイターゾン子のキャラが定着しそうな空気があった。

 昨夜の備品倉庫での研究者との出来事を思い出す。死体愛好家ネクロフィリアのお兄さん。彼に一晩中歯の付け根を触らせてあげたら、惑星直列の最奥で光る太陽のような笑みを浮かべていた。そんなわけで、死体なのに寝不足である。今日はそのご褒美とのことだった。

 十。

 何でも銭湯実験らしい。ついにグラビアデビューか、と腐った頭で考える。胸はちゃんと盛ってきた。死体で屍神なので、そこは少し融通が効いた。尻は盛ってこなかったところがまだまだ青い証左である。いつものワンピースの下は水着である。その辺のスタッフに頼んで取り寄せて貰った。彼女の何だコイツみたいな顔に少し傷ついた。

 五。

 グラビアで、フードファイト。総括するとそんな意味深長な舞台となる。しかもいつもの味気ないエレベーターの中。海中だから、セーフか。いざとなれば自分で海は作れる。

 三。

 そういえば、この前の国産って結局どこ産なのだろうか。またお兄さんに可愛がってもらって聞き出すしかない。

 二。

 海か。海の家というのがあるらしい。ヤキソバが食べたい。

 一。



「うふん、あたくしが死体を検分しちゃうよん♪」


 故郷で象に踏み踏みされながら考えた決め台詞とともに降り立つ。

 でっかい鯖の死体があった。


「ヤキじゃねぇかっ!!」


 生である。







 鯖。巨大な鯖の死体がそこにはあった。それしか無かった。良い物を食べさせてくれる。皿にすら乗っていない生魚は、きっとそういうことなのだろう。


「魚……まぁ嫌いじゃないか」


 歩いて近づく。地に足をつけて、僅かな振動を奏でて。

 とん。とん。

 それは、普通ならば感知出来ないほどの僅かな振動。それでも、目が退化して他の感覚が鋭敏になった生物にとっては。それは、確かな刺激。


――――シュ


 鯖の死体から何かが飛び出した。動いた、ということは生物なのだろう。動かない、死体の鯖と違って。自分の身体を棚上げに思案したのは、最近マイブームになった鋭い手刀でソレを叩き落としてからだった。


「うお、何だコイツ。速すぎて俺じゃなかったら見逃していたね」


 体長、2cmと少し。襲撃者は地面で蠢いた。

 銭湯実験……戦闘実験。はっとした。コイツは敵だ。脳味噌腐った死体でも、三度目では流石に学習する。


「お前……何が出来んの?」


 小さい。余りにも小さい。実はこれでも巨体なのだが、学の薄い死体少女には知らないことだ。

 天井の照明が眩しいのか、足掻き苦しんでいるように見える。何となくゾン子が手でひさしを作ると、少しは大人しくなった。


「お前、何が出来んの?」


 えげつないことが出来るが、小さな巨大回虫は死体が苦手だった。ツンツン指で突かれて全身が痙攣する。

 ちょっとかわいい。


(とか思っちゃったりぃ?)


 にこやかにツツく。楽しくなってきた。


「お前、死体嫌なんだろ? 贅沢者だなぁ」


 人間様は死体ばっかり食ってるぜ。

 自然な笑顔だった。人間は色々な生き物の死体を食べて食文化を築いている。

 かく言うゾン子だって、死を山ほど喰らってきた。死した魂をしこたま詰め込まれた。


「んん?」


 指先でくすぐるように回虫を撫でる。嫌がって身を捩る姿が、ゾン子のお眼鏡にかなったのだろうか。ひどくご機嫌だった。


「ほいほい、来なよ。このままだとお前死んじゃうだろ?」


 寄生生物。死体よりは、生者の方が好ましいのだろう。しかし、先に潜んでいたのはまさに死体の中だった。


「来いよ」


 差し出す指の上。尺取虫のような動きで回虫が進んでいく。同じ死体でも、彼女には魂が詰まっていた。


「愛い愛い」


 それは別キャラの口癖だけれども。

 肘関節から肌を突き抜けて体内に侵入された。内側からの刺激に身をヨガらせる。


「んぅー……これどうやったら終わるん?」


 気だるげに天井を仰ぐ。猛烈なダルさがのし掛かった。活動に必要なエネルギーがごっそり持っていかれたかのようだった。


「そこっ」


 右肩の先を押さえた。うにうに動く感覚にくすぐったそうに笑う。


「ほれほれうにうに」


 潰さないように、優しく撫でた。何だろうか、この感情は。じわりと広がる何かがゾン子の胸に広がる。


「にしし、ずっといてもいいゾン」


 今まで聞いたことの無い未知の語尾が口をついた。慈愛に満ちた表情は、彼女には無縁のものだった。生命を玩具のように弄び、死した戦士たちの無念をその身に宿す屍神には。


(………………おぅ、ん……?)


 ふらつく足に気を取られている間に、視界が横倒しになった。力が入らない。横倒しになった身体でゴロゴロ転がる。


(やべ…………動かねー)


 急激な消耗。吐き気と目眩。嫌な予感が全身から吹き出した。あるいは、悪寒。


「死ぬ、かも……」


 それは、彼女にとっては軽い言葉だった。しかし、その振動は血肉を伝って回虫に届いたらしい。


「おい、何してる」


 弱々しい声に応えは無く。鼻の穴からじりじり這い出てくる。ゾン子に止める術は無く、再び光に悶える虫けらを目で追っていた。


「おい」


 天井の光に悶える姿。回虫は、ちらりとゾン子を見た。力無く頭をもたげる姿を見て、屍神は這ってでも前に進む。


「バカが……バカ野郎が」


 ゾン子は指で回虫を撫でた。くすぐったそうに身を震わす回虫に自然と笑みが漏れた。それでも、頑として肉体の中には入らない。


「はぁ……ま、意地っ張りは嫌いじゃねぇぜ」


 ゾン子は笑った。胡座をかいて座り込む。


「ま、お前さんに勝ち目は無かったからな」


 死体がお嫌いなようで、とゾン子は鼻で笑った。死体を嫌い、生者を好む。動く死体はまさに天敵だっただろう。圧倒的な相性の壁があった。

 だから、決して感傷的になったわけじゃない。物忘れの激しい彼女だったが、それでもこの実験について覚えていることがあった。

 デスマッチ。どちらかが死ぬまで続くのだ。


「一緒に来ないか?」


 懲りずにゾン子は言った。否、折れて彼女は言ったのだ。


食命俗カニバリズムっていうんだ。『王』から賜った知識だぜ」


 鼻高々に言う。


「命を食らえば魂を内に。その想いも取り込んで、まさに死人を取り込む人の業よ」


 弱々しく痙攣を続ける回虫を、ゾン子はつまみ上げた。頬まで裂ける大口を開ける。



「あたしと共に生きろ」



 魂は一心同体。魂喰み。禁断の秘術が披露される。言葉は理解出来なくとも、想いは交わされた。小さな虫けらが喉に落ちて、力強く嚥下する。

 一寸の虫にも五分の魂。

 たとえ五分でも十二分。気高き魂を受け入れた。命のストックがまた一つ。どうせ虫けらのように使い潰すのだが、それこそ適任とも言える。


「よし、一緒に行くぞ」


 実験終了のブザーが鳴る。ゾン子はちらりと鯖の死体を見遣る。宿主が消えたからか、急激に腐り始めた気がした。







『お疲れさまです。実験への御協力感謝致します』


 ゾン子は無表情で頷いた。機嫌が悪い時は、余裕が無くて表情を作れない。死体だから、本当は無表情なのだ。迎えに来た白装束の男をスルーする。


「はて、どうされました?」

「黙れ」


 実験の報酬。そんなものが何だったかすっかり頭から抜け落ちていたが、そんなことは気にしない。物足りない。乾き、飢える。両手の人差し指をくるくる回しながら、ゾン子はにたりと形だけ昏い笑みを浮かべた。


「足りねぇ、何か食べたい」

「在庫がダブついていた七面「魚がいい」


 遠い目をしながら、ゾン子は言った。


「鯖。サバヤキがいい」


 若干生め、と最後に零した。

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